第54話 人形遣いと戦魔、そして姫



「ん~、人形達流石だなぁ。良い感じに狂ってる」


喫茶店で少年が優雅に座っている。絵になる構図の筈なのに周囲は特に何も思わない。いや思えない。

何故なら既に周辺には人が居ないからだ。正確には生きている人が居ない。喫茶店にも少年以外の姿は見当たらない。肉塊なら存在するのだが。


「元々僕達を信仰するような狂人達だからかな。確か魔族は全ての頂点に座する生物、故に魔族に支配されるのが当然なのだ、だっけ?笑っちゃうよね」

「さあな。我からすればどうでも良い」


少年の横に突然声が出現する。先程までは居なかった黒い鎧がそこに居た。


「そう言わないでよ。ヴェイン。彼等は本気なんだよ?」

「その本気の者達を支配して人形にする貴様に言われたくないな」

「あっは、彼等は支配されることを嬉々として受け入れたんだ。僕が悪いみたいな言い方やめてよね」


黒い鎧、ヴェインの言葉に笑いながら答える少年。


「まあ良い。では我は行く」

「もう行っちゃうんだ?行ってらっしゃい」


少年はふりふりと適当に手を振ってヴェインを送り出す。


「ん~、暇だなぁ。とりあえず人形見とこうか」


そう呟いて人形の視界を盗み見る。だからその接近に気付かなかった。


「見付けた……」

「ん?」


囁かれるように呟かれたその一言に少年、ルルは視界を自らのものに切り替える。目の前に居たのは少女。白い髪、透き通るような翠の瞳。背格好はルルよりも小さい。その少女のまるで巨匠が生涯を掛けて作り出した最高傑作の美術品のような美しさにルルは息を呑む。


「可愛い……」

「……そう、それが最期の言葉で良い?」


そう問われた瞬間少女が途轍もない速度でルルに迫ってきた。



「お兄ちゃん」

「フェリノ、そっちは終わったか」

「うん。生き残りは居ないよ」


突如として何処からかやって来た全く同じ顔の偽魔族を一人残らず倒しきったアルフ達は四人で集まる。本来なら偽物とはいえ魔族の力を持った者達を倒しきるなど不可能に近いのだが四人は平然と倒した。それが困難なことは入り口で自爆した時にかなりの人数が死傷していることから察せられるだろう。


「アルフ兄スイ姉さんは大丈夫かな?」


心配そうに問い掛けるディーンに対しアルフは頭を撫でる。


「大丈夫に決まってる。俺でもあいつらの自爆じゃそんなに喰らわなかったんだ。俺より遥かに強いスイがやられるわけないだろ」


言い聞かせるように言ったが言っている内に自分でも納得する。


「(そうだ。あいつは俺より遥かに強い。やられるわけがないんだ。……でもその強さが今は俺を苦しめてるんだな。あいつを守りたいのに今は守られる事しか出来ない)」


アルフは自分でも良く分からない感情に苛立つ。血が滲むほど拳を握りしめて苛立ちを抑える。


「とりあえずスイの所に行こう。多分こいつらを送り込んできたやつの所に向かった筈だ」

「分かった」


どうやって向かうかは誰も訊かない。当然だ。四人とも亜人族、五感は人族と比べ物にならない。追おうと思えば嗅覚や聴覚だけで何十キロ先に居ようが追える。


「……見付けた!こっちだ!」


アルフが嗅覚を全力にしてスイの匂いを見付け出す。


「……誰かと戦ってる?」


同じように聴覚で気付いたのかディーンが呟く。


「送り込んできたやつだな。急ぐぞ!」

「分かった!」


そうして四人は走り出した。自分達を救い出してくれた心優しい少女を今度は助けるために。



時は少し戻りスイが送り込んできたルルの元へ走り出して少し経った時入学式の会場ではざわついていた。


「さっきの女の子は……」

「誰かが戦って……」

「それよりさっきのは魔族じゃないのか」

「魔族がどうして……」


そのざわめきを少し離れた所で見ていたルゥイは焦りを必死で隠す。


「(どうすればいいの!?このままだと皆にばれてしまうかもしれない。ばれたら……もしかしたらスイを殺せとか命令されるのかも……!?)」


しかしその焦りは徐々に別のものへと変化していく。ルゥイが変わったわけではない。周囲だ。


「……流石は人災だ」

「……作られた魔族すら退けるとは」

「……えっ?」


ルゥイは突然の評価に困惑する。まるで掌を返すかのように先程までの話が無かったようになっている。


「(どういう……こと?)」

「大丈夫なのですよ」


突然隣で発せられた声にルゥイはビクッと反応する。見た先に居たのはルゥイやスイより更に小さい少女、イルゥ。


「イルゥが何とかしたのです。ルゥイお姉ちゃんは此処で動かずじいっと待っているのですよ?」


場違いなこの場所でにこやかに笑う少女にルゥイはあぁ、この子も魔族なのだと感じた。


「ん?ルゥイこの子は誰だ」

「イルゥというのです。初めましてなのです。魔導王。会えて光栄なのです」

「久しく聞いた名だな。その名を知っているということは古き魔族の一人か」

「そうなのです。でも強くはないから襲ったりはしないで欲しいのですよ?」

「はっ、幼女の姿を被った年上のお婆さんを抱く気はない」


グルムスにルゥイが説明しようとするとイルゥが自ら自己紹介する。


「えっ、イルゥお婆ち……」

「駄目なのですよ?それ以上言ったら私の固有技で永劫の牢獄に送っちゃうのですよ?」


ルゥイが呟こうとした瞬間口元に小さな手が回っていて背後にイルゥの小さな身体がくっつく。人災として近接戦しか出来ない代わりにかなり鍛えていた筈のルゥイにすら全く移動が見えなかったことに驚く。


「古き魔族はその身に大量の魔力を保有している。本来なら身体の維持に使わない魔力は魔法で使ったり漏れ出すのだがそいつらはそれを勿体無いと感じて魔法で使わない魔力をストックしているのだ。擬似的な素因のようなことをしているから素因数が少なかろうが強いぞ。少なくとも今のルゥイでは勝てん」


グルムスの解説に背後でイルゥが頷く。


「古き魔族だったのね。私を騙せたのも良く分かったわ」


自らも魔王と呼ばれるだけの実力を持っているが故にどうやってその目を欺いたのか理由を知りローレアが納得する。


「とりあえず私がお姉ちゃんのフォローを頑張るのですよ。ばれるとかは考えなくて大丈夫なのです」

「そうか。ならルゥイこの辺りに居るこいつらをまとめて避難しろ。ローレア様もだぞ。私は……因縁を壊してくる」


そう言ってグルムスは何処かに向けて歩き出した。



走り出した先に居る偽魔族達を切り裂きながらか細い糸のような魔力を遡り続ける。


「もう少し、あともう少し」


スイが通った後には首がなくなった男が、身体が消し飛んだ男が、腹に風穴が空いた男が残される。


「もう少し…………見付けた」


スイが立ち止まった先に居たのは少年。魔族なのだろうが誰か分からない。恐らくヴェルデニアが即位した際に出てきた取り巻きだろう。少年はスイの声に反応したのか振り向く。


「可愛い……」

「……そう、それが最期の言葉で良い?」


言った瞬間スイは足元に力を加え駆け出す。獣のような手にし振るう。少年はすぐに反応して後ろに下がる。余波で喫茶店内のテーブルが吹き飛ばされていく。


「うわぁ、危ないな!」

「逃げないでよ」

「逃げるに決まってるだろ!あぁもう可愛い子だと思った瞬間これだ。残念過ぎるよ。でも敵だ。だったら仕方無い。死になよ。人形遣いパペットマスター!」


少年が叫んだ瞬間周囲の空間がねじ曲がり中から男達が出現する。その数は三十は居るだろう。


「人形遣い……」

「そうだよ。それが僕の能力さ。材料が必要なのは面倒だけどね。けど望んで身体を差し出す馬鹿も居るから揃えるのは楽だったよ」


くっくと愉しそうに笑う少年にスイは冷めた目で応える。


「人形遊びに付き合ってあげても良いけど今は駄目。ただ私が貴方で遊んであげる」


グライスをすっと垂らし勢い良く振り抜く。何かを感じたのか少年は飛び上がり避ける。


<……空間断裂>


グライスが呟くと目の前に居た男達は上半身と下半身が分かたれていた。何が起きたのか分からず男達は絶命する。


「なるほど、君が僕の人形達を壊してたんだね。許さない。けど人形じゃどうしようもないみたいだし……だとしたらこれならどうだ!人形遣い!」


少年が再び叫ぶと男達が再度出現する。出現したと同時にスイに向かって走り出す。


「破裂せよ!」


スイが切ろうとする前に目の前の男が自爆する。その自爆の後に男達が向かい更に爆発の規模を増やしていく。


「あっは、僕に向かってくるから死ぬんだよ。大丈夫。身体が残っていれば僕が使ってあげるからさ」

「……そう、だけど死ぬのは貴方」


背後から聞こえてきたスイの声に振り向くと同時に前に向かって走り出す。


<……空間断裂>


振り向いた先には誰も居ない。少年が周りを警戒した時に真後ろから少年の左腕を斬り飛ばされる。


「……な!?」

「ん?外したか。残念」

「何で後ろに……!」

「私は移動してないよ。ただ魔法で貴方の後ろに声を送ってあげただけ」


事も無げに言うスイに少年は恐怖する。


「(まずい、このままじゃ殺される。こいつは僕より格上だ。悔しいけど呼ぶか)……僕を守れよ!」


少年が誰かに助けを求めた時にはスイは目の前まで駆けてグライスを振りかぶっていた。恐怖の表情を浮かべる少年の目の前にグライスが到達して、その場で甲高い音と共に止まった。


「……!?」


グライスの前に出されたのは紅い大剣。


「悪いな。我は仮にもこいつの味方なのでな。止めさせてもらった」


スイが見た先に居たのは黒い鎧。その見覚えがあるスイは一瞬硬直する。その隙を逃さず巨体に見合わないほどの速度で繰り出された蹴りにスイは蹴り飛ばされる。


「……うぐっ!」

「戦いの場において隙は禁物だぞ」


初めての強烈な痛みにスイの動きが止まる。するとまたしてもかなりの速度で接近してきた黒い鎧に蹴り飛ばされる。


「……っ!」


今度は歯を食い縛り耐える。それを見て更に追撃しようとした黒い鎧の動きが止まる。


「ふむ、戦い慣れていないな?強者ではあるがそれだけだな。こいつにやられたのか?」

「そうだよ、悪い?僕は近接戦は弱いんだ」

「いや、ただ少しは鍛えたらどうだと思っただけだ」


黒い鎧を呆然と見つめるスイ。その目は悲しみに彩られていた。


「ヴェイン……どうして貴方が……貴方は強い者と戦える方に従うって言ってたのに……」

「我を知っているのか?貴様と会った記憶はないが……」

「……ヴェルデニアの魔神王に屈したんだね」


スイの一言に居心地悪そうに黒い鎧、ヴェインは肩を揺らす。少年ルルは憤怒の表情で睨み付けてくる。


「ヴェルデニア様を呼び捨てにするとは!殺してやる!」

「やめろ、ルル。貴様じゃ敵わん」

「黙れ!」

「やめろ」


ヴェインの低い声にビクッと反応してルルは止まる。


「さて、少女よ。我の事を知っているようだが生憎我は分からん。済まないがこの場で斬らせてもらう」

「……ヴェイン。そう……なら殺す」


ヴェインからは黒い魔力が、スイからもまた黒い魔力が出現する。


「我が名はヴェイン。今は九凶星クルーエルが三、戦魔せんまヴェイン。行くぞ!」

「私の名はスイ。今は亡き魔王ウラノリアが娘、ハーディスの正当なる後継、殺してあげる」


そして二人がぶつかり合う。かつてウラノリアの親友であった者とその娘がお互いを殺し合う戦いが始まった。

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