第148話 予想外の出来事
「イジェ……まさか其方が此度の襲撃を画策したのか……!?」
呆然とした様子で呟く王を尻目にイジェは立ち上がって私の前まで歩いてくる。その最中にどんどん若返っていき最終的には二十代前半に見える美しい女性がそこに立っていた。そして私の前で跪き臣下の礼を取る。
「イジェ、私の臣下であるというのならば先程の命令を実行しなさい」
しかしイジェは苦虫を噛んだような表情で俯く。
「どうしてもやらなければなりませんか?」
そう言って私を見たイジェは今にも泣き出しそうでそれを見た私はイジェの体をかき抱くように抱き締める。
「ごめんね。貴女からしたら酷な命令かもしれない。けれど私が父様から受けた願いは三種族の友好。その為には決して残してはいけないの」
「分かっています。私のしている事をあの方は喜ばないという事ぐらいは……。ですが私は!私はどうしても許せないのです!あの時彼処に居た…あの獣畜生共の事が!あの方を裏切った奴らの事が!それでも……それでも駄目…でしょうか……」
涙を流しながらそう叫んだイジェをギュッと抱き締める。
「ごめんね。あの時…友好条約を結ぶ時に裏切った獣の事を許せないのは分かる。けどあの時と今はもう違う。あの時の獣達はもう死んでいる。だから子孫である亜人族をどんな形であれ苦しめたいというのは良く分かる。私だって事実を知った後に父様に願われたのならばどうなっていたか分からない。けど祖先の罪を子孫に贖わせるのは違うんだよ」
あの時、ヴェルデニア襲撃は三種族間友好条約の締結のタイミングだった。その時に裏切ったのは一部の魔族と亜人族、そして人族の王達だった。裏切った理由はそれぞれあるのだろう。
魔族はヴェルデニアに付いたというだけ。亜人族は唆されたのかはたまた魔族が主導して話を付けたのが気に食わなかったのか。人族の王が何故裏切ったのかは分からないがろくでもない理由なのは間違いない。
父様もまさか全員が裏切るとは思っていなかっただろう。当たり前だ。それまで友好的な存在であったのだから直前の裏切りにどれだけ傷付いたか想像するのは難しい。
そしてイジェは父様のことを好いていた。王と臣下としてではなく男女の関係として父様のことを愛していた。そんな父様のことをあの獣共は裏切りなおかつその後幾度も攻撃されたのだ。その末に父様は殺された。イジェが憎悪するのも仕方ない。けれどそれを今も引き摺られては困るのだ。
「イジェ、亜人族にはどんな手段を使ってでもあの時の償いはさせる。決して同列に扱うことはない。けどそれは今じゃないんだ。もう少し私に任せて欲しい。だから今はお願い」
三種族友好条約は作る。だがそれで三種族が平等に友好を結ぶ条約にする訳がない。不満は無理やりにでも消す。何なら脅迫しても良い。魔族を三種族間で最も尊い存在として世界に認識させる。
「それは……貴女様にとって困難な道となりませんか?」
「難しいだろうね。でもやるよ。あ、でも例外は作っても良いかな?」
「例外ですか?」
「そう、例外。あの時裏切った獣達以外の亜人族はその対象にしない。というかしたくない。あの時の獣と関係無いし……後私のこ、恋人が亜人族なの」
アルフ達をその対象にしたいとは思わない。そもそもあの時亜人族は複数種族居たがそのうちの一部が暴走した形だった。なのに全体に責を負わせる訳にはいかないだろう。
「……わ、かりました。あの時の獣の種族を追い詰めてくださると確約してくださるのならば」
「勿論、言われなくてもそれだけはやるつもりだったよ」
私が父様を裏切った者を許すわけが無いでしょう?例え謝罪されても許す事はない。
「……ふ、ふははは、くはははははは!!!!」
イジェと話していたら突然王が笑い始めた。気でも触れたのだろうか。
「そうか……魔族か!イジェも貴様も魔族であったか!ふはははは!すっかり騙されたわ!イジェよ!答えよ!我が息子たちは半魔族であるのか?」
「気持ちの悪い事を言わないでください。私の身も心もあの方に捧げています。子供は適当な所で拐ってきただけです。王族ですらありませんよ」
「ははははは!そうか、そうだったか。我が血族は我で絶える予定であったか。ははははは!……もう良い。
笑っていたと思ったら突然冷めた表情に変わると力ある言葉で詠唱を行う。そのいきなりの変貌と力ある言葉を使えると思っておらず反応が遅れた。咄嗟にイジェを引き寄せて背後に下がる。力ある言葉の内容は基本的に術者にしか分からないので何の術式か読み解けない。時間があれば出来なくもないがそんな時間はない。
「何故力ある言葉を……」
イジェが呆然としていたが私もそれは問いたい。力ある言葉はそれこそ古い魔族か知性ある凶獣位しかもう使わない。効果は強いが個人で効果が変わるので使いにくいのだ。
詠唱が完成してから謁見の間に一つの魔法陣が出現する。かなり膨大な力の塊で壊すのは難しそうだ。壊すことは出来るが時間がかかる上棒立ちになる。魔法陣の種類的に召喚の類というのは分かったが何が召喚されてくるのか分からない。
召喚の陣が光り輝き中から複数の人影が見える。それを見て唖然とした。まさか…いや、そんな筈。何故その術式なのだ。それは…剣国にしか無いはず。
「勇者達よ。出番が来たぞ。彼処に居る者らが魔族だ!殺せ!」
王が私達の方を指差し叫ぶ。叫ばれた勇者らしい人達が手に剣や槍を持って睨み付ける。その姿は黒髪に黒目でどう見ても日本人にしか見えない。合計で六人いるがどうも召喚の陣が未だ光り輝いている。冗談ではない。まさかまだ居るのか。
「彼等は……学園に送った筈の」
「どういう事、イジェ。手早く教えて」
「この国にやってきた三十人ほどの黒髪黒目の集団です。全員がそこらの兵士より強いので王が学園で勉強させていました。ちなみにこの国ではありません。隣にある同盟国の学園です。精鋭しか育てないという小さいながら強国の学園に送っていました」
成る程、だがこの術式……勇者召喚の術式で呼ばれた以上意図して呼び込んだ者達だろう。気付いている者は居なさそうだが。そうしているうちに次々と召喚陣が光り三十人程になった。
「王様。本当に彼女達が魔族なのですか?」「普通の少女にしか見えないぞ」「可愛い。お近付きになりたい」「女は相手したくないなぁ」「それより城に魔族って普通にやばくない?」「げ、近衛の人が」「何々?うわぁぁ!?」「きゃあああ!?」
阿鼻叫喚である。口々に話し始めて収拾がつかない。
「その通りだ。幼く見えてもそれは化け物だ。容赦無く我が近衛達を殺したのだ。頼む。近衛達では相手にならぬ。其方達だけが頼りなのだ!」
そんな中、王の一言で静まり返る。面倒だ。彼らを戻す術を私は知らないけれど万が一あるのならば可能な限り戻してあげたい。一応は元同郷の者達なのだから。しかし彼等はそんなスイの考えとは裏腹に剣や槍、杖、弓等様々な武器をこちらに向ける。中には教師と思しき人物が居る。年齢的に高校生位か。その一クラスが丸ごと召喚されたのだろう。勇者召喚を解析して違う術式にしているのだろう。
「さて、どうしよっかな?」
まさか勇者召喚を使ってくるとは思っておらず計算外だ。剣国が極秘に術式を渡したのかはたまた何処かから盗まれたのかそれは分からないが管理くらいしっかりしてほしいと思う。
「武器を捨てて欲しいけど捨てる気は無いよな?」
クラスの中心人物らしき茶髪男がそう言いながら警戒心を露わに剣を向ける。ニヤニヤしながらこちらを見るいかにも不良ですといった男達も居る。怯えながらこちらを見る女に睨み付ける女、不甲斐なさそうな男性教師に纏めようとしている副担任らしい女性教師。誰一人としてスイの話を聞きそうにない。
「本当面倒くさい」
私はそう呟きながらとりあえず気絶させようかなと思いグライスを握り締め……無い?私の手に握っていた筈のグライスがいつの間にか眼鏡をかけた暗い雰囲気の男子に掴まれていた。
「やった!成功したよ!」
「ナイスだ!内藤君!」
「……グライス返して。今なら殺さないであげるから早く、早く、早く早く!返せ!」
グライスを盗られた。父様がくれた大事な物を盗られた。殺してやりたいけど今すぐ全員殺してやりたいけどあいつらをそれを知らない。父様からの物だとは知らない。だから、まだ、今返すなら許してあげる。だから返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!!!!!!!!!!!
私から漏れた魔力が周りをボロボロ崩壊させていく。グライスはサッと後ろの方の生徒達に投げ渡されていき最後には王の元へ運ばれた。
「断裂剣グライスか。魔族が持つべき物ではないな。これは我のような高貴な存在が持つべきものだ」
そう言ってこれ見よがしにグライスを掲げて私を見る王。その表情は先程までのものとは一変して侮蔑の表情だ。
「貴様が死んだ後に我が使ってやろう。感謝せよ、獣以下の畜生よ」
私はその言葉を聞いてからふらっと前に出る。殺してやる。ふざけたその面を泣き喚く無様な姿に変えてから無惨な死に様を晒してやる。怒りで思考が定まらないまま歩くと剣で斬られた。斬った奴の腕を折った。足をねじ曲げた。槍で刺された。刺した奴の四肢を壁に縫い付けてやった。弓を放たれた。放った奴の四肢を縫い付けた。魔法が撃たれた。撃った奴の顔を焼いた。後は来なかった。王が震えながらグライスで刺してきた。やったという顔をしたので顔を死なない程度に殴った。足をもいだ。治癒した。腕を切り刻んだ。治癒した。内臓を生きたまま引き摺り出した。治癒した。動かなくなった。死んではいない。
「あっ、グライスお帰り」
周りに居た人は動かなかった。ああ、スッキリした。
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