第128話 さて、何処だろうか?



「自己紹介も済んだようだな。では行くぞ」


グルムスさんはそう言って私を手招きする。良く見たらアルフ君達も結構大きめの荷物を持っている。というかアルフ君の荷物が一際大きい。殆ど人と変わらない大きさの荷物を持って何で潰れないの?


「何処にですか?」

「スイ様の所だ。正確にはそこにスイ様が来るというのが正しいが」


行き先の予測をどうやってしたのだろうか?そもそもスイ様とやらと離れ離れになっているという事実の方が不思議だ。ああ、そういう事か。アルフ君達が奴隷みたいなとか不思議な紹介していた意味が分かった。主人から離れているんだ。他の奴隷じゃそんな事出来ない。しかも主人であるスイ様とやらに敬意は見えるがそれ以上に親しみが見える。


「君をこの屋敷に飛ばした目からの情報だ。先程連絡が来たのでな。付いてこい」


あの目今度は私を別の場所に連れて行きたいようだ。今度は転移した直後に気絶させられないことを祈るとしよう。



グルムスさんの屋敷にある庭に全員で出てきた。メッドは返してもらったので一応完全武装だ。いや鎧なんか着たことないから普段着+武器でもう完全武装なんだよ。むしろ鎧とか着けたら動ける自信がない。それにこの世界だとあまり防具は発展していない。

理由?そんなの簡単だよ。一番弱い魔物と言われているリグスノーという栗鼠みたいな魔物ですら持ってる石の投擲で岩を破砕するのだ。動き難くなるだけの鎧など逆に的にしかならない。兵士が着けてる理由は対人戦をする可能性があるからだ。それでもかなり軽い鎧だからこの世界の住人の強さは化け物だ。子供同士の喧嘩で壁に穴開いてるの見たことあるからね。

庭に出てから暫くすると頭の中で動くなという声が聞こえたと思ったら地面に魔法陣が出現して私達を包み込む。その瞬間ほんの少しの衝撃が起き目を瞑ったその次には全く異なる光景が目に飛び込んできた。

目の前には聳え立つといった表現が合いそうな程巨大な龍。神秘の具現であるそれは美しいその姿を何故か地面に這わせて申し訳無さそうにしている。


「それで?一体どういう事なのだ。説明を求める」


美しいそれにグルムスさんは全く気にも留めず説明を求めている。アルフ君達も私と一緒に一瞬硬直していたがすぐに元に戻る。私だけ未だ呆然としている事実に何とも言えなくなる。


「分かりやすく言うとスイは現在人族の大陸にいる。場所は分かっているから今から拐ってくる。以上だ」


さっぱり分からないけどそれは以上じゃなくて異常じゃない?そしてそれで納得したのかグルムスさんは下がった。え、マジで納得したの?アルフ君達は何か言いたげだが結局は何も言わなかった。


「とりあえずここで待っていればスイを連れて来てくれるって事で良いんですよね?」


アルフ君の問いかけに対して龍は鷹揚に頷く。地面に這ってるのに器用だなあ。


「というより今連れて来ている最中だな。十分もしたら到着するぞ」


その言葉にアルフ君がじとっとした目を龍に向ける。


「それ真っ当な運び方してますか?」

「いやしてないな。口に咥えて飲み込む形で回収したから。あれが真っ当ならこの世界の再創造から始めた方がいいかもしれん」


いやマジで何してんの!?飲み込むって何!?それ絶対に輸送手段としてはおかしいからねって分かっててやってるから確信犯だこの龍!!


「あっ、着いたぞ」


そう龍が言うと空から変な塊が落ちてきた。今更だけど此処は何処なんだろう?なんかぶよぶよとした肉の塊みたいな普通に気持ち悪いやつが落ちた衝撃で開いていく。開ききると溶けるように消えて行ったけど普通に気持ち悪かった。あれ何?


「流石魔王の娘。気絶したにも関わらず無意識に魔力を荒れ狂わせて壊そうとするとは。恐ろしい娘よ」


元は肉の塊では無かったようだ。多分普通の生物の姿をしていたのではないだろうか。それを道中ぶち壊しながら来たから到着時にグロ物体になっていたという事らしい。


「起きるまで時間は掛かると思われるから少し離れた所に家がある。そこで待っていると良い。私は起きたら話もあるから此処にいる」

「スイを連れて行ったら駄目なのか?」

「今は身体が不安定だから触らない方が良い。先程の肉の塊を見ただろう?無意識に防衛反応しているのだ。不用意に近付けば消し飛ばされかねんぞ」


あのグロ物体になるのは勘弁願いたい。私はさっさと家の方に向かうことにした。それに起きるのに時間が掛かるというのも本当だろう。一緒に居ても仕方ないし移動しよう。

少し離れた家の中に入ると先客が居た。グラデーションのようになっている紫髪に金瞳の美少女だ。年の頃は十四、五歳といった所か。その美少女は私を見るとすぐに興味を無くしたように視線を逸らす。


「えっと、お邪魔します?」


声を掛けたが無視された。美少女は植物図鑑と書かれた本から目を離さない。著者はかの有名なエルフの人だ。むしろ大概の図鑑系の本はクライオンが書いている。私も魔物図鑑にはかなりお世話になったものだ。


「私の家じゃないし勝手にしたら良いと思うよ」


周りを見渡していた私に対して美少女が顔を上げずにそう言う。無愛想に見えたが単純にこれがデフォルトなんだろう。もしくは人見知りなのかもしれない。


「そっか。分かった。あっ、私の名前は未央って言うんだ。貴女の名前は?」


コミュニケーションを取るのならば名前くらいは知っておかなければ話にならない。酔っ払い共は道端で会った人と名前も聞かずに仲良くなるみたいだけど私にはそれは出来ない。外国人で見たことあるのは初対面の男性同士が酔っ払って挨拶でハグしあう光景だ。あれは凄いなと本気で思った。


「み……ルーレ」

「ルーレちゃんか。宜しくね」


手を差し出したらルーレちゃんは若干面倒くさそうにしながらも手を置いてくれた。ぎゅっと握ったら思わぬ柔らかに硬直した。うわぁ、柔らかい。女の子の手ってこんな柔らかかったっけ?私の手は少しだけ固いので驚いた。にぎにぎしても特に気にも留めていないのかルーレちゃんはその状態で本のページを器用にめくる。何となく離すタイミングを逃してルーレちゃんの後ろに回って一緒に本を読む。勿論手はにぎにぎした状態だ。何か癖になりそうな柔らかさだ。

にぎにぎ、きゅっ。!?

にぎにぎしたら握り返してくれた。それはあまり強い力ではなかったけれど確かに握り返した。にぎにぎ、きゅっ、にぎにぎ、きゅっ。何この子可愛い。お持ち帰りしたくなる。妹にしても良いかな?まあ、魔族の女の子だし無理なのは分かってるけど。

アルフ君達がこっちに来ないので恐らくは家の外で待つことにしたのだろう。まあ私とスイ様とは接点はまるでない。一緒に待たれても困るだけだろうし私はこの子と少しの間過ごしておこう。


「この本……不思議ですよね」


ルーレちゃんがきゅっきゅっと可愛く握り返しながら話しかけてくる。


「不思議?どの辺りが?」


ごく普通の図鑑に見えるが何か変な所があっただろうか?


「他の本と書き方が違います。まるでこう書いてある本を見たことあるかのような、そう模写に近い感じがします」

「確かにそう言われたらそう見えなくもないけど何冊も似たような本を出してるから似通ったんじゃない?魔物に動物、植物、鉱物って結構な種類を出してるし」


私がそう言うとルーレちゃんは指輪から本を一冊出した。植物図鑑と書いてあるが著者は知らない人だ。本自体が古いのでクライオンの前に書いた人なのだろう。見比べさせてもらうと確かに書き方が大幅に違う。目次項目に群生する主な場所、効能、見た目、図解付きの採取方法、注意事項等かなり細かく書かれている。


「私が思うにこのクライオンっていうエルフの人は転生者だと思うんです。どう思いますか?勇者さん」


そう言ってきゅっと握られた手が離れなくなった。その瞬間絡めとるように引っ張られるとルーレちゃんの膝を枕にするように押さえ付けられる。指輪から出た小さな針が私の目の前に現れる。


「多分そうだと思うよ。ただ私は敵対する気は無いから出来たら針を直してくれると嬉しいななんて思ったり?」


超怖い。おどけた感じで言ったけどマジで怖い。


「質問に答えてくれたら良いですよ?」


そう言って初めて笑ったルーレちゃんの笑顔は仄暗い笑みだった。初めてはもう少し可愛い笑顔が良かったかな?

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