第293話 最終兵器R1号

 その後も戦闘はモネータ、リーベルタース、ミネルヴァ……

 絶え間なく続いた。


 移動中は戦闘はない、といっても、休まるものではない。

 常にコズロフの動向を探り、追い、行き先によって戦況を占う。

 体が少し楽なくらいである。


 時には内戦、治安の悪化で増えた宇宙海賊に遭遇することもある。

 さすがに相手は型落ち極まる旧式艦が多くて数隻。

 単艦でも『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』なら負けはしない。

 しかし、エネルギーと神経はわずかでも削れる。






 そんなある日の移動中。

 詳しい日時は、元帥の意向により残されていない。

 が、のちにナオミの友人が彼女から聞いたという内容では、



 おそらくフェブルウス戦のあと。

 ここ数日のリータは落ち込んでいたらしい。


「12ラウンドも殴り合ってるわけにはいきません。そろそろKOを取らないと」


 と、彼女は敵味方の差を問わず、積極策を用いるようになっていた。

 しかし正面からぶつかり合うだけでは、コズロフが退けば仕留めきれない。

王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』も損傷が蓄積し、いつか先に力尽きかねない。


 そこで彼女が先般選んだのが、


『あえて敵艦隊をフェブルウスに入らせ、基地に逆包囲を仕掛ける』


 というものだった。

 これにはコズロフをして


『フランス人にモスクワを焼かれるとは』


 とまで言わしめるほどの衝撃と損害を与えたが、



 結局同盟軍フェブルウス方面軍決死の殿しんがりにより、リータは彼を取り逃した。



 自身も敵を釣るのに、そこそこ大きな餌を払った。

 偽装退却で追撃は受けたし、逆襲に際して基地はボロボロ。

 痛み分けが多い戦線に久しぶりの大戦果といえど、彼女の心は晴れなかった。


 そんなある日の朝である。






 ナオミは艦長室のドアをノックした。

 リータがいつもの時間に起きてこなかったからである。


 戦時下の艦隊勤務は不足の事態に臨機応変フレキシブル。就寝時間がずれ込んだりもする。

 なのでお疲れの艦長は、何もなければ寝かせておくのが暗黙のルールである。


 が、人間には体に染み付く生活サイクルがある。

 いつも同じ時間に起きることを心掛けている人は、そのうち目覚ましが要らなくなる。


 リータもそういうタイプであり、

 普段より2時間遅れるのは、ナオミが見るかぎり初めてであった。


「閣下。おはようございます。起きていらっしゃいますか? そろそろ朝食でもいかがでしょうか」


 彼女が無機物を叩く音にあいさつも混ぜると、


『はぁい』


 数分待って返事があった。

 ナオミは少し不審に思った。


『起きてる』でも『今行く』でもなく、『はぁい』。


 不自然な返事に思えたのだ。


「閣下、入りますよ」

『あぁ、うん』


 曖昧な返事を切り裂いて敷居を跨ぐと、


 ミントの香りが鼻についた。


 焚いたアロマの香りではない。もっと科学的で即物的な。

 芳香剤や安いデオドラント、消臭殺菌スプレーの香りである。


 そんな部屋の中で、主はベッドに座り、壁を向いていた。


 しかも、タオルケットがぴったりマットレスに敷かれており、その上で胡座。

 どう見ても、今起き上がったところではない。


 数秒、無言で丸い背中を見つめる彼女だったが、


「……でもしました?」

「あんた艦から放り出されたいか?」

「あぁ、じゃあ、そういうコトで汚しちゃったんですね」

「どういうことなの」


 間合いはとってもデリカシーはない。

 そんな人間である。


「まぁまぁ。恥ずかしがることないですよ。私も閣下の歳の頃は、シャワー室で同性の体見てもムラムラ持て余して」

「うわぁ聞きたくない。絶対それ15歳のスタンダードじゃない」

「だからそう隠さないで。ちゃっちゃと洗濯しちゃいましょうねぇ」


 ズカズカ歩み寄り、タオルケットを引っぺがそうとする。

 上で達磨大師になり抵抗するリータだが、マットレスが高反発で柔らかい。

 ナオミに押されるとポンッと跳ね、コロコロ転がってしまう。


「さぁて、キレイキレイ……」


 その隙に布を捲り上げようとした彼女の目に映ったのは、


 そこそこ大きい、真っ赤なシミ。


「えっ、もしかして」

「何」


「……初潮?」


 さすがのナオミも動揺して振り返ると、


「っ」

「怒るよ」

「閣下」

「何」



 目が合った少女の口元は、乱雑に口紅を拭ったかのようだった。



「失礼します」


 彼女はリータも反応できない速さで枕をひっくり返す。

 するとそこにも


 振り返る彼女に、リータは平坦な表情を返す。


「大丈夫。鼻血。朝起きたら、なんかすごくて。でももう止まった」


 彼女にとって鼻血は、よくあることなのだろう。

 それはナオミもここ最近でよく知っている。

 だから淡々としているのだろうが。


「閣下」

「気にせんで。いつもの」

「いつもこんな、ボクシングでもしたように? 私は初めて見ますが」


 返事はなかった。

 返す言葉もないのが実情だろう。

 が、それ以上に、


 もう踏み込むな


 そんなオーラが、血以上に滲んでいる。

 それこそ、より本気で宇宙空間へ放り出されそうな。



 濁っている。



 彼女は素直に、そう感じた。



 ウルトラマリンブルーが血と混ざって、濃いアメジストに濁っている──



 ゆえに、


「閣下。私はあなたがどのようなメカニズムで鼻血を出すのかは知りません」

「……」

「ただ、お疲れであれば、おっしゃるべきです。閣下がいらっしゃらなくとも、勝つ公算のある戦場はありますから」


 コズロフとステラステラで、同盟の内戦で。

 幾度となく戦ったナオミには分かる。


 あの男は異常なまでに強靭で、並び立つ者もそうはいない。


 それを今、思ったより皇国軍が撥ね除けられているのは


 ひとえに少女が自身の体力と精神、

 そして才覚の限界を突破したところで戦っているからだろう。


 文字どおり、血を吹き出しながら。


 しかしそれでも、


「……考えとく」


 届いているのかどうか。彼女には諭すのが精いっぱい。

 あとは






「『元帥閣下におかれては、体調面での懸念が窺える』、と」


 後日中央へ、こっそり連絡しておくくらいのことであった。



 しかし、この報告を受けたシルビアが対応を決めるまえに、






 6月12日7時19分。



「艦隊、手筈どおりにお願いします」



 両陣営は、ユースティティア・鐘楼宙域にて激突した。

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