第40話 蜂の一刺しか蜜蜂球か

「なるほど! 蜂の一刺しか!」


私を昂らせてレミーマーチン』の艦長席。

 もはやライブで足元のスピーカーに乗り上げるアーティストのように。

 デスクへ片足かけたカーチャの声は、感心すらしているようだった。


「蜂ですか?」


 シロナからすれば艦載機が頭に浮かぶ。

 カーチャがよく、艦載機が当たりどころよく爆弾一発で敵艦を沈めた時、


「蜂の一刺しだね!」


 と喜ぶから。

 が、今回は口ぶり的に、相手の戦術を評している。

 かといって、同盟側は直掩機中心の編成。まともに攻撃機が飛んでくる気配はない。


「何が蜂なのですか?」

「あぁ、そりゃね」


 どうやら彼女の言う『蜂の一刺し』とは。

 大きな戦力差をひっくり返す一撃全般を指すらしい。






 さて。一方で分かりやすく艦載機『蜂の一刺し』に晒されている


「提督! 艦隊の被害、15%に!」

「この突撃で決め切らないと、次はないな!」

「敵攻撃機、第三波! 来ます!」

「急所だけ避けろ! 火力は可能な限り、突破口を開くのに集中しろ!」

「『英雄的Heroic』が喰われました!」


『地球圏同盟』軍シルヴァヌス艦隊。


「陣形を崩すな! 先端をやつらに突き立てるまでは!」

「しかし提督! 混戦に持ち込んでどうするのですか! 確かに攻撃機は展開しにくくなりますが、やはり最終的には押し負けます! むしろ今なら、まだ引き返せる……」

「なんだラングレーくん! さっきまで威勢よく答えてたくせに、急に怖くなったか!? ぅおおっ!」

「艦体前部に被弾! 戦闘に支障はありません!」

「よしっ!」


 揺れる艦内。艦長席の手すりに手をつきながら、ジャンカルラはなんとか立っている。

 副官のラングレーもテーブルの縁をつかんで同様。


「まだ勝つ手はある! それを引いてたんじゃ『英雄的ヒロイック』も、誰も彼も報われないなぁ!」

「その『勝つ手』とは!?」


 彼女は前のめり。マップ搭載テーブルの液晶へ爪を突き立てんばかり。


「常々言ってるだろう! 軍隊じゃ命の価値は同じじゃない! みんながあの壁にくさびを打ち込み、道を開いてくれたなら!」

「まさか!?」

「あぁ!」


 ついに提督は艦長席の高台を飛び降り、最前列。操縦手と肩を組む勢い。



「皇国艦隊旗艦、『私を昂らせてレミーマーチン』! 『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』、タチアナ・カーチス・セナ! やつさえ討てば、僕らの勝ちだ!!」



「しかし提督!」

「なんだねラングレーくん!」


 ジャンカルラは振り返らない。

 彼も真横まではつけないが、高台を降りてくる。


「確かにそれであれば、この戦力差でも勝利は可能です。ですが、これではほぼ刺し違え、そのあとは? 敵陣のど真ん中、脱出も容易ではありません。そうすると提督は、本艦は……?」


 ようやく彼女は副官へ振り返る。

 その顔にはまだ、悲壮で狂気的な笑みが張り付いている。


「君たちも普段から、僕に『命をくれる』っつってたな?」

「それは勝利ではありません! 我々は命を惜しむものではありませんが! あなたの命を交換に差し出したのでは、なんの意味もなくなってしまう!」

「……そうでもないさ!」


 彼女は、半分は本心からそう思っている。

 が、もう半分。提督にあるまじき。


「艦隊損耗率、20パーセント! このままでは!」


 いい加減自分の命も部下たちと同じように。

 千載一遇の好敵手を前に、はかりにベットしたくなったというのは。

 黙っておくことにした。






 あるいは突き立てようと、あるいは突き立てられようとしている『蜂の一刺し』。

 それにもう一人、気付いた者がいる。


「シルビアさま!」

「どうしたのリータ!?」

「もしこのまま両陣営が衝突して入り乱れると、混戦の中で事故が起きるかも!」


 艦長の指図どおり広い場所へ、左斜め方向へ展開するうち。

 戦場をある程度横から俯瞰できる位置を取った『灰色狐グレイフェネック』。

 その艦橋で目を皿のようにしていたリータである。

 彼女は詰めていた操舵手の席から離れ、艦長席まで戻ってくる。


「兵力はこちらが倍! それでももし元帥の身に何かあったら!」

「根こそぎ沈めても惨敗、ね!」

「敵艦隊の損耗も雪だるま式に増えてはいますが。この分だとギリギリ喉まで刃が届きます!」

「普通だったら今頃半分も残ってないところよ。これがカーディナル麾下の精鋭なのね!」


 シルビアたちとて、安全な位置でサボタージュしているわけではない。

 横から散々撃ちかけ、少しはダメージも与えている。

 それでも、見向きもされない。

 正直、あれだけの馬鹿力がこちらへ向かないことに安心するが。

 反面、敵の勢いは削がれず、閣下のための足止めにならない。


 なんか、大河ドラマで何回か見たわね!

 そう、あの、大坂夏の陣。

 圧倒的不利な豊臣方の真田信繁が、『目指すは家康の首一つ!』って逆転の大博打。

 真っ直ぐに本陣へ突撃するやつ!


「どうにかして止めないと、マズいわね!」

「しかし、このままでは間に合いません!」


 普段はあまり百合のあいだに挟まってこず、粛々と役割をこなすアイカワ。

 彼も焦りと、矛先が向いてこない妙な手持ち無沙汰から声を上げる。


「今すぐ連中の足を止める必要がある、ってことね」


 無意識に、立てた親指を噛むシルビア。


 でも、そんなうまい策ある?

 ただでさえ連中はセナ元帥も認める『命知らず』どもよ?

 しかもそれはイカれてる戦闘民族とかじゃなくて、カーディナル提督との信頼関係。

 その彼女の号令で『死に方始め!』なんて。

 連中、ただの戦争好きより喜んで玉砕するわよ?

 だってこんなの、聖母マリアに対する殉教じゃない!


 彼女とて、決して死にたくはない。

 死にたくはないから、こうして宇宙の戦場を駆けているのだ。


 だが、どうせ死ぬなら、その時はせめて。

 命を捧ぐに相応しい何かのため、満足して散りたい。


 そんな気持ちは理解できる。


「何か、何か連中を止める手段は……」


 困ったシルビアは、思わずリータの方を向く。

 基本考えるのは自身の仕事だが、二人で一人。なんなら、やはり軍人として慣れがあるのはリータの方。

 無意識に、すがる思いでウルトラマリンブルーと目が合った瞬間。


「あ」

「どうしました?」



「あるわ。一つ策が」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る