第41話 火矢に冷水一差し
「本当ですか!? しかし、どうやって!」
シルビアの後頭部にアイカワの焦りが刺さる。内容そのものより、早く安心できる証明が欲しい様子。
逆に正面のリータは険しい表情。疑っているわけではなさそうだが。
『本当に有効な策なのか? 苦しまぎれと希望的観測の机上論じゃないか?』。
すがる目で見られた分だけ、クリティカル・シンキングの構え。
だから彼女も、自分自身を叱咤するべく声を張る。
「我々も同じ手を使うのよ!」
「同じ手? まさか!?」
アイカワの顔が、また一段白くなる。
「そうよ! 敵艦隊がセナ元帥に喰らい付くより先に、カーディナルへナイフを突き立てる!」
「む、無茶です!」
彼には、いや、まともな軍人には衝撃が強かったのだろう。
メチャクチャなことを言い出した新人艦長。説得するために目を見て言い聞かせるか、証拠を提示するか。
混乱したアイカワは、シルビアの顔とモニターを交互に小刻みに見やる。
それだけ、常識的にはおかしい話なのだ。
「こちらは軽巡ですよ!? 対して向こうは強壮な戦艦の群れ! 中心の旗艦になどたどり着けないし、たどり着いたとしても! 単純な撃ち合いで勝てません! 一対一でもそうなのに、集中砲火まで受けるんですよ!? 犬死にです!」
「勝つ必要はないわ」
その分彼女は、努めて冷静に受け答えしなければならない。
たとえ心臓はバクバクで、手汗は引くほどグッショリでも。
「ケリまでつけなくてもいいの。ただ、向こうの突撃を失敗させればいい」
緊張のあまり、実はシルビアにはモニターがはっきり見えていない。
というより、網膜が捉えた情報を脳が処理していない。
が、その代わり。
吠えるように指示を飛ばす将校。
砲撃の引き金を力いっぱい押し込む射撃手。
息つく暇もなく情報を伝える通信手。
1秒でも長く戦えるよう、傷付いた艦体中を駆け回る応急工作員。
外が見えない分、戦っている仲間を信じてエンジンを支える機関員。
傷付いた命を必死に繋ぎ止めようとする衛生兵。
彼ら一人一人の顔が、彼女には浮かんでくるのだ。
「連中があそこまで命を張れるのは、死を恐れず突撃できるのは。何か大きな誇りや信念のため、それを与えてくれる提督のためよ。その提督に危機が迫ったとしたら」
逆手に取る、というよりは、ある種のリスペクトにも似た感情。
シルビアは何かに感極まって、目頭が熱くなる。
誰かが必死にがんばる姿で泣けるのを、老いとは言うまい。
「彼らはあの突撃力の分だけ、反転して守ろうとするでしょうね」
「しかしそれでは、本艦は」
「軽巡ですから」
割り込むように呟くのはリータ。あごに手を当て、必死に考えている。
「高速でうまく切り込み、ニアミスして駆け抜けるだけなら、あるいは」
「いけそう?」
「うーん……」
しかし眉根は少し硬いまま。
やはり分が悪いで済まないのは事実だろう。
それでも『敵の突撃を阻止する』という成果に関しては、成功すれば効果的であると。
その事実が彼女に否定させきらない。
「決して無傷とはいかないでしょうし」
ウルトラマリンブルーがモニターを睨み付ける。
そこには、傷だらけでなお整然とダイヤ型を保つ、一つの
「やっぱり、少し崩れて隙間ができないと」
「難しい?」
「です」
こうなるとシルビアも唸るしかない。
「とにかく、本艦は攻撃を一時休止! 完全に相手の意識から消えて、少しずつ忍び寄る!」
とにかくできることをして、あとは
それと、
「リータ、突入のタイミング。あなたの勝負勘に託していいかしら」
「緊張するなぁ」
「元帥閣下! やはりお退がりになられた方が!」
「受けて立ったろう! って場合じゃないかな?」
「当たりまえです! おおお願いしますカーチャさまぁ!!」
『
なおも闘志を持って立ち向かおうというカーチャに縋り付くシロナ。
まるで浮気しにいく夫を止めようとする昭和のドラマである。
だが彼女は抑止力たりえないので、代わりに副官がバリトンの声を張る。
「『負ける気はしない』とかいう問題じゃありませんよ! 『勝つための最善手』でもなく! 優先されるべきは閣下の安全です!」
シロナに半ば無理矢理席へ座らせられるカーチャ。サイドボードのボウルからキャンディを取る。
「なんでそんな、みんな余裕がないのかねぇ」
「お言葉ですが、閣下こそらしくありませんよ」
「分かってるよ。『不測の事態』を避けるのが我々のやり方だからね」
ため息混じりにマスカットの包装が引き裂かれ、中身は口へ。
「じゃあ何がそんな気に入らないのですか」
退いてはほしいが、怒っちゃやーなのだろう。シロナが後ろから顔を覗き込む。
「気に入らないんじゃないよ。ただ」
彼女は少し遠い目で、背もたれに体を投げ出す。
「気持ちで負けないよう鼓舞したつもりなんだが、難しいもんだなって。今度バーンズワースくんにでもご指導ご鞭撻いただこうかね」
そのままモニターを感情のない瞳で見つめていると、
「ん?」
「どうかしましたか?」
「んー」
すぐには答えず、モニターとテーブルのマップを交互に見るカーチャ。
「あそこ、敵艦隊の向かって左さ」
「左」
「ちょっと離れたところにある光って、味方の艦だよね? マップ見る分にゃそうなんだけど」
「どれですか?」
「観測手。モニター映像拡大」
「はっ」
副官の指示で画面に映し出されたそれは、
「『
「たった一隻で。あんなところで何してるんでしょうね?」
「砲撃もなし。機関部をやられて取り残されたのでしょうか。もしくはサボタージュか」
「ふーん」
周囲がやや困惑しているなか、元帥閣下は少し前のめり。
液晶を気にせず肘を突き、唇を軽く指で撫でる。
「動いては、いるな。敵艦隊へ向かって、抜き足差し足って感じだね……なるほど!」
「ぴゃっ!?」
急にカーチャが大声を出すので、シロナが驚いて跳ねる。
「どうしたのですか、カーチャさま!?」
「なるほどなるほど! そうかそうか!」
軽く数回拍手。手袋特有の少し曇った音がする。
そのまま勢いよく立ち上がると、
「じゃあお手伝いしてやろうじゃないのさ! 『
左手を大きく突き出す。
「はぁ!?」
驚いたのは副官とシロナである。なんなら艦橋内の全員。
「話聞いてましたか!?」
「聞いてたさ!」
また縋り付いて止めようとする彼女を、元帥閣下は華麗にヘッドロックで止める。
「確かに、ギャンブルはしないのが私のポリシー。でもたまにゃあ!」
そのまま二回目、軍靴の底がデスクに上陸する。
「『
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