第42話 蜜蜂の一刺し
「艦隊損耗率22パーセント! 限界です!」
「提督! 本艦も被弾しはじめています!」
『地球圏同盟』軍艦隊旗艦『
アトラクションのような揺れに見舞われる頻度が増えた艦橋内。
致命的な被弾はないまでも、少しずつ熱量は蓄積する。また、自身の攻勢による機関室のヒート。
何より人の汗と息と体温。蒸し風呂のような、もしかしたら地獄の入り口のような艦橋内。
しかしジャンカルラの大汗は、環境のせいか本人がゆえか。
「ギリギリだな! ここまで来たら意地と根性! 『TAF』の名が問われるぞ!」
『軍隊は3割減で全滅』
実は救助を諦めれば7割が戦力。継戦能力を保つことも可能である。確実に『
しかしそれを言い出さないのは。
とち狂ったように見えて実は、提督に理性が残っているということだろう。
だからこそ。
皆、熱狂の中で統制されているのである。
暴走せず、一つの目標を見失わず。
だからこそ。
「提督!」
観測手の、ここ一番の大声が響く。
「どうしたっ! 泣き言は5分に一回にしろ! それ以上は追加料金だ!」
「いえっ!」
返事より先にモニターが拡大される。
「! これは!」
「黒い艦体に黄色のライン!」
ジャンカルラはテーブルに手を突いて前のめり。ラングレーは膝をぶつけて鈍い音。
「『
「おおっ!」
「提督!」
だからこそ、戦士たちは好機を見逃さない。
「行くぞ!
「全艦突撃ぃ!!」
「全艦突撃!」
提督から副官へ。副官から通信手へ。通信手から艦隊全体へ。
火の玉が燃え上がる。
「勝負だ! カーチス・セナ!!」
対するこちらは皇国軍艦隊旗艦『
阿鼻叫喚の艦橋内。
「元帥閣下! この距離ではすでに補足されているものと思われます! 危険です!」
「カーチャさまぁ! 変な当たり方したら、一発でもドカンですよぉ!? 退がりましょうよぉ!!」
さっきから取り分け騒いでいるのは副官とシロナだが。
声を出さないか余裕がないだけか、他のクルーも動揺している。
落ち着きなく座りなおしたり。姿勢が丸まってきたり。震えていたり。何度も艦長席をチラチラ窺ったり。
その中で一人。
「静かに」
カーチャだけが軍帽の
「私は今。不可能を可能にし、ここまでたどり着いた英傑に敬意を表している。そして」
軍帽が脱がれ、遠くを指すように向けられる。
「新たに、敬意を表すべき英俊が生まれようとしている」
その先にいるのは、
「シルビアさま! 今です! 直進!!」
「『
叫ぶシルビア。その視線の先。
『
思わず焦って、堅固なダイヤモンド陣形を崩した同盟軍艦隊がいる。
緻密だった突撃には疎密、隙間が生まれている。
その真っ直ぐ開けた道の向こうには
「目標! 敵艦隊旗艦、『
「はっ!」
「機関全速!」
「射撃手! 派手にいきなさい! 当たらなくったっていいわ! ただ、『旗艦を守らないとマズい』ってビビらしゃいいのよ!」
「了解!」
「リータもアイカワ少尉も、席に着きなさい。死ぬほど揺れるわよ!」
覚悟を決めて、勢いよく飛び出すシルビアたち。
向こうが火矢というなら、こちらは線香花火かもしれない。
だが、
それなら派手に光って見せようじゃないの。
一概に劣っている気はしない。
同盟軍艦隊右翼。最初に気付いたのは重巡洋艦『
若い通信手の声は、やや震えている。
「か、艦長!」
「どうした!」
「3時の方向より、敵艦単騎で接近中!」
対する60まえの爺さん艦長は一蹴。
「そんなものは無視しろとさっきから言っているだろう! 今は『半笑い』ただ一人だ!」
「し、しかし!」
動揺していたのだろう。通信手がはっきりしないうちに。
「うおっ!」
一隻の軽巡が目の前を通り過ぎていく。
「危ないな! ぶつかるところだったぞ」
「しかし、この距離まで突っ込んでくるとは。艦隊に飛び込むなんて命知らずですな」
副官はなんのこともなさそうに呟いたが。
「ん? 艦隊に飛び込……? な! い、いかんぞ!!」
「どうしました?」
「バカもん! 無視していたら、母屋に泥棒が入ったのだぞ!? 提督閣下が危ない!」
「あっ!」
「今すぐ艦隊全体に通達! くそっ! 女に釣られているうち、こんな初歩的なことも見落とすとは!」
『
伝わる振動にアイカワがうめく。
それでも
「思ったより、砲撃が来ませんね!」
「そうね!」
「正直即死だと思っていたんですが!」
敵の意識が前に向いていること。
まだシルビアたちの出現に頭が追い付いていないこと。
艦隊のど真ん中だけあって、迂闊に攻撃すると同士討ちになること。
さまざまな要因が味方し、散発的な攻撃をかわすだけで済んでいる。
が、楽観視はできない。
シルビアが押せ押せな分、冷静に振る舞う彼女がいる。
「でも覚悟してください! 旗艦に近付いたら、さすがに向こうもなりふり構いません! 抜ける時は比じゃないです!」
「リータ! やっぱりこっち来ない!?」
「提督! 『
「数は!」
「軽巡一隻のみです!」
「正気か!?」
「あっ、あれです!」
「どれどれ!? ツラ拝んでやろうじゃないか
「シルビアさま! カーディナルが!」
「目と鼻の先ね!」
「しかし、いよいよとんでもない弾幕ですよ! これ、たどり着けないんじゃ!」
「機関室より通信! オーバーヒート寸前です!」
「保たせなさい! それと、総員敬礼!」
「敬礼ですか!?」
「
「閣下! 同盟艦隊、足が止まりました!」
「やってくれたなぁバーナードちゃん! 艦隊、一斉射撃準備! 彼女らの援護にもなる!」
「全艦、砲撃を揃える! 準備ー!!」
「仕上げはおねえさんっ! さぁて、仕掛けるよっ!!」
「提督! 危険です! 奥の方へお退がりください!」
「やなこったね!」
「艦長! こっ、このままではっ! もしや『
「リータっ!」
「大丈夫! ただのガチ恋距離!!」
「だそうよアイカワ少尉! 敬礼も見えてちょうどいいわ!!」
「うわあああああ!!」
「来たぞーっ!!」
「まさか、突っ込んでくる気か!?」
「あの艦体は、確か……」
「提督!」
「そうだ! オプスで見た!」
「ぶつかるぞ! 回避ーっ!!」
両者がすれ違うその時。
ジャンカルラは艦橋内で敬礼する敵艦長を、確かに見た。
瞬間。彼女は思わず、敵意よりも
素直な興奮と称賛に声を上げた。
「やるなぁ! シルビア・バーナードぉ!!」
「閣下! 艦隊、いつでも撃てます!」
「カーチャさまっ!」
「よぉし! 全艦斉射!!」
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