第43話 終戦

 午前11時47分。

『地球圏同盟』シルヴァヌス艦隊提督の副官を務めるアラン・ラングレー。

 まず彼が観測手から耳打ちをもらう。

 それから彼はゆっくり艦長席へ向かい、


 腕組み仁王立ちの提督、ジャンカルラ・カーディナルと向かい合う。


 その目に涙をたたえて。


「提督……」

「なんだい、ラングレーくん」

「先ほどの、敵艦隊からの斉射で……」

「シャッキリしろ。男の子だろ」


 彼女は一瞥もせず、静かに諭すように。

 それが疲れ切った戦士の心に染み入るような。提督自身の燃え尽きが溢れているような。

 だからこそラングレーも噛み締めるように。ジャンカルラをいたわるように。



「戦力34パーセント減、我々の……。我々の敗北ですっ!!」



 溢れる男泣きの大粒に、彼女はようやく全身の緊張を解くように。

 鼻から深く長く、息をついた。



「ここまで、か……」



 目を閉じ、天命に逆らうでも受け入れるでもなく。

 ただ天上を仰ぐ。

 その動きに引っ張り上げられるように、艦橋のあちこちから押し殺したような啜り泣き。

 またその声に絞り出されるように、



「撤退だ!」



「はっ! 通信手! 全艦に通達! これより退却戦に移行する! 戦闘可能な艦は前に出て、他が味方を収容する時間稼ぎをしろ!」

「はっ!」


 威勢よく答えた通信手だが、その声は震えていたし。


『自分たちは敗北した』


 この事実を味方に通達する時、自分で言葉にする時。

 顔は見えないが、何度も鼻を啜る音がした。

 なんなら通信手に命じたラングレー自身も涙をこぼしていたが。


「提督……」


 一人、涙を流さず戦場を睨み続けるジャンカルラ。

 まだ戦闘は終わっていないとでも言うような。

 だから泣いている場合ではないと周囲に示すような。

 何より、立場ある者は涙を流すものではないと哲学を掲げるような。


 その姿を見て、彼も自然と涙を拭った。



 何より、こんなに泣いてはいるが。

 ラングレー自身、のちにこう述懐している。


『実を言うとあの時、本当は安心したんです』

『もしあのまま戦闘、突撃が継続していたら。おそらく提督は「半笑い」と刺し違えて戦死なさっていたでしょう。あれが、あのタイミングが、閣下を生きて帰らせられる限界のラインだったのです』

『そこにあの軽巡が現れて、我々は撤退を決断することができた』

『結果は敗北でしたが。負け惜しみでもなんでもなく、最低限あの状況で守るべき「戦果」はあげられたのです』

『シルビア・マチルダ・バーナードですか。なんだかんだありましたが、まぁ感謝してますよ』






「カーチャさま! 同盟軍が撤退していきます!」


 同時刻。皇国軍シルヴァヌス艦隊旗艦『私を昂らせてレミーマーチン』。


「そうさね」


 元帥タチアナ・カーチス・セナは艦長席へ、をつくように収まる。

 ぐぢゃっと崩れた居住まいは、朦朧としてコーナーへ下がるボクサーのよう。

 もしくは溶ける泥人形のように座席へ沈む。


「閣下、追撃は」

「不要である。エネルギー限界もある。味方の救助に専念なさい」

「はっ!」

「マコちゃんキャンディ取ってキャンディ……」

「お、お疲れさまです。お酒でもお飲みになられますか?」

「ジュース……」

「大変お疲れだぁ!」


 食堂へ駆けていくシロナを見送って、副官はポツリと呟く。


「すっかりはやめられましたな」

「今は咥えてもハンバーガー屋のポテトまでだね」

「子煩悩ですな」

「産んでねーわ」






「リータ! 大丈夫!?」

「なんか鼻血出てきた……」

「神経の使いすぎでしょうか?」

「私より艦の被害確認してください」


 同時刻。皇国軍シルヴァヌス艦隊所属、軽巡洋艦『灰色狐グレイフェネック』。

 命からがら、同盟艦隊を突き抜けたところである。


「ダメコン部門! 状況知らせぇ!」

「小破寄りの中破!」


 アイカワに答えるというよりは、ちょうどタイミングが被ったような報告。


「思ったより無事ね」

「いいタイミングで味方の斉射が来ましたし。うまいこと抜ける時の追撃が減りましたからね」

「その代わり味方に沈められかけたけどね!」

「AHA!」


 勝手に安心して笑っている、のんきなシルビアとリータ。


「ですが!」


 そこに、通信手が冷や水バケツ。



「エ、エンジンが……、焼け付きました。航行不能です」



「……」

「……」


 二人は顔を見合わせ、


「……」

「……」


 何を見ているのか、艦の進行方向を真っ直ぐ見つめ、


「……」

「……」


 また顔を見合わせ、


「あ、リータ。鼻血止めないと」

「現実逃避するな」

「……」

「……」



「じゃあどうするの!? 追撃が来たら結局パーじゃない!!」

「ええと、救難信号か総員退艦するか……」

「艦長!」


 一転、絶望しかかったクルーたちだが、


「同盟艦隊、撤退していきます!」

「本当!?」

「ということは……」

「やられずに済む?」

「だけじゃなくて!」

「かっ、かっ、



 勝ったーっ!!」



「やったあああリータあああ!!」

「ちょっ、くっ付いたら鼻血付く!」

「ばんざーい! ばんざーい!」

「皇帝陛下に栄光あれーっ!」






 繰り返しになるが午前11時47分。

 皇国軍の勝利によって『ビッグ・シップ・プレス』は幕を閉じた。


 その被害、皇国軍轟沈97隻、大破・航行不能57隻。同盟軍轟沈83隻、大破・航行不能28隻。

 死傷者両陣営合わせて90,000人以上。

 近くの白色惑星コーンススが、『アンタレスより赤い星』と呼ばれる所以である。


 ちなみに、昼前に終わった戦闘ではあるが。

 シロナ・マコーミックのインタビュー記事。

 皇国軍内部向け広報誌『ラケダイモーン』2323年12月号。

 これらによると。

 生存者でも昼食を口にする元気があったのは、5分の1ほどだったらしい

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