第44話 そして開戦

『今回は結果だけ見れば我々の勝利であり、皇帝陛下からもそのようにご評価いただいた』

『しかし実際は。我々皇国軍は敵の倍の兵力を持ちながら、圧勝どころか甚大な被害を出した。果たしてこれは勝利と言えるだろうか』

『何より立場が逆なら、敵将ジャンカルラ・カーディナルは「敗北」と断じるだろう』

『諸君らが「勝利」と浮かれるなら。その時こそが真の敗北である』


『銀河英雄言行録』タチアナ・カーチス・セナの項より抜粋。



 カーチャがこの訓示を残してから半月ほど、12月初旬。そこそこ晴れたある日。

 乗艦のエンジンがやられ、またしても哨戒に出られないシルビア。

 今回の『敗北』で親皇国市民と親同盟市民の対立が激化。またしてもネリオーから帰れないカーチャに、元帥執務室へ呼び出された。

 そこにはまたしてもキャンディ係しか仕事のないシロナもいる。

 またしても一緒に呼び出されたリータが、またしても寝込むことはなかった。


「やぁ、いらっしゃい。キャンディ食べる?」

「もらっときなさい、リータ。焼き肉屋みたいなもんだから」

「チョコパフェ食べたいな」

「それはちょっとプライベートでカフェ行ってもらって」


 あいさつ代わりのキャンディトーク(ほぼキャンディじゃない)を交わしたところで。


「いやぁ、話が遅れてごめんね? 急なことで悪いんだけど」

「どっちなんですか」

「あぁ、話としては早くに決めてたんだけど。忙しくて伝えるのが今日まで遅れたんだよね。で」


 相変わらず書類の山だが、以前と違って整理はついているらしい。

 カーチャが引き出しを開けると、そこには青いホルダー。


 あ、あれって。


 シルビアが気付くと同時、閣下が話を続ける。


「でも、やっぱり君のキャリアからすれば、急な話ではあるんだよね」


 リータと顔を見合わせていると、前回と同じように略儀で手渡されるホルダー。

 温度以上に震える冷たさがある。物理以上に心へかかる重さがある。質感以上に指を刺激する緊張感がある。


「しかし我々は、先の戦闘で多くの艦を失った。それ以上に、多くの優秀な将士を失った。シルヴァヌス方面派遣艦隊としては、早急にこれを建て直さなければならない。開けてくれたまえ」


 何よりカーチャの声に、いつもの『気のいい』以上の威厳がある。

 促されるままホルダーを開くシルビア。挟まれた書類の内容を目で理解するより先に、


「辞令だよ」


 元帥閣下の声が脳へ伝えてくる。



「シルビア・マチルダ・バーナード大佐、並びにリータ・ロカンタン中佐。二人にはもうすぐ竣工する最新鋭戦艦の、艦長と副艦長を務めてもらいたい」



 相変わらずゲーム世界とは言え、無茶な出世の仕方をするわね。恋愛ゲームじゃなかったらディレクター叩かれてるところよ。


 大尉→大佐は他人事のように評しているが、


「このまえのジャンカルラとの一大決戦。あれも名実とも完全敗北! とまでならなかったのは、大佐の活躍が大きい。上がいなくなった分、下から上げるにあたって。君には資格があるし台所事情としても、なってもらわなきゃ困る。受けてくれるね?」

「はっ!」


 上層部からすれば正当な人事のようだ。

 であれば、シルビアとしてもやぶさかではない。

 何せ、出世することは彼女の野望、


『この国の頂点に立つ』において、着実な一歩なのだから。


 たとえ自身を暗殺しようとする脅威が排除されたとしても。

 ここまで来たら、理由もなく降りる必要はない。

 改めて決意を胸に威勢よく敬礼する彼女へ、カーチャは満足そうに頷く。


「さて。では早速、艦長殿には二つほど」

「なんなりと」

「一つは名もなき新造艦に名前をくれてやること。もう一つは艦長として、初陣の予定」

「初陣ですか」


 また戦闘かと身構えるシルビアだが。

 閣下はようやくにっこり、いつもの柔和な笑みを浮かべた。



「戦艦の艦長ともなったからには。黄金牡羊座宮殿のクリスマス〜年始祭に、参加してもらおうかね」



 いわゆるパーティのお誘い。

 だが。

 首都は王宮での社交界。


 確かに彼女にとっては、戦場かもしれない。






 辞令を受け、任務だなんだも拝命したが。

 結局今すぐすることはなく、手持ち無沙汰なのは変わらず。

 シルビアとリータは艦を修理するドックに来ていた。


 たくさんの巨大戦艦がねぎらわれている、威圧感圧迫感ある光景の一方で。

 屋根がないところへ出ると。


 損傷が軽微だったり、戦艦ほど重要ではないために後回しにされている艦たち。

 海外ドラマで見るようなジャンクヤードを、少しだけマシにしたような。

 そんな有り様の群れの中に、


「思えば、ほんの数ヶ月の付き合いだったわね」


 運命のふねとなった『灰色狐グレイフェネック』は鎮座していた。


 思えば。

 この世界に来て初めての出世。それでもらった、初めての『自分の艦』。

 哨戒任務で輸送船クルーの命を救い、ジャンカルラと出会わせ。

 彼女との決着をつけ、多くの仲間の命を救った。


 過ごした時間以上の思い出がある。


「確かに出世したいとは言ったけど。本当なら、こんな早いのは贅沢なことなんだけど」


 いくらゲーム世界とは言え。本来なら出世するほど身の安全が確保されるとは言え。



「もうちょっとゆっくりでも、よかったわ」

「同感です」


 二人がにび色で傷だらけの艦体を見上げていると。


「いらしてくださってたんですね、艦長……いえ。大佐殿に中佐殿」

「あら」


 そこにはアイカワ以下、『灰色狐グレイフェネック』艦橋クルーが集まっていた。


「アイカワ……」

「大尉に昇進しました。大佐殿」


 敬礼する彼の頭には、シルビアやカーチャと同じ帽子が載っている。


「あら! じゃあついに艦長かしら。おめでとう」

「おかげさまです。お二人の方こそ、おめでとうございます」

「ありがとう。それじゃあ私があなたの副官生活、最後の艦長になったのね」

「最後の最後に大変だったでしょう」

「ちょっとリータ、どういう意味」

「とんでもない!」


 彼は愛想でもなんでもなく、童顔に似合う笑顔を浮かべた。


「まぁ、突拍子もないことに巻き込まれもしましたが。それも副官の醍醐味ですから」

「うーん素直に喜べない」

「何はともあれ」


 アイカワは背筋を伸ばし、あらためて敬礼をする。それに全員がならう。


「お元気で。ご活躍をお祈り申し上げます」


 シルビアとリータも当礼。


「あなたたちも、お元気で。短いあいだだったけど、ありがとう」

「確かに短かったですが。『小学校の頃。数週間しかいなかった教育実習の先生とのお別れが、涙が止まらないほど悲しい』。そんな気分です」

「私もよ」

「私もです」


 それから両者はしばらく、言葉にならない感慨を交わすと。

 カーチャからの二人の呼び出しを合図に、名残惜しく別れていった。


 クルーたちは去っていく背中を、見えなくなるまで敬礼で見送っていた。






       ──『嗚呼シルヴァヌスの日々』完──

       ──『黄金牡羊座宮殿編』へ続く──

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