第39話 前後とも地獄

 戦艦は軽巡より射程が長い。艦隊全体はともかく、シルビアたちはどうしても先手を許す。

 それにしても、


「うっ!!」


 緑色の、光の壁とでも言うか。

 前世の仕事で関わった、ホールでの音楽フェス。暗闇で強烈に焚かれたフラッシュライトなど比べものにならない圧。


 ここまでくるともう、回避方法などない。当たらないことを祈るばかりである。

 目を開けていられないところに衝撃が襲いかかる。


「被弾した!?」

「いえ、僚艦です! 『素晴らしき自由Grand liberal』が喰われました!」


 真横からリータの声がする。

 あのウルトラマリンブルーは見たのだろう。凄惨な光景を。

 ならば艦長が目を閉じている場合ではない。


「ダメコン部門! 本艦の被害は!?」

「損傷軽微! かすり傷です! 僚艦の破片が当たった程度!」

「よし! こちらも敵艦隊を射程に捉え次第応射、展開するわよ! リータ、ルート取りお願い!」

「はい!」


 彼女はシルビアから離れて、操舵手の隣に付ける。

 第一波を凌いだとて、この時代はエネルギー砲。次弾装填の手間などなく、基本バッテリーが焼けるまでは連射もできる。

 多少のラグがあるとは言え、こちらの移動を見逃しはしない。

 そのあいだに来る第二波第三波はかわしていかなければならない。


 そのための、少女の洞察力と勝負勘である。

 こちらも損害を蒙ったが、一方的に撃たれたわけではない。刺し違えの第一射で、向こうも数を減らしている。

 先ほどのような『女神の気まぐれによってのみ生き残る』制圧射撃は来ないだろう。

 ここからが腕の見せどころである。


 にしても。

 シルビアはモニターに映る世界を確認する。


 ファーストタッチでこんな、古い櫛みたいに……。


 軍隊は3割減で全滅という。まず4割が救助や負傷者の収容に手を取られる。そこから残った3割では、継戦能力を維持できないからだ。

 という軍事用語解説は置いておいて。


 左翼全体ではそうなっているまいが、前衛だけで見れば一気に涼しくなった。


 しかも、相手の陣形はトランプのダイヤ型。鋭利な先端で中央へ正面突破を狙う形。

 対するこちらはそれを見越して、中央の厚い、横から見たどら焼き。


 ホットスポットはもっと地獄でしょうね……。


「下げ舵10! 回避ーっ!」


 リータの声が響くと、いく筋もの光の束が通り過ぎる。

 敵陣を確認すると、やはり密度こそ薄くなったものの。

 大きな被害な被害を受けたにも関わらず、素早く元の形に立て直している。

 なおもその先端に集まる真紅の集団に、シルビアはポツリと呟く。


「なんという火矢かしら」






「中央艦隊、被害甚大! 前衛は壊滅状態です!」


 皇国艦隊旗艦『私を昂らせてレミーマーチン』艦橋内。

 女性観測手オペレーターの声が響く。


「カーチャさまっ!」

「にゃろー、やるなぁ」


 艦長席に座るカーチャ。普段は口へキャンディを放り込むが、今回はコーラ味を前歯で挟む。


「『静かなる侵攻Silent move』より打電! 『元帥閣下につかれましては、いち早く後方へ退がられますよう』!」

「何言ってんの。互角でしょ? なぁ、観測手?」

「はっ、はいっ!」


 決して不機嫌ではないが、普段より低い声。

 観測手が少しかわいそうな声を出す。


「その、ダメージレースでは負けていますが……。はい、向こうも着実に数を減らしていますし。こっ、このままいけばっ、逆転しますっ! はいっ!」

「そうでしょうそうでしょう」


 元帥は満足そうに頷くと、睨むように正面を見据える。


「むしろここで退いたら負けちゃうよ。やっこさんら最大の武器は、砲の威力でも突進力でもない。士気だ。士気だけだ。そこを乗らせたら負けるし、殺し尽くせば勝てる。退かないよ」


 その言葉を味方へ印象付けるように。

 カーチャは椅子から立ち上がり、一歩前へ出て左手を突き出す。



「火力を相手のきっさきに集中! まずはお気に入りのダイヤをブリリアントカットにしてやりな!」






「提督!」

「どうした。ラングレーくん」


『地球圏同盟』艦隊。ダイヤを前後に分けて、鋒側のちょうど中心あたりか。

 旗艦『戦禍の娘カイゼルメイデン』の艦橋内は



「味方の被害、思った以上に甚大です!」

「だろうな!」

「艦隊戦力、7パーセント減!」

「初手でか!」

「ここは危険です! 少し退がられた方が!」

「却下だ!」



 きっと皇国軍が見たら驚くほど、逆境に立たされていた。

 ジャンカルラもおちおち座っていられない。

 が、大揺れすると立ってもいられない忙しさ。


「砲火力じゃ負けてないつもりだったが! やっぱり戦いは数だな!」

「最高評議会め! だから無理だと言ったんだ!」

「艦載機、第二波来ます!」


 通りのいい青年の悲鳴。こういう時、よくても焦るし悪くても不安になる。


 戦争ってやつは、何を用意してもワガママ言うよな!


「無視しろ! 機銃と直掩機を増やしておいたろ! それに任せておけ!」

「提督!? 少しでも数を減らしておかなければ、あとで響いてきます!」

「あとなんかあるかっ!」

「っ!」


 大汗かきながら、歯を剥き出しの闘志溢れる笑み。

『敵を騙すなら、まず味方から』かのように、『敵を威圧するなら味方から』か。



「時間との勝負だ! 僕らが燃え尽きるのが先か、やつらの心臓叩き潰すのが先か! ここまで来たら、腹ぁ括れよ!!」



「艦隊! 聞いたなぁ!? 突撃の足を止めんなぁ!! 次のアタックで全部潰すつもりで行けっ!!」

「おぉーっ!!」


 艦橋内に響き渡る雄叫び。

 それに押されるように真紅の船団が、光りの海へ飛び込んでいく。


 さて、愚連で紅蓮の僕ら。比喩の火の玉となるか本物の火だるまとなるか!



「インファイトだ! 懐に突っ込め! そうすれば、細かい真似は全部ご破算になる! 単純な腕力での殺し合いだ!!」

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