第149話 アームストロングの一歩

 2324年5月9日。

 カピトリヌス星域。

 というかもう、『地球は青かった』とか感慨にふける距離。


「ついにここまで来ましたな」

「えぇ」

「何事もなく」

「まさか禁衛軍すら、出てこないなんてね」


 ついに皇帝を討つべく逆侵攻を開始したシルビア派艦隊。

 その先鋒の片翼を担うリーベルタース艦隊。

 旗艦『悲しみなき世界ノンスピール』艦橋内。


 シルビアは艦長席で、カークランドは隣で起立して。

 腕組み唸るように会話している。


 両殿下とミス・クロエを伴いフォルトゥーナを進発して以来。

 艦隊はここに至るまで、ただの一度も戦闘はなかった。


 たしかにバーンズワースは『戦闘はほぼ起きまい』と予想したが。

 ほぼどころではなかった。


「さすがに喉元まで来れば、窮鼠猫を噛むかと思ったんだけど」

「そうならないに越したことはありませんが。罠でしょうか?」

「イム中尉」

「はっ」


 ヘッドホンを抑えながら振り返った表情には、正直気の緩みがある。

 そもそも計器から目を離す時点で、


 周波数合わせなきゃいけないような、向こうからの宣戦布告はないんでしょ? どうせ。


 緩むほども気を動かしていない。


「敵艦隊へ布告するはずだった降伏勧告だけど。いないならこの際、初手宮殿にお電話しましょうかしら。そちらへ繋いでくれる?」

「了解しました」


 エレはやはり少し緩慢な動きでシグナルを切り替える。

 相手が皇国軍なら軍用コードで通じるが、


「ところで、宮殿へのお問い合わせはどのように? 国際チャンネル? 広報へお電話? ホームページからメール? 一見さんお断りにつき紹介?」

「あー」

何分なにぶん、問い合わせたことがないもので」


 そんなことシルビアに聞かれても困る。

 彼女だって問い合わせたことはないし、実は皇族じゃないので知らない。


「うーん、やっぱり地上の禁軍基地を一回挟んだ方が早いかしら?」


 この行ったり来たりする思考。

 どうやらシルビア自身も、エレのことを言えないくらいには頭が回っていない。


「いっそプレートアーマでも着込んで、宮殿まで直接乗り込みますか?」

「そりゃあいい! 羊皮紙で書類作らねぇとな!」

「時代劇の見すぎよ、男ども」


 敵本丸への降伏勧告をやったことがない。

 スピード出世による経験のなさが、こんな形で手間取らせようとは。

 おそらくもう片翼を形成するリータも大差ない。

 何より



『私がババーンとぶちかませば、誰が主役かみんな分かるでしょ! だから任せなさい!』

『わーぱちぱち』


 とかやり取りしている。

 ここで


『ごめんリータ、私やっぱ分からない』


 などと言おうものなら。


『だっさ』


 バナナーノを見る目は免れない。



「グアアアアア!!」

「艦長!?」

「どこかお加減が!?」

「日頃の報いが!?」


 主だった将官が、軍人にあるまじき緊張感のなさを晒していると、


「艦長! カピトリヌスより、通信要請!」


 気の抜けたエレの代わりに、サブ通信手が職務を果たす。


「えっ、ホント?」

「はい! サインは皇国軍禁衛軍!」

「禁衛軍! 繋いで!」


 映像が映るわけではないが、ぎゃあぎゃあ騒いで乱れた帽子やスカーフを直し。

 シルビアが背筋を伸ばすと、


『こちらは、皇国禁衛軍司令官、アーネスト・ヨハンソン上級大将である』


 落ち着きある(ともすれば逆に、積年の労苦でような)中年の声が。


 指揮官本人が直接? なかなかのことじゃない。


 彼女は驚きつつも、カッコいい声を心掛ける。


「こちらはリーベルタース方面派遣艦隊司令。シルビア・マチルダ・バーナード少将です」

『おぉ、シルビア殿下!』


 ヨハンソンは感慨深そうな声を上げる。

 禁衛軍だけあって交流があったのか、白々しいのか『梓』には分からない。


 なので続く言葉にも、そこそこ留意が必要ではある。


『殿下、お聞きください殿下。我々はすでに、あなた方へ逆らう意思はありません』


 クルーたちが通話の邪魔にならぬよう、小声でざわつく。


「それは、我々に戦闘行動を仕掛けず、要求すれば武装解除にも応じ」

『はっ。もちろんです』


 彼は軍人にはなかなか言いづらかろう言葉を、むしろ晴れがましく宣言した。



『無条件降伏、無血開城でございます』



 ワーッと歓声が上がる艦橋内。

 しかしカークランドは冷静にシルビアへ耳打ち。


「もちろん対抗する力はないでしょうし、常識的判断ではありますが」

「だからこそ、罠で一発逆転を狙う可能性もある、と?」

「御意。話に聞くかぎり、ショーンは狡猾です。そして諦めも悪い」

「ふむ」


 たしかに、こうも投降するのは不自然である。

 両肘を抱える、変則腕組みのような姿勢でしばし考えた彼女の結論は、


「まぁ、大丈夫でしょう」

「でしょうか」

「向こうは禁軍司令。そんな役職に就けるのは。皇国でも指折りの、名前だけで食っていけるような貴族の家系よ。逆に言えば、死んでも名を汚せない」


 と、思う。

 が、「たぶん大貴族でしょ」とか言ったら「皇女なのにご存知でない?」案件。一応断言しておく。


「その彼が自ら申し上げ奉るというのは。その名を担保にした、命懸け以上の誠意よ。信じていい」

「ですか」

「でも、警戒すべきなのはあなたの言うとおりね」


 カークランドも貴族社会には詳しくないので、あまり否定しない。

 非専門家同士、ふわっとした感じで疎通を済ませる。


「承知しました。ではヨハンソン上級大将。これより当艦隊はカピトリヌス重力下へ侵入します。よろしいですね?」

『なるほど。軌道エレベータはお使いにならない』

「えぇ。こう申し上げては失礼ですけれど、途中で爆破されてはたまりませんわ」

『いやぁ、ごもっとも』


 シルビアの信用していない態度丸出しの言葉にも、彼は動揺もせずに笑う。


『ですが、そうなると王都に軍港はありません。どちらへ?』

「お手数ですが、禁衛軍のものをお貸しいただきたいですわ」

『承知いたしました。であれば、申し訳ありませんが、明日一両日お時間をいただきたい。艦隊を移して、スペースを用意しなければなりませんので』

「よろしくお願いします」






 かくして2324年5月11日。


「リータ、ついに」

「はい」


 午前10時23分。



「ここまで、たどり着いたのね」

「ですが道は続いています」



 シルビアは偉大なる勝者として、カピトリヌスの大地を踏み締めた。


 ロカンタン中将を露払いに、皇国軍ユリン・スクエア基地へ降り立った瞬間の写真。

 これは今でも、学校教育で使う皇国史の資料集に載り続けている。

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