第150話 凱旋と、そこに待つもの

 罠の可能性もありながら、たとえば


『途中で加わった味方艦隊くん、毒味に行け』


 などせずシルビアが先頭を切った理由。

 それは誰より先に、リータとともに乗り込むことで。

 並いる報道陣にマッカーサーのようなカッコいい写真を撮ってもらうため。

 あの写真で日本人がルーズベルトやトルーマンより、彼の顔を知っているように。


 自身がこの戦争の勝者、皇国の頂点と印象付けるためであった。


 軌道エレベータを使わず艦隊で大気圏内へ降下したのもそう。

 巨大で圧倒的な戦艦をバックに現れることで、自身の力強い姿を。

『新しい国家のリーダーへの相応しさ』をアピールするため。


 で、あったのだが。



「皇帝ショーン・サイモン・バーナードによる先帝暗殺というのは事実なんですか?」

「ですから、それは先ほどお話ししたように」


「ロカンタン中将はなんと4フィート9インチあまりということで! そんな小さな体で軍隊生活は、大変ではありませんか?」

「6フィート以上264ポンドのクルーもいますが、結局大変みたいですよ?」


「亡命中の両殿下やミス・クロエとはどのような経緯で同行することに?」

「それは私がフォルトゥーナへ……あぁ、リーベルタース司令の私がフォルトゥーナへ向かっていたのは……その、話せば長くなりますけど」


「フォウ市の12歳少女から、『中将さんの使っているシャンプーを教えてほしい』とお便りが」

「そうですね、ブランドとかは補給地でになっちゃうんですけど。後ろ髪がほら、ちょっとこういう感じなんで。なるべく椿油とかアルガンオイルとか入ってるのを。14歳にはゼータク?」


「ではご自身の暗殺未遂について、先帝陛下はどのように?」

「知らないわよ。何があったわけじゃないし。向こうも特に知らないんじゃない?」


「誕生日にプレゼントを贈りたい、との声もありますが」

「そういうのは広報を通していただいて。残念ながら、手作りクッキーとかは食べられないので。あ、そうだ、それこそシャンプーとかは喜ばれますよ? 使う人はジャブジャブ使うし、マイシャンプーならケンカにならないし。8月15日、お待ちしてまぁす」



 結局ケイたちやバーンズワースなどが来るのを待たねばならない。

 そのあいだにメディアから群がられ、インタビュー責めを受ける羽目に。

 これでは彼女らが両殿下の露払い、なんなら広報スタッフである。

 完全に裏目になった。


 逆に元帥たちは最後に降りてくるのを選んだので、



「追討軍との戦闘において、同盟軍の介入があったとのことですが」

「事実ですが、向こうも皇国軍と戦うのが仕事ですから」


「テレビの前の、ロカンタンファンに一言!」

「スポーツ選手でも応援したら?」



 数時間ものあいだ、この状況が続いた。

 結果、両殿下降臨の頃には、マスコミがシルビアに聞きたいことは掘り尽くしたので、



「ケイ殿下、並びにノーマン殿下がいらっしゃいました!」

「クロエ・シーガー嬢もご一緒です!」

「両元帥です! バーンズワース元帥とセナ元帥も姿を現しました!」



 次の役者が現れれば、即座に捨て置かれるという扱いに。

 しかも、


「ほら、シルビアさま。そんな酔っ払いみたいに路肩で崩れてないで」

「駄目。もう無理。しんどい。ゆっくりさせて……」


 完全ノックアウト。その輪に加わることはできず、

 資料集どころか教科書にも必ず載る写真に、映ることはできなかった。


 助かることと言えば、


「はーい、通して通して」

「インタビューはまた後日、ちゃんとした舞台設けてねー」


 元帥たちの華麗な人捌きで、そこからまた一時間待たされるとかはなかったこと。

 一行は素早く合流し、


「お迎えにあがりました。禁衛軍司令官、アーネスト・ヨハンソン上級大将です」

「宰相アレハンドロ・ガルナチョでございます」

「ノディ!」

「あっ、はいっ! おほん、りょっ、両名、出迎えご苦労である! で、いいですか、姉さま?」

「うーん」

「ささやき女将ならぬ、ささやきおケイね」

「誰ですか、そのヨーロッパの田舎に伝わる妖怪みたいなのは」


 すぐさま飛行機で移動。マスコミを振り切れたことである。

 ちなみにシルビア、代表としてのあいさつをノーマンに奪われていることに気付かない。

『私こそがリーダー』プロパガンダ、全失敗。






 そのまま王都の空港に着いてからも、流れるように車で移動。

 ついぞ遠巻きでフラッシュを焚かれる以上の厄介はなかった。


 現在、シルビアはリータとケイ、カーチャ。

 そしてヨハンソンと一緒のリムジンに乗っている。

 残り、ノーマン、クロエ、バーンズワース、イルミはガルナチョと同じリムジン。

 相手側の要人と乗ることで、『少なくとも車ごと爆破されての暗殺』は防げる、はず。

 また、両殿下両元帥が別れて乗っているのも、『どちらかに何かあっても』である。

 ちなみにシロナは格が違いすぎてこれなかったし、本人も留守を望んだ。


「いやしかしセナ閣下。正直あの状況から勝利なさるとは、さすがに思いませなんだな」

「どちらが正当なるか。それによって天運が味方したのでしょう。お恨みあるな?」

「はっはっはっ、まさか! にしても」


 広い車内に響くほど、景気よく笑うヨハンソン。

 彼は向かいに並ぶシルビア一行を順に見やり、


「天もただ、味方するなら美人たちの方がよかっただけかもしれませんぞ?」

「あらやだ閣下、本職はナンパ師ですか? これでも私は第五皇女ですぞ?」

「もしくはロリコンかしら?」

「バーナードちゃん同じ生き物じゃねぇか。同胞として握手してもらえ」

「はっはっはっ!」


 相手の気持ちを和らげるよう、努めてジョークを発している。

 センス如何いかんはさておき。


 そうこうしているうちに、車は中心街、宮殿へと近付いていく。

 到着はもうすぐの目印ともなる目抜き通りへ車が差し掛かる。

 窓の外、道の両側では大量の国民たちが、皇国旗を振って大歓声。

 狙撃などの心配がなければ、窓を開けて手を振りたいほどである。


 その代わりと言ってはなんだが、車は速度を落として直線を進む。

 流れる景色もゆっくりになるため、シルビアは光景を目に焼き付ける。

 勝者だけが見る凱旋の、栄光の景色なのだ。

 一生思い返してニヤニヤできる。


 と。


「あら?」

「どうしました?」


 最初シルビアは、


 何故タロットの『吊られた男』の仮装をしている人がいるんだろう


 そう思った。


 しかし、


 それは『仮』でもなんでもなかった。


「ひっ」

「シルビアさまっ!?」


 思わず漏れた小さな悲鳴に、リータが素早く反応する。


 それによってシルビアの状況に気付いたらしい。

 視線の先を察したヨハンソンは、「あぁ」と呟いた。

 向かいに座る彼には背後だが、どうやら認知しているらしい。

 その態度に、彼女は思わず問うた。


「あ、あの、逆さ吊りの、男? は……」

「えぇ」


 対して彼は、無機質に答えた。



「ショーン・サイモン・バーナードです」

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