第151話 続くカードは『死神』
「リータっ! 見ちゃダメっ!!」
シルビアは慌てて両手を少女の目元へ。
「あの、これでも私、軍人なんですけど」
リータは両目を覆われつつも冷静なツッコミ。
「それより、ケイ殿下の方が」
「あっ!」
シルビアが慌てて振り返ると。
ケイはすでにカーチャに抱き寄せられ、上半身をマントに飲み込まれていた。
ギリセーフ、かと思われたが。
元帥閣下がしーっと人差し指を立てる下で、マントが小刻みに震えている。
対応が早くて目にしなかったとしても、会話の流れで察したようだ。
もっとグロテスクな死体慣れをしている軍人ではない。
命を狙われたにせよ。シルビアと違って肉親の情がある。
何より、
泣き声の代わりに、
「元帥閣下、いい香水使ってるんだね。あとで教えて」
現実逃避のような呟きが聞こえるのも、なんとも痛々しい。
もう一つの車両。クロエとノーマンの方でも、イルミが気を利かせていることを願う。
カーチャはより強く彼女を抱き寄せマントで覆うと、シルビアたちへ目配せする。
意図を受けたリータが、ヨハンソンの左隣へ移動し小声で尋ねる。
「どうして、あんなイタリアのファシストじみたことを?」
いろいろ事情を聞く必要はあるが。
カーチャがしゃべると、骨伝導でケイに伝わってしまう。
それゆえの目配せである。
シルビアも彼の右隣へ移動する。
「あれはガルナチョ閣下の指示です」
「宰相閣下」
「えぇ」
ヨハンソンも小声。
両隣で若い女性が顔を寄せているので、左右を向けずに視線をやや上へ。
「先に断っておきますが、まだ存命です。何日もまえからああしていたわけでもなく」
「今日のためのペーパーチェーンと?」
リータの声は「趣味が悪い」と非難する色を隠さない。
彼もさすがに苦笑する。
「でしょうな。あのまま死亡するまで吊るしておくこともないでしょう。彼は新皇帝陛下のもと、正式に裁かれなければならない」
「それはそうですわね」
少女の事実確認を踏まえて。
シルビアからも別角度から聴取する。
「そもそも、曲がりなりにも彼は皇帝です。それが宰相によって逆さ吊りにされるというのは?」
カークランドと話したとおり、あのショーンが素直に降伏するとは思えない。
その時点で、彼に実権がないのは予想していたが。
彼女はせいぜい、すでにカピトリヌスから逃げ出したのだろう程度に考えていた。
「宰相閣下は、味方ではなかったのですか?」
「あぁ、それはですな」
上級大将ともあろう男の顔が渋く歪む。
「ショーン・バーナードは、カピトリヌスからの脱出を計画していたのです」
やっぱり。
と口には出さないが、シルビアは相槌も混ぜて頷く。
「その際、時間稼ぎとして。禁衛艦隊に核を搭載させ、自爆特攻で時間稼ぎをさせようと」
「まぁ!」
思わず声を上げると、向かいでマントの山がビクリと動く。
半笑いからの引き算で、右の口角だけ下がったカーチャの視線が刺さる。
気まずい彼女は「おほん」と小さく咳払い。
「それで?」
「宰相閣下も、『簒奪と言えども皇帝なれば、バーナード朝への忠誠を尽くした。だが、今やあれは人類への犯罪者に他ならない。許すことはできない』と」
「結果、あのように至った、と」
「えぇ、計画を未然に防ぎ、逃亡を阻止すべく。私と
「そうですか。よく分かりました。あなた方が謀反人と
「おや、それは恐ろしいところでしたな」
やはり、ここまでひたすらこちらを気にした態度。
ショーン派、追討軍にもいた者として、どのような扱いを受けるかが不安だったのだろう。
トップの一角であるシルビアから実質無罪放免のような言葉をもらい、安心した様子。
彼女からしても、詳しくないなりに特別罪に当たるとは思わない行為。仕方ないとも、むしろファインプレーとも言える判断だが。
それでも一応、もう一つだけ探っておくことにした。
「そういえば。上級大将閣下は、宰相閣下と仲はよろしいのかしら?」
ヨハンソンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
話の流れからして意外すぎたのだろう。
「いえ。まともに会って話をしたのは、クーデター成立後からでして。それもすぐに両殿下追討へ向かいましたから」
「そう」
「それが何か?」
意図が読めず抜けた顔の彼に、シルビアはにこやかに笑った。
「いえ、もし宰相があまりにも怒り心頭だった場合。『裁判が済むまであのままだ!』とならないともかぎりませんので。仲がよろしければ、閣下から降ろすようお口添えいただこうかと」
「なるほど」
ヨハンソンも得心がいったように頷くと、
「おや、到着のようですな」
ちょうどリムジンが、『黄金牡羊座宮殿』の門をくぐった。
その後、13時22分。ノーマン一行も無事到着。
流れでそのまま全国中継の演説へ入るのだが。
今回はシルビアだけでなく、バーンズワースとノーマンも声明を出すことに。
それが災いしたのだろう。
ノーマンが緊張で腹痛を訴えた。
なので化粧直しや舞台の最終セッティングという名目で時間を作ることに。
その
シルビアは向かいのカーチャへ、少し小声で話し掛ける。
バーンズワースとイルミは、外の空気を吸いに出たノーマンのお供で不在。
「閣下」
「はぁい」
演説のない彼女はリラックスしたご様子。
目を閉じ両手は後頭部。一人掛けソファに対して横向き、手すりを枕と足掛けに沈んでいる。
「宰相ガルナチョについてですが」
しかしシルビアが特定の名前を出すと、即座にその目が開かれる。
長いまつ毛で分からないほど微細だが、鋭く。
「要警戒ですね」
「どうしてそう思う?」
閣下は姿勢自体はそのまま、問い返してくる。
「現宰相ということは、確実にショーン派の人物です。でなければ任命されない」
「うん」
「だというのに、あの寝返り」
「『人類への犯罪』ウンニャラではないのかい?」
カーチャの声には、彼女自身そうとは思っていない響きがある。
なのでシルビア自身も、感覚が確信に変わる。
「そのようなことを考える人物は、逆さ吊りなどしません。自身の主君を裏切り、新しい支配者へ媚びるようなアピール。信用ならざる人間性です」
堂々言い切った彼女に、元帥閣下は
「100点」
とだけ言い残し。
昼寝するライオンのように、心地よさそうにまた瞳を閉じた。
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