第152話 血を流さぬ戦い、血を流す呪い
2324年5月11日、14時30分。
ケイが30分強かけ、ノーマンをひたすら抱き締め撫でて無理矢理起動。
ついに演説開始の運びとなった。
「ホントはクロ公がこれやるんだよ? 婚約者なんだから」
「うーん」
本来なら舞台は、毎度の皇帝演説や代々の即位式に使われる広間の予定だったが。
「これは、うぅん」
「暗い時代の到来を予感させるね」
「カメラワークによっては映らないとは思いますが」
「それでも『ない』ね」
ショーンがクーデター時に呼び込んだ、わけ分からん連中。
やつらが暴れ回ったせいでボロボロ。
シルビアたちが原稿を読み込んでいるあいだ。暇なので下見に行ったリータ、カーチャ、イルミによると。
壁や垂れ幕はすぐに修復したり新品を入れられたらしい。
が、問題は台座の上の調度品芸術品。すぐに手に入らないレアもの。
砕け散って撤去されていたり、重傷の像が放置されていたり。
あまりにも絵面がさもしすぎるということで、宮殿の玄関前となった。
伝統にうるさい古参の政治家などは反対したが、
「今回の大きな変革は、若きリーダーたちが成し遂げたことなんだ。新しい時代の到来を告げる今日この時!
とカーチャが一蹴したらしい。
「カッコよかったですよ」
「私の原稿よりいいこと言うのやめてほしいわ」
そんなこんなで始まった、歴史的スピーチ。
「以上の経緯によって。我々はショーン・サイモン・バーナードのクーデターという情報を入手。軍上層部は以前より、彼によるバーナード少将への度重なる暗殺計画があった事実を確認していたため……」
先陣を切ったバーンズワースは、演説というより会見。事実関係を説明するのに終始した。
その次がシルビア。
「偉大なる先帝を
自分たちの勝利を英雄的に、叙情的に語り、
「この一連の事態によって、事実として皇国は大きな被害を
最後にノーマンが国家を立て直し、腐敗の再発を防ぐ未来の話をして終了。
この瞬間をもって、シルビアの長い『皇位継承戦争』は
しかし、戦争というのは終わってからも忙しい。
上映が終われば全て解決の、映画のごとき怪物ではない。
翌日より国家の重鎮たちによって、次の皇帝について話し合われている裏で。
午前9時30分。
「ではこれより、ショーン・サイモン・バーナードの御前裁判を開廷する」
当事者ゆえに、次期皇帝会議には出席できないシルビア。
「なお現在は皇帝が空位であるため、変則的ではあるが。シルビア殿下、ケイ殿下、ノーマン殿下のご出廷をもって、御前裁判とする」
当事者ゆえに、憎き男の末路を見届けるべく、裁判官席より高い位置に座っていた。
彼女が見下ろす壇の下には、
「シルビア……!」
こちらを、憎しみか怒りか、絶望か屈辱か。
感情の読めない目付きで見つめるショーンの姿が。
「冷たい、目だな」
被告人席、というような法廷ドラマで見るものもなく。
証言台があるべき、しかし何もない場所で後ろ手に縛られて立つ男。
「被告人は発言を許可されていない。静粛に」
「見下しているのか。敗れたこのオレを。今のオレの姿を」
「静粛に!」
こういう時に止めてくれる弁護人もいない。
ただ一人、身一つでこの場にある彼は、全ての手段を奪われた彼は。
「それが貴様の勝ち誇った顔ということかっ!! 折に触れては問題ばかり起こし、高笑いしていたおまえがっ! バーナード皇家の面汚しがっ! えらく小洒落た態度をするようになったじゃないかっ!!」
それが己の唯一の武器、いや、
唯一の尊厳かのように吠える。
吠える。
吠える。
「無礼なっ!」
「衛兵! やつを黙らせろ!」
傍聴席、おそらく政治家や貴族であろう人々から怒号が飛ぶ。
すかさず小銃を持った男たちが飛び出し、銃床で彼を押さえ付ける。
「きゃっ」
小さい悲鳴とともに顔を覆ったケイを、ノーマンがギュッと抱き寄せる。
何から何までいつもと、知っているものと違う異様な空気の中で。
「シルビアぁっ!!」
呪詛のようにも聞こえる叫びを身に受ける彼女は、スッと静かに立ち上がり、
「見苦しいわ」
どこまでも凍り付いた言葉と視線を、ショーンへ投げ捨てた。
そのまま、
「でっ、殿下! どちらへ!?」
「退廷させていただくわ」
「しかし! これは御前……!」
「だって見苦しいのだもの。私がいるかで判決が変わるものでもないでしょう?」
「そっ、それは」
裁判長が言い淀んだ隙に、シルビアは引き上げてしまう。
何も言わず、振り返らず、
「シルビアぁ! おまえはオレに勝った! それは認めよう! だがな!」
「おまえはもう静かにしろ!」
「おまえは正しきゆえにオレに勝ったのではない! むしろ逆だ! 悪逆たる令嬢よ! オレと同じ、邪悪なるゆえに! 邪悪さにおいてオレを踏み越えたのだ!! オレを見ろシルビア! 邪悪によって頂点に立ったものの末路がここにあるぞ!」
「静粛に! 静粛に!」
「オレが祟るまでもなく! おまえの
背中に叫びを受けながら。
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