第148話 人望の戦い

 シルビア派損害:轟沈36隻/中・大破13隻

 残存3,117隻に投降した追討軍を加え、総勢4,248隻。

 追討艦隊にも迫る数であり、相手が瓦解した今、完全に状況はひっくり返っている。


『再建されるまえに勝負を決めたいね』

『まぁこのザマじゃ、そうそう向こうも兵力集まらんとは思うけど』


 フォルトゥーナへの帰途。

 艦橋の無線ではなく艦長室でテレビ電話。

 正直一休みしたいところだが、元帥たちは神速をたっとぶようだ。


『帰還したらすぐ両殿下やクロエ嬢をお連れして、カピトリヌスを目指そう』

『まだ完全にショーンを討っていないのに、危険ではありませんか? 道中何があるか』


 鼻血にティッシュを詰めたリータの懸念も、バーンズワースは気にならないようだ。


『おそらく道々味方は増えるだろうし、戦闘もほぼ起きない。安全だろうから』

『どうせ乗り込むなら、歴史的瞬間のプロパガンダ。は伴っておきたいからね』


 カーチャも同意の様子。


『そうですか、そう……』


 するとリータも食い下がらず、ミーティングは終了した。



 その態度が気になったので。

 シルビアは個人的にリータへ連絡を取る。


「なんだかさっき、ケイたちを連れてくのに不服そうだったけど。何か気になるの?」


 彼女の『戦場勘』はバカにならない。

 不安な点は、うまく言語化できなくとも共有・解決したいところだが、


『だって、シルビアさま、皇帝目指してるんでしょ? 歴史的瞬間、イメージ戦略って言うなら、誰がか分からなくなるのはちょっと』


「あー」


 どうやら、役者が多すぎるのはよくないと思ったらしい。

 バーンズワースの「道々」発言。あれで『みちみちミチ姉』とか愚かなことを考えていたシルビアは気付かなかった。

 ともかく、危険があるわけではなさそうなことに安心し、



「あれ? それって私がケイやクロエに華で負けてるって言われてる?」


 就寝まえになってまた気付いた。






 かくして数日後、艦隊がフォルトゥーナへ帰還すると、


「艦長、すごいことになってますね」

「お祭りじゃない。阪神優勝パレードかしら」

「半身?」


 軍港の近くまで多くの人々が詰め掛けていた。


「すごいわ。私たち英雄ね」

「歴史に名が残りますな」

「チクショウ! やっぱり艦体にバナナーノとバナナーナを描いておけば! あいつらも後世に写真が!」

「新しいキャラクター考えなさい」


 声こそ聞こえないが、光景だけで伝わる歓声にドヤドヤァなクルーだが。


「どうやらクロエさまが出迎えに来てる見たい。みんなそれを一目見たい集まりね」


 エレの冷静な情報開示により、みんな一瞬で真顔になった。

 ちなみにケイとノーマンは『暗殺が危ない』と元帥から待つよう止められていた。

 そのなか一人出てきたのだから、絶大なヒロイックである。


 リータの危惧が、少し分かるわね。


 いくさには勝ったのに。我こそはと声明を出したのに。

 何やら、言い知れない、

 というよりは、あまり言語化したくない感覚に包まれるシルビアであった。






 一方、数日まえに遡るが。

 惑星カピトリヌス『黄金牡羊座宮殿』。


 皇帝ショーン。彼は彼で連日、演説、祭りを主催し撫民、政治犯に恩赦など。

 自身の戦いに力を注いでいた。

 その一環で名士と食事会の昼中。


「いやしかし陛下。精力的なご活動でございますな」

「余は皇帝であるからして、その威光を示さねばならん。不届き者の反乱者どもに、統治者のなんたるかをもって勝利するのだ」

「陛下、ガルナチョでございます」


 彼の腹心たる老爺が、しずしずと現れる。


「なんだ」


 ガルナチョはそのまま、デキャンタを持った給餌より近くまで来ると、


「急ぎお耳に入れたいことが」


 耳打ちをしてくる。

 対するショーンも、耳打ちはしないが囁き声で応える。


「賓客の前である。控えよ」

「しかしながら」

「ならば申せ」

「ここでは少し」

「……」


 皇帝は小さくため息をつくと、ワイングラスをテーブルに置き、立ち上がる。


「余は失礼して少し席を外すが、諸君らは気にせず楽しく続けたまえ」






 そのまま自室まで連れてこられたショーン。

 彼は彫刻じみた椅子へ体を収めると、ガルナチョへ鋭い視線を向ける。


「さて、余に客人のまえで中座させたのだ。相応の報せであろうな?」

「ははっ」


 威圧しつつも、聞く側としての態度がある。

 ワインの入った頭を中和するべく、水差しからグラスへ冷水を注いでいると、


「追討軍が敗走いたしました」

「なっ!?」


 ショーンの目はガルナチョへ向き、グラスからは水が溢れる。


「コズロフ元帥も重傷とのこと。艦隊は瓦解し、参加した各艦隊はそれぞれ任地へ逃げ帰ったと」

「なぜ任地へ逃げる! なぜこちらへ戻ってこない!」


 頑丈なグラスは強く握りしめても割れない。

 その代わり皇帝の手は白っぽく、対照的に顔は真っ赤。


「これ以上こちらにくみして、になることを恐れたのでしょう」



「逆賊はあちらのことだーっ!!」



 怒り狂ってグラスを投げるショーン。

 しかしガルナチョには「つい最近見た光景」以上の感想はない。


「現状、こちらへ向かっているのは禁衛軍のみでございます」

「このような! このようなことがあって、たまるか……!」


 皇帝はサイドテーブルへ倒れ込むように手を突き、肩を振るわせる。

 掛ける言葉を持たない側近が黙って見つめていると。

 やがて、怒りと苦痛に満ちた声を絞り出した。



「とにかく兵力をかき集めろ! 恩賜おんしも付けろ! いくらでも付けろ!! 必ず兵力を招集し、次こそやつらを叩き潰せ!!」






 そして2324年5月7日。

 同じく『黄金牡羊座宮殿』、皇帝の自室。

 先日の焼き回しのように、ショーンとガルナチョはそこにいた。


「くっ! まさか禁軍しか集まらんとは!」


 皇帝は部屋の中をうろうろ歩き回っていた。

 その禁軍とて、他に行く拠点がないから帰ってきたにすぎないだろう。

 それが分かっているからこそ、ショーンも歯噛みするしかない。


「連中はこちらへ向かってきているのか!」

「ははっ、3日もあれば姿を現すかと」

「おのれっ!」


 彼は壁に一発蹴りを入れると、ガルナチョへ視線を向ける。


「禁衛軍はいるのだったな!」

「御意」

「ならば……!」


 窓を開け、街を眺める皇帝。

 つかんだはずの全てが、失われようとしている。

 それだけは避けねばならない。


「カミカゼ特攻をさせてもいい! 核を搭載させてもいい! やつらに打撃を! 時間を稼がせろ!」

「なんと」

「そのあいだにカピトリヌスを脱出し、再起を図る! 余が、オレが! このようなところで終わるわけにはいかんのだ!」


 返事のないガルナチョ。

 ショーンは勢いよく怒鳴りつける。


「分かったらさっさと手配しろ!!」

「では」


 老爺は軽く頭を下げると、



「だそうですぞ、閣下」



「何?」


 その言葉を合図に。

 勢いよくドアが開かれ、何人もの兵士がなだれ込む。


「なっ、なんだこれは! 何者だキサマら!!」


「何者。正式な軍服というのに。私兵を雇うテロリストには、何者かお分かりになりませんか」

「なっ!」


 現れたのは、軍服、軍帽、マントの中年将校。


「キサマはっ!?」

「禁衛軍司令官、ヨハンソンでございます」

「そんなことはどうでもいいっ! これはっ」


 言い切るまえに兵士たちがショーンに駆け寄り、組み伏せる。

 腕を取られ、彼は絞り出すように吠える。


「なんの真似だっ! ガルナチョっ!!」


 皇帝の姿に、彼は嘲笑うような表情を浮かべた。



「それがお分かりになるなら、このような無様とはならなかったでしょうな」

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