第234話 悲劇は続く、両者とも
「ま、前もっての『お迎えに参上』って連絡が来てないんだ。ホノースの味方じゃないだろうね」
揺れて点滴が倒れないようにしたりと軍医たちが走り回るなか。
バーンズワースは平然とリンゴを咀嚼しながら呟く。
さすがの落ち着きぶりか、あるいは
「だろうな」
「またかいまたかい。はぁ、もうウンザリだねぇ」
もう気持ちが上がらないのか。
しかし怪我人と違って、そうは言っていられないのがイルミの立ち場。
彼女は椅子から立ち上がると、ベッドサイドに置いていた軍帽を被る。
「じゃあ私は
「何時間寝させるつもりなんだ」
「軍人は寝られる時に寝るんだろ」
正直イルミとしても、もうメンドくさい。
ここで一緒にリンゴを齧って寝ていたい。
それでも気持ちを奮い立たせて医務室を出ようとすると、
「ミチ姉」
「なんだ」
バーンズワースはリンゴの載った皿を持ち上げる。
「やっぱりこれ、美味しくないよ。古くてボケてる」
「残さず全部食べろよ。戻ってきて残ってたら、口移しで食わせてやる」
軽いジョークの応酬をすると、少しだけ足が軽くなった。
彼女は今度こそ、真っ直ぐ艦橋へ向かう。
もちろんこのあとチャンスがあれば、ジョークではなくマジにする所存。
どうせそんな勇気ないけど。
「艦隊か!」
「はっ!」
イルミが艦橋へ入るなり問うと、副官代理だった男が敬礼する。
彼女が答礼しつつ艦長席デスクに片手をつくと、
「コードは、皇国軍ユースティティア艦隊であります!」
嫌な情報が追加される。
いや、現状誰が来ても最悪なのだが。
カーディナル艦隊が進出してきているよりはマシかもしれないが。
それにしても、
「バーナード元帥か……」
ここにきて、この内戦の渦中、最も深いところにいる人物との邂逅。
「せめてイーロイ・ガルシアのまえに会いたかったよ」
イルミは、運命のイタズラを感じずにはいられなかった。
それも、極め付けに性格の腐ったものを。
一方その頃。
「ついに、ですな」
「えぇ、ついに」
ユースティティア艦隊のちょうど中央、『
腕を組み仁王立ちでモニターを睨みながら。
ついになんなのか、その部分を意図的に濁す二人。
元帥シルビア・マチルダ・バーナードと、副官ジーノ・カークランドである。
「それにしても」
元帥は呟く。
本来堂々と艦長席に座っているのが常の指揮官である。
なのに直立なのは、別にテンションが上がっていたり味方を鼓舞しているわけではない。
むしろその逆。
「これは、あんまりだわ……」
目の前の光景に、思わす腰を浮かせた結果なのだ。
カメーネ・モネータ艦隊の敗報。ガルシアの訃報。
それらをシルビアが受け取ったのは、戦闘終了後1時間半以上2時間未満である。
一応入電があった時間はきっかりログが資料として残ってはいる。
が、時間が時間だけに、当然シルビアは就寝中。
艦橋で手の空いていたトーマス伍長が行って帰ってきたのがそのあいだ。
また、彼女自身がこの時のことを振り返った文章などは発見されていない。
なので正確な時間は書き残されていない。
この『シルビアが手記等をほぼ残していない』ということは、『いつ死ぬか分からないので、せめて肉筆や何気ない日々の残り香だけでも家族に届けたい。自分が生きていた証を残したい』と筆マメになりやすい軍人においてはなかなか異端であり、手紙に関しても、以前は皇族の公務や社交的な意味合いでも多く書いていたのが、従軍後は人が変わったように少なくなっており、後世の歴史家が彼女をプロファイリングするうえで非常に興味深い題材として──
話が逸れてしまったので戻す。
とにかく敗報に関して、シルビアのコメントが最初に確認できるのは、
翌朝、やはりカークランドの手記である。
彼女は艦橋へ上がってくるなり、
「事実なの?」
と問うた。
「えぇ。時期に敗走してくる艦隊ともランデブーの予定です」
「信じられないわ……」
「御意」
「だって、シルヴァヌス艦隊の報告が確かならば。絶対に連戦で勝てる力は残っていないわ」
正直彼は、アンヌ=マリーやカーチャの時のような取り乱しを危惧していたが。
それは一晩の間合いがなんとか解決してくれたらしい。
もちろん、残酷だがガルシアとは二人ほど蜜月でなかったこともあろうが。
それでも思ったより落ち着いた、まともな調子である。
あるいは、カーチャの際はアンヌ=マリーのように何日も寝込まなかったのと同じ。
未だ内戦が終結しない現状では、落ち込む余裕もないのかもしれない。
その証拠に、
「シルヴァヌス艦隊が嘘をついたとでも言うの?」
「そんなことはありますまいが」
「でも、それならその方がいいわね」
「はい?」
「だって、あの報告が虚偽なら、カーチャさ、セナ閣下も生きてらっしゃるわ」
往来の未練がましい性格自体は、きっちり息をしているのだから。
なんなら今までセナ閣下と呼んでいたのが、時折シロナの呼び方も混ざるように。
本当はもっと甘えたかったんだろうな。
同盟にいた頃は『城壁』にベッタリで甘えまくっていたとも。
そのことはカークランドもよく聞いているし、皇国でも一部で有名である。
彼女は逆境に強い一方、他者への愛着に脆さのあるメンタルをしている。
そのため、彼自身手記に
“今は忙しくていいが、あとになって一気に来たりしなければいいが。”
“火薬とて、いちいち爆竹が鳴るくらいなら気にならない。溜め込めばこそ怖ろしいのだ。”
“願わくば、これ以上負担になることがないよう。”
と書き残しているくらいなのだが。
カークランドとしては、現場に向かってこそいるものの、逃げおおせてほしいとか。
なんならフォルトゥーナが先に着いて仕留めておいてくれるとか。
そういった展開を期待していたが。
リータが向かった方面は、彼らよりロービーグスから遠い。
相手の方も戦闘や損害に足を取られているのもあって、
「これは、あんまりだわ……」
9月18日15時29分。
刀折れ矢尽き。
あまりにも哀れなる有り様の、エポナ艦隊を目にしたのである。
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