第200話 先鋒戦
『梓がこの世界に来て一周年記念』なんてものは、当然祝うべくもないとして。
9月9日、建国記念日も。
皮肉にも内戦という現実の慌ただしさに流れていった。
シルビアたちはもちろん、帝都でも
『主催者ケイの不在。皇后クロエの出席自粛。内戦に継ぐ内戦の、国家に対する不安』
『式典は短く、パーティーも例年より早めのお開き』
稀に見るお通夜状態であったと記録が残っている。
国民の誰かがSNSで呟いた
『もうどっちが正しいとかどうでもいいから早く終われ』
が万バズしたりする日々が続いて9月13日。
祈りが通じたかは知らないが、
15時2分。ユースティティア星域、ヴェスタ方面。
追討軍別働隊旗艦『
指揮官ブッチャー中将は、艦長席でヌード写真集を鑑賞していた。
まだ30も半ば、軍隊生活はテストステロンを分泌させるので仕方ない。
彼が挑発的な目付きで上唇を舐めるオレンジ髪の女に口笛を吹いていると、
「艦長!」
観測手の若い男がこちらを振り返っている。
「おう、どうした」
椅子に深く座り、デスクに足を掛けていたブッチャーは居住まいをただす。
が、写真集は閉じずにデスクの上へ。
しかし、そんなことを気にしたり咎める人物はいない。
雛壇状である艦橋の角度的に見えないし、何より
「敵艦隊捕捉! 数、約350!」
「おお!」
それより注目すべきことがあるのだから。
さっきまで深く座っていたブッチャーだが、今度は逆にデスクへ乗り出す。
忙しいことである。
「で、固有シグナルは!?」
固有シグナル。つまり『
「ありません! カメーネ方面派遣艦隊と、モネータ方面派遣艦隊のサインのみ!」
「よしっ!」
それがないということは。
「当たりだ! 楽なクジを引いたぞ!」
名だたる強敵と当たらずに済むということである。
「350とか言ったな!」
「はっ!」
「こっちゃ600はいる! 勝った!」
ただでさえこれだけの兵力差、すでに安全圏とも言えるが。
それを指揮官の差でひっくり返される心配もない。
普通にやっていれば確実に勝利が転がり込むのだ。
「こりゃディアナ一番乗りはもらったな! とりあえず降伏勧告!」
「はっ!」
だが、相手が降参するならもっと速い。
勝ち確であろうと、わずかな苦労すらしなくて済む。
普通であれば、これだけの兵力差があれば受け入れるだろう。
勝ち目がない。誰だって死にたくない。
が、
「敵艦隊、撤退していきます!」
交渉のテーブルにすら、相手は着かなかった。
「そうか。まぁ一応、勝てないこと自体は察したようだな」
アテの外れたブッチャーではあるが。
「よぉし! なら追撃だ! さっさと叩き潰してしまえ!」
デスクを叩いて声を張り上げる。
それならそれで、すべきことをするだけである。
事実として、こちらの有利は揺るがない。
その後30分近く追い掛けっことなっただろうか。
「ちっ、意外に逃げ足が速いな!」
どうやら相手は数だけでなく、内容も乏しいらしい。
それが逆に、力は弱けれど足の速い小型艦中心の編成に。
追討艦隊はなかなか追い付けないでいた。
「こいつらっ! 逃げ回っていたって埒が開かんぞ!」
ブッチャーが歯噛みすると、奇跡的に声が届きでもしたか、
「敵艦隊、回頭を始めました!」
「おお! ついに観念したか!」
敵も逃げきれないと思ったか、ついに正面衝突の構えを取った。
待ちに待った、千載一遇のチャンスである。
「ならお望みどおり叩き潰してやれ! やつらは今、隙だらけだ! 艦隊! 斉射準備!」
彼の興奮がそのまま伝わるように。
機関室の熱量が高まる『
「かっ、艦長!!」
その勢いを凌駕するほどの、観測手の叫びが響く。
「なんだっ!」
「うっ、右舷! 3時の方向にっ!
新手の艦隊がっ!!」
「なんだとっ!?」
思わずブッチャーも椅子から腰を浮かせる。
彼だけでなく、艦橋全体の意識が観測手へ注がれる。
そのプレッシャーに負けず、もしくは気にする余裕がないのか。
青年はレーダーの画面に齧り付く。
「数、100以上!」
「まっ、まだ、そのくらいなら!」
「固有シグナル確認! 『
「何っ!?」
完全に立ち上がっていたブッチャーだが、報告を聞いてデスクに手をつく。
何せそのフレーズは、
「イーロイ……、ガルシア……」
彼が最も恐れていた、名だたる指揮官の登場を意味するのだから。
ぼんやり呟いているあいだにも、
「艦隊、突撃してきます!」
「艦長!」
戦況は目まぐるしく動く。
「た、対応しろっ」
「しかし、数で言うと正面の方がっ!」
「ならそっちも対応しろっ! 数ではこっちが
「ではどちらにどの程度っ!?」
「そんなのは、こう、数を見て適宜だな!」
「敵艦隊斉射、来ます!!」
話を前日に戻す。
「ガルシア殿」
「おう」
ユースティティア星域、ヴェスタ方面。
12時58分。
最初に報せがもたらされたのは、こちらの別働隊指揮官を任されたガルシアだった。
旗艦『
縁なし長方形メガネが知的なアフリカンの彼はザハ大佐。
いわゆる『お目付け役』である。
「敵艦隊が基地を出発したそうです。こちらもこのペースで進軍しますと、明日には会敵する予想です」
「そうか」
ガルシアは腕を組み、首を鳴らす時のように傾けると、
「キャプテン・ザハだったな」
「はっ」
「他の方面から、敵捕捉の連絡は?」
「まだですね」
「つーことは、オレらが一番槍か。よし」
束の間の短いやり取りで、彼はパシッと膝を打った。
思考が速いというより、組み立ていたパターンがあるのだろう。
提督は椅子から立ち上がると、お目付け役に真っ直ぐ向き直り、
「キャプテン」
「なんでしょう。おっと」
相手の両肩に、力強く手を掛ける。
「あんたの助けが重要だ」
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