第201話 イーロイ・ガルシアの戦争メンタルTV

「小官の、でありますか?」

「あぁ」


 彼は深く頷くと、椅子へ腰を下ろしモニターを向く。


「なぁキャプテン。オレたちが一番槍ってこたぁ、敵も一番乗りってことだ。こいつをどう見る?」

「どう、とは」


 ガルシアは両手の指を組み、口元へ。

 いわゆる碇ゲ◯ドウのポーズ。


「いいか? 基本的に人間は戦いたくねぇ。内戦だってアホみてぇな話だ。何が悲しくて味方を殺すのよ」

「それはそうですね」

「だが連中は真っ先に来た。他の侵攻が遅いってわけでもねぇ。そんなやつの腹の内ぁ何か」


 ザハは少し考える。

 自分が軍人として、戦いへ前向きになる理由があるとすれば。


「名誉、軍功、恩賞」

「そうだ。やつらは戦闘だけじゃなく、ゴールテープも一番で切りたい」

「なるほど」


 前提を共有できたところで、話は作戦内容へ。


「となると、連中は少しでも早く侵攻したい。気が逸ってるわけだ。こういうやつを仕留めるのに一番の方法が」

「深追いさせて断つ、釣り野伏せでしょうか」

「おう」


 釣り野伏せ。

 まず敵と当たり、わざと負けて偽装退却をする。

 相手が調子に乗って追撃してきたところで、あらかじめ用意しておいた伏兵で殲滅。

『罠に嵌める』系の戦術でもポピュラーなものであり、歴史上の好例も多い。


 しかし、


「ただ、釣り野伏せは最初に当たる部隊の被害が大きい」

「ですね」

「オレたちはリソースが限られてるからな。できるかぎりコストは避けてぇ」


 ガルシアは人差し指で手をトントン叩く。


「だから今回は、会敵後、即偽装退却に移りたい」

「即、ですか」

「どう思う?」


 階級としては上官。しかしそれは別の、敵の職場でのこと。今の彼は亡命者。

 なかなか会話の間合いをつかみにくい立場の相手だが。


「おそれながら」


 気を遣っていてはお目付け役の任など果たせない。

 何より『戦いには勝たねばならない』という、軍人の使命がある。


「あまり露骨な形では、いかに勝気な相手でも騙されるか怪しいものです」


 ザハは相手が何者かに関係なく、『作戦の不安点を指摘する』選択をした。

 ここでの対応で、ガルシアがこの先皇国で馴染んでいけるかも変わるが、


「オレもそう思う」


 彼は案外素直に、ニヤリと笑った。


「だからこそ、初手撤退でも相手が不審に思わねぇ理由付けが必要になる。もしおまえが戦う気満々で来て、即Uターンするとしたら?」


 なのでザハも、メガネの位置を直しつつ、ニヤリと返す。


「『あ、もうこりゃダメだわ』と。一目見て戦うまでもない差があれば」


 ジョーク風味で。

 と同時に、ガルシアの方程式に思い至る。


「なるほど。最初から数で劣る我々が別働隊を分ければ、自然に前衛もそうなる、と」

「そうだ。そういうわけで、別働隊に100前後、前衛は350前後。こう分けたい」

「お待ちください。それでは前衛の数がカメーネ、モネータの総数に合いません。別働隊の存在を」

「悟られねぇさ。この350ってのは、オレらバーナード軍総数を侵攻経路の5で割った数だ。均等分けした結果と思われるさ。何しろそれがやっこさんらの思惑でもある。当然、そう信じる」


 若い青年将校だが、名にし負う提督だけあって練られているようだ。

 ザハはもはや、クリティカル・シンキングより楽しい軍略談義で質問を重ねる。


「しかし、それなら逆に、100しか別働隊に割けないのもどうでしょう。ここで加える一撃が勝敗を分けます。できればもう少し、確実な威力を見込める」

「なぁ、キャプテン」


 ここでガルシアは初めて、明確に相手の意見へ割り込んだ。

 ザハは驚きや不快感より、名提督の本領の予兆を感じた。


「釣り野伏せの一番の威力って、なんだと思う?」

「一番の威力」


 ズレてもいないのに、またメガネの位置を直した彼は、


「伏兵による奇襲、では?」

「違うんだなぁ」


 ここに来てガルシアと意見が割れたようだ。

 見ているものの深度が違うとも言える。


「それはな、絶望だ」

「絶望」


 好青年が、人のいい笑みを浮かべながら。

 あまりにも似合わない言葉を述べる。


「直前まで勝ちを確信、いや、追撃をしているから『勝っている最中』。ここから敵が現れるっつう落差。予想だにしねぇことと、その対応に追われる焦り。何より」


 ザハは背中に汗を覚えた。

 緊張や不快ではない。軍略談義の質に興奮しているのだ。


「伏兵が現れる瞬間。釣り野伏せってのは、一番『自分たちが負けた瞬間を見せ付けられる』策なのよ。それも、力比べの仕方ねぇ負けじゃなく、相手の計画ゆえに。テメェらの迂闊さゆえに」

「相手のマインドをこそ支配する策である、と」

「そう、そこでだ」


 ここまで軽いノリで釣り野伏せについて盛り上がっていたガルシアだが。

 急に真剣な顔付きになり、ザハの目を真っ直ぐ見据えた。



「最初に言ったとおり、おまえの助けが重要になる」



「というのは」


 お目付け役もやや浮かれていた気持ちを冷ましたところで、彼は小さく頷く。


「さっきも言ったとおり、こいつぁ心理的落差の作戦だ。これがデカけりゃデカいほど、敵は混乱し、すくむ。動けなくなる。おまえが心配した『100隻の待ち伏せで成功するのか』。これも数よりに掛かっている」


 ザハが小さく頷き返すと、彼は少し眉根を寄せた。

 相手の態度にではなく、今からする話の内容について。


「だからな。それを最大限にするために、オレの『戦士たれビーファイター』は別働隊に入ろうと思う。そうすることで相手は思うはずだ。『よし! 目の前には“半笑い”も“首狩り令嬢”も“最終兵器少女ザ・ガール”もいねぇ! 亡命してきたとかいうやつもいねぇ!』」


 ガルシアは一息区切る。

 その間合いがアテンションかのように、それから続ける。


「失礼な言い方だが、『しかも中枢艦隊でもねぇカメーネとモネータだけ! こいつぁもらった!』ってな。そうすることで、偽装退却も不自然に見えなくなる。相手は油断して追撃しやすくもなる」


 行儀のいい口調で話す人間ではないわりに、気にしているらしい。


「そこからオレが別働隊で出てくりゃあ、落差も大きくなる」

「でしょうね」


 ザハは彼が口にする事実も、口幅ったいほどの自信も肯定する。

 今重要なのは、そこではない。


「ただ、それにゃあ一つ問題がある」

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