第202話 助っ人たちの事情

 ガルシアの言う問題、それは


「これがいつもの、スムマヌス艦隊ならよかったんだが」


 彼は現在亡命しており、当然麾下艦隊はついてきていない。

 元来の部下は乗艦である『戦士たれビーファイター』の、わずかなクルーのみ。


「現状だと亡命してきたポッと出のオレが、『自分は安全な別働隊にいるから、おまえらは危険な囮をやれ』って命令することんなる」


 そこの信頼関係がどれだけ大事か。

 軍人であるザハにはよく分かる。

 ガルシアがどれだけ気にしているか。

 今まさにコミュニケーションに手を尽くされている彼にはよく分かる。



「だから、各司令官を説得できるか。そこにおまえの助けがほしい」



 だから彼は、少しでも勇気づけるよう力強く敬礼する。



「お任せください」



 このように、単純な策一つにも綿密な思考や人間関係があってこそ、






 9月13日16時28分。



「敵艦隊、撤退していきます!」

「よぉし!」



 ガルシア艦隊は敵旗艦『破壊者バスター』を撃沈。

 立ち直る時間を与えず一気呵成、計画どおりの勝利を手にした。



『おめでとうございます、提督!』

「まだまだぁ! バーンズワースとやってる味方の救援向かうぞぉ!」

『はっ!』



 一丸となった勢いを、何よりの戦果に。











 9月14日4時18分。

 ユースティティア星域、フィデース方面。


 こちらを悠々と進む艦隊があった。

 彼らもまた、シルビア追討軍の別働隊のうちの一つ。



 旗艦『ギリギリの連中Border group』艦橋内。

 そこでは夜番の士官たちがポーカーに興じていた。

 艦長は現在就寝中。咎めるものはいない。

 もっとも、賭けでもなければ咎める人物ではないのだが。


「ツーペア」

「悪いな、スリーカードだ」

「ガハハ、フラッッッシュ!!」


 宇宙には昼も夜もない。

 なのでこのように、やる気のないビルの夜間警備でいい道理はないのだが。

 というか、人が昼に起き夜に寝るリズムで生きるかぎり、軍隊は夜こそ危ないのだが。


 それでも彼らが気を抜いて遊んでいる理由。

 それは、ただ不真面目なばかりではない。


「いやしかし、元帥閣下の作戦勝ちだな」

「だな。おかげで楽できるぜ」

よぉ」



「さすがに5つに分けたら、手が回らねぇらしい」



 彼らがフィディース方面に来てこの方、敵艦隊が影も形もないのだ。

 偵察機を飛ばしても『備えが来ている』という報告はなく、実際今も無人の野。


 真面目にやる方が損なのだ。

 ゆえに艦隊も『悠々と』。

 急ぐ必要もなく、構える必要もなく。

 まるで戦争などないかのように、ゆったり進軍しているのだ。


 それでも他3つの艦隊より早い日程で侵攻、ですらない。

 進行できているのだから楽なものである。


「だからって、ポーカーにまで一人勝ちができる必要ねぇよなぁ?」

「マジでそれな」

わりぃな、日頃の行いが素晴らしすぎたらしい」

「ケッ!」


 楽勝ムードを象徴するように悪態をつく三人だが、


「大尉どのっ!」


 逆にぼんやりしていたのか、ずっと黙っていた観測手が声を上げる。


「なんだなんだ、テキサスホールデムの女神でもお出ましか?」


 明らかに何かあるというのに、お気楽加減が抜けないポーカー士官だが。



「レーダーに感あり! 艦隊です!!」



「何っ!?」


 さすがに具体的なことを言われたら、驚かざるを得ない。


「どこのどいつだ! 味方か!? 割り振り間違えたアホがいるのか!? それともうっかり進路を」

「いえっ!」


 次々可能性を考えつつも。

 特定の可能性を意図的に排除して並べる彼へ、制裁のように


「敵艦隊です!」


 甘えた希望を打ち砕く、信じたくない事実が突き付けられる。


「くそっ! おいモーエン! 艦長起こしてこい!」

「おう!」

「総員戦闘配置!」


 にわかに慌ただしくなる艦橋内。

 ポーカー仲間に指示を飛ばしつつ、


「にしても、バーナード元帥め。結局戦力割いてきやがったか」


 自身を落ち着けるべく、独り言を吐き捨てる彼だったが、


「いえ」

「んあ?」



「現れたのは同盟艦隊です!」



「んだって!?」


 状況は彼が信じたくない事実より衝撃であり、



「コードは、シルヴァヌス艦隊……」

「おい待て! それって!」



「『戦禍の娘カイゼルメイデン』……『赤鬼』の固有シグナルも、確認されました……」



「マジ、かよ」


 より深刻であった。






「提督」

「うん」


 一方、慌てる敵艦隊を睨むシルヴァヌス艦隊。

 旗艦『戦禍の娘カイゼルメイデン』の艦橋で、ジャンカルラは腕組み仁王立ち。

 副官の冷静な声に、静かに頷いた。


「まぁいろいろ言われるかもしれないけど。なってしまったからには、喜んで力を尽くそうじゃないか」

「御意」


 こんなところへ急に現れた彼女だが。

 決してこれは偶然ではない。


 ジャンカルラの脳裏に、数日前の通話が蘇る。











 それは14時まえ。

 彼女が艦長室で、少し遅めの昼食にカップ焼きそばを頬張っている時のことだった。

 デスクに取り付けられた内線の呼び出し音が鳴った。


「もぐもぐ」

『そこは「もしもし」でしょう』


 相手はやはりというか、副官のラングレーだった。

 さすがに咀嚼音をお届けするわけにもいかない。

 ジャンカルラは口の中をミネラルウォーターで流し込む。


「で、なんの用だい」

『急ぎ艦橋までお越しいただけますか』

「ソースマヨの匂いがする物体を持ち込んでいいならな」

『誰も気にしませんよ』

「そうかい」


 彼女はカップ焼きそば片手に腰を浮かしつつ、一番重要なことを再度確認する。


「で、何が起きたんだい?」

『はっ!』



 電話口で姿は見えないが、ジャンカルラの脳裏に背筋を伸ばすラングレーが浮かぶ。



『皇国元帥、シルビア・マチルダ・バーナードより連絡が入っております』

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