第203話 僕は悪くない
「やぁ、久しぶりだな」
艦橋へ入り、艦長席に座ったジャンカルラが受話器へ笑い掛けると、
『えぇ、元気そうな声で何より』
向こうからも、聞き馴染みのある声が返ってきた。
「それで、皇国元帥どのが同盟提督の僕になんの用だい。『皇国領を侵犯しているから出ていけ』ってか?」
笑い事ではない問題なのだが、からかうように告げると、
『そうね。私の立ち場上、そう言うべきなのだけれど。あなたも軍人でしょう』
「そうとも」
『だから、「帰れ」と言って聞き入れられるほどじゃないことは分かってるわ』
「当然だな」
シルビアもさほど深刻そうではない響きの声を返す。
「それで? 『だから泣き落とし』ってかい? それともハニートラップを画策?」
『まさか』
電話口の声は軽く笑うと、
『あなたがユースティティアに来ている目的は知っているわ。こちらへ亡命したガルシア提督を追ってきているのよね』
少しだけ真剣そうな声を出す。
「よく知ってるな。本人から聞いたのか?」
『えぇ。だからあなたにお帰りいただくには、ガルシア提督を突き出さなければならない』
「……そうなるな」
ジャンカルラは椅子に深く座り直した。
その眉は少し険しい。
なぜなら、
『だからガルシア提督の引き渡しについて、話がしたいの』
「へぇ」
おいシルビア。
正気か?
僕の知っているおまえは、恩ある相手が頼ってきた時に見捨てるようなやつじゃないぞ。
よき宿敵、よき友と思っていた相手への想いが、180度変わるかもしれないのだから。
そんな気持ちを知ってか知らずか、
『だから、なるべく早くフィディース方面へお越しいただけないかしら。そこで会談しましょう』
相手の声は、あくまで軽い。
「方面で指定とは曖昧な。これでは落ち合おうにも」
口を挟みかけたラングレーを、
「いいだろう。その会談、受けてやろうじゃないか」
ジャンカルラは手で制した。
獰猛な笑みとともに。
彼女の中で、確信めいた何かがあるのを副官は感じた。
そして電話の向こう、シルビアも。
同じものを感じ取ったかのように、
『ただ、ね』
「なんだよ」
『ご存じと思うけど。今私、絶賛追討軍を向けられてるところなの』
「もちろん知ってるさ」
『しかも、5方面から攻められてて。だから忙しくて、私がそちらへ伺えない可能性もあるわ』
とても楽しそうな、二人で悪巧みをするような声で告げる。
対するジャンカルラはというと、
「分かった。そういうことなら。とにかく、場所はフィディース方面に、待ち合わせはなるべく早く、だな?」
『えぇ』
「遅れずに来いよ? でないと僕も、その場で何をするか分からないからな?」
もう悪巧みどころか、悪いことをしている人のそれだった。
結果、
9月14日4時58分。
「提督。通りすがりの皇国艦隊、撃滅完了いたしました」
「うむ、ご苦労。こんなところで鉢合わせるとは、運のないやつだぁ」
追討艦隊フィディース方面別働隊は、同盟軍シルヴァヌス艦隊にボコボコにされた。
敵同士出会っちゃったんだから、これはしょうがない。
9月15日午前9時ちょうど。
ユースティティア星域、リベル方面。
追討軍別働隊、こちらを任されているのは皇国禁衛軍である。
本来は首都星カピトリヌスにあって、もっぱらそこを守る集団なのだが。
今回も追討軍増強のため、前線に駆り出されていた。
そんな艦隊の司令官、アーネスト・ヨハンソン上級大将。
彼は旗艦『
「ふぅ」
艦長席へ腰を下ろした中老の表情は渋い。
別段、艦長室からのわずかな移動がしんどいわけではない。
本来カピトリヌスを守護するはずの自分たちが、二度も外征をやらされている。
この扱いについて文句があるのかと言われたら、ため息をつくほどではない。
では何がと言われれば、
「副官」
「はっ」
「偵察機の報告によれば、会敵は近いのだったな?」
「御意」
「ふぅ」
最初の「ふぅ」は「よっこらせ」と取れなくもないが、二度目はさすがに。
「お加減が優れませんか」
顔採用がないとは言わないが、それ以上に気遣いで選んだ美女の副官。
彼女が優しい声で顔を覗き込んでくる。
雰囲気が父親に似ているらしく、案外慕ってくれる。
ヨハンソンは軽く片手を振った。
「いや、何も。あぁ、そうだな。艦長席にコーヒーのタンブラーを忘れてしまってな」
「あらまぁ」
「艦長が来て早々離席は部下が落ち着かない。悪いが、君が取ってきてくれないか」
「小官が艦長室へ? よろしいのですか?」
「私が言うんだ。問題ない」
彼は副官にカードキーを渡す。
彼女が艦橋を出て、誰も周囲にいないことを確認すると。
デスクに両肘をつき、手を口の前で組み、その中へ吐き出すように呟く。
「どうか、シルビア殿下であってくれるなよ」
皇国禁衛軍司令官。
この立場になるには、二つの条件がある。
一つはまず『禁衛軍所属となる』こと。
当然と言えば当然だが、これが難しい。
まずもって、軍人としてエリートであることが求められる。
士官学校から直のケースも既卒のケースも、首席レベルの成績であったかは問われる。
そこから実績(これがあるので直のケースは稀)だけでなく、性格、人品。
皇族のお側にある者として相応しい『格』を要求されるのだ。
だが、前述のように、直のケースは稀。
多くは既卒、すでにどこかの隊に所属し、バリバリ働いているエリートが対象となる。
しかし考えれば分かること。
そんな優れた人材、誰だって手放したくない。
むしろ前線の将校には、
『人材を皇国の戦いに活かさず後方で遊んでいる部隊に送るなど、国家への反逆である!』
と考えている者も多い。
『上官(学生は学長)の推薦』が条件の一つにあるため、ここが鬼門である。
よって、配属してもらえるかは
『上官がそのあたりの心が広い』
か
『貴族の子息とかで最初から「どうせ前線は腰掛けだろ」と思われている』
などの、運や実力でどうしようもない部分が絡んでいる。
もう一つが、少し前項にも見え隠れしているが。
『貴族の出自である』こと。
さすがに奴隷制はないし、人種差別は往年よりマイルドではあるが。
皇国ではいまだに『一般人と上級』という、下はないが上がある身分制は強い。
ゆえに皇族をお守りする人物の代表ともなれば、出自の『隙のなさ』も求められる。
また、『貴族』という足切りに隠された、『大貴族』という壁もあったり。
だが大貴族に明確な基準はなく、含まれているか分からない家も多い。
そういったところは逆説的に、選ばれることで証明を得るのだ。
以上二つの点から。
子息が軍に入った貴族には、時に元帥より
『皇国禁衛軍司令官』という座なのである。
それを許せないのが、ヨハンソンであり、彼の一族であった。
ヨハンソン家は最初の禁衛軍司令官を務めた家であり、歴代最多。
安心と信頼のブランドなのである。
だからこそ、この職務についてはプライドと
『皇族をお守りする』という使命より、トロフィー的に考える連中の多いこと。
その浅ましさを嘆かわしく思っていたのが、彼ら一族なのである。
が、
「今はどうだ……」
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