第204話 皇族の守り手
意識が思考を回遊しているヨハンソン。
彼がポツリと呟くと、
「は?」
ちょうど副官が戻ってきたところだった。
「あぁ、いや」
「戦闘が近く、緊張してらっしゃいますか? コーヒーをお飲みになって、落ち着いてくださいな」
「ありがとう」
人品で選ばれてきた人物を、人品で副官にした甲斐はある。
微笑みに励まされるヨハンソンだが、
長らく、本当に長らく戦うことがなく。
軍の内部でも後ろ指を刺されがちではある禁衛軍。
それは仕方ないと思いつつも。自分たちに出番がないことこそよかりきと思いつつも。
先々帝が立案したステラステラ攻防戦。
そこに駆り出された時、正直言って彼は勇躍した。
ついにこの牙を、皇国に資する形で振るえるのだ、と。
長い禁衛軍、ヨハンソン家の歴史の中でも、恵まれた瞬間とすら思った。
しかし。
それはショーンの
彼は役立つどころか、皇帝を守ることすらできなかった。
それでも、新たなる皇帝に仕えることで今度こそ使命を、と思えば。
下ったのはケイ・ノーマン両殿下と、生きていたシルビア殿下の追討令。
彼の刃は今度こそ明確に、守るはずだった皇族へ向けるよう宣告された。
しかしこれは失敗。
コズロフの敗退により、彼らは撤退することとなった。
唯一よかったのは首狩り戦術による早期決着だったこと。
直接シルビアに攻撃することなく戦いを終えられた。
と思えば、帰ってきてやった仕事はショーンの捕縛である。
彼はまたも皇族へ銃口を突き付けるよう要求される。
大義に乏しいといえど皇族は皇族。
悩みに悩んだが、これで内乱は収束すると信じて……
その結果が今である。
彼はまた、皇族であるシルビア追討の艦隊に
「私は、何をやっているのだろうな」
ヨハンソンが副官にも聞こえないよう、タンブラーに独り言を吐くと、
「艦長!」
観測手が勢いよくこちらを振り返る。
「来たか!」
「はっ! 敵艦隊捕捉!」
「コードは!」
「それがっ!」
青ざめる青年に、彼も少し嫌な予感を覚えるが、
「フォルトゥーナ艦隊です! 固有シグナル『
「そうか」
どうやら強敵の登場に焦っているだけらしい。
ヨハンソンは正直安心した。
これで少しでも殿下に弓引く行為からは解放される、と。
が、
「モニターに映します!」
「おおっ!!」
「艦長!?」
彼は思わず、大声を上げて椅子から腰を浮かせた。
副官が声を掛けるが、届いていない。
何故なら彼には、画面いっぱいに表示された『
『あんた何言ってる。そんなメソメソするまえに、できることちゃんとやったんかい?』
それは、単に彼の幻聴幻視だったのだろう。
怒りに満ちた小さな少女が腕組み仁王立ち。大きなシルエットとなってプレッシャーを放つのは。
が、
「そうだな」
「艦長?」
「もっと、命懸けで、ともに滅ぶくらいの覚悟で。できることがあったはずだよな」
禁衛軍はエリートといえど、やはり実戦の慣れと度胸は前線より乏しくなる。
9時32分。
彼らは驚異的スピードで、少女のまえに敗れ去った。
唯一の救いは、
あぁ、真の守り手が、私などの代わりに、たしかにいたよ……
ヨハンソンが満足して散ったことくらいである。
「ふん。鼻血出すまでもないんだわ」
9月16日10時28分。
ユースティティア星域、コンコルディア方面。
ここまでですでに3方面。
立て込む敗報に、別動隊司令官マツモト中将は艦長席で唸る。
「帰りたくなってきたわね」
もちろん、一度の敗退で決着がつかないよう部隊を分けているのだ。
そういう意味では、ちゃんと成果が出てはいるのだが。
「ここまででガルシア、カーディナル、ロカンタンちゃん。残ってるのを考えると、もう貧乏くじしか残ってないわ」
「それ最初から当たり入ってなくないですかぁ?」
ため息をつく彼女に、ギリギリ20代の副官がドン引きのツッコミ。
「あなたの歳でその話し方はイタいわよ」
「35歳に言われたー」
「私は学生の頃から落ち着いた言葉遣いしてました」
「でも今、ロカンタンちゃーんって」
「小さい子は『ちゃん』でいいのよ」
「上官ですよー?」
そんなぶりっ子論議はさておき。
副官は少し真面目な声を出す。
「であれば、まだマシなのはバーナード閣下の方でしょうか」
マツモトもゆっくり頷く。
「正直
彼女のマントの内側へ手を入れ、胸ポケットを探る。
「さすがにドゥ・オルレアンとの戦いで艦隊が消耗してる分、明らかにマシよね」
「エッチなことは人目につかないところでやってくださーい」
「タバコ取ろうとしてんのよ」
「喫煙所に行ってくださーい」
相変わらず上官に対して敬意のない副官である。
人の『ロカンタンちゃん』発言を咎められるようなご身分ではない。
が、今はそんな軽さも助かる。
喉でどん詰まる、どうしようもない閉塞感。
これを打ち払うには人の明るさお気楽さが一番である。
などと彼女が思っているところへ、
「艦長!」
思わず背が伸びるような、鬼気迫る通信手の声。
「偵察機より入電です!」
「敵艦隊を発見したかしら」
「はい!」
「報告なさい」
偵察機では艦隊とは違い、『自艦隊かそれ以外か』でしかコードを捕捉できない。
かといって、軍旗を視認できるほど近付くのも現実的ではない。
つまり、現段階で『相手が何艦隊か』を捕捉する手段はない。
基本的に内乱は想定しないし、方面派遣艦隊なので
ゆえに進化の過程で見落とされた機能だが。
今回は違う。
シルヴァヌスとユースティティア。
前述のように、ユースティティアには消耗がある。
そしてシルヴァヌスは中枢艦隊。
つまり、隻数でどちらが現れたのか見当が付く。
すでに敗れた同輩たちの報告を勘案するに、敵は各方面に均等には配置していない。
先ほどは『貧乏くじしか残っていない』と頭を悩ませたが。
情報を持ってことに当たれる、これが後発の利点である。
もっとも、同輩たちが勝手に勇んで先を行っただけだが。
とにかく、戦争は情報で決まるとも言う。
彼女らの運命を決定付けるその報告は、
「その数っ!」
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