第205話 真の終戦のために

「マツモトも敗退か」


 9月16日、23時15分。


「いや、まいったな」


 ユースティティア星域、ロービーグス小惑星帯。


 追討艦隊旗艦『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。

 艦長席のバーンズワースは首を捻った。

 しかし表情は相変わらず糸目、声は気楽そう。どこまで本心で思っているかは分からない。


「数は関係なかったらしい」

「閣下自身、幾度となくひっくり返してこられましたからね」


 隣、尾骨のあたりで両手を組んで起立するイルミの態度も無感情。

 バーンズワースは肘掛けで頬杖に体勢を変える。


「いやぁ、今回のは明らかに僕の失策だった。まいったまいった」


 さすがに自省が入ると、少しは声も愉快でなさそうか。

 彼は鼻からため息を抜く。


「首狩りで一発負けを恐れすぎたな。おかげでいらない被害を多く出した」

「仕方ありません。あなたの指揮下でなければ対抗できないような怪物揃いなのがおかしい。何より、そのオールスターが一堂に会する戦場など。コズロフ閣下の二の舞です」


 しかしイルミは、姿勢も態度も崩さない。


「まだ閣下は、あなただけでもディアナへたどり着くチャンスを残した」


 ガラになくいそうな相手に、彼女が横目を向けると、


「何? 慰めてくれるのかい? めずらしく」

「なっ!」


 バーンズワースはイタズラっぽい笑みでイルミに顔を向けていた。


「私はただっ! 冷静に状況を判断しただけですっ! そう! 教科書どおりに!」

「ふーん」


 ニヤニヤしている小癪な男だが。

 割とすぐにスンとしてしまう。

 彼の視線はまた前へ。


「ま、僕らだけチャンスが残っても。全体で見れば敗北決定なんだけどな」

「では」


 やはりお気楽ではないのだ。

 そんな態度に、イルミは反射的に言い掛けて、


「ん?」

「いえ、何も。お忘れください」


 言葉を飲み込んだ。

 しかし、スンとしていたのがまたニヤニヤしだすバーンズワース。


「なんだよぉ。気になるじゃないか」

「なんでも!」

「ダメだぁ気になるなぁ。もう僕は集中できないかもしれない」

「分かった! 言えばいいんだろう!」


 ここを見逃してくれない、年下の男の子。


 しかし、彼女とて本当は言いたいことだったのだ。

 ただ、軍人として言ってよいか迷っただけで。


 でも、ジュリアスなら。ジュリアスなら言っても大丈夫だよな。

 受け入れてくれる。おまえはそういうやつだよな。


 彼女は意を決した。


「もう敗北、なのであれば。一時撤退するのはいかがでしょう?」


 はっきり言って、特に間違った意見具申ではない。

 内乱で無駄な消耗をしない、という観点では、このうえなく正しくすらある。

 が、イルミが悩んだ理由。

 それは、



「バーナード元帥たちと戦うのは、嫌かい?」

「……御意」



 個人の感情が根底の考えだから。

 少し俯く彼女に、バーンズワースは笑った。


「でもそれじゃ、各所に顔向けできないなぁ。布でも被って自刎じふんするかい?」

「皇后陛下は無駄な争いは避けよと! むしろ意に沿う判断かと!」


 気にしていても、一度口に出してしまえばイルミも通しに掛かる。

 が、


「『無駄な争いは避ける』、その言葉で必要な戦いまで避けてはいけない」


 彼は笑ったまま、しかし明確に彼女の意見を否定した。



「必要な戦い!? この内乱のどこが必要だと言うのですか! 皇国の勇士たちがすり潰し合い、勝者は何も得ず負けた側の死体だけが残る! 無駄でしかない!」



 イルミが思わず声を上げると、


「ミチ姉」


 バーンズワースは眉を顰め、口の前に人差し指を立てる。

 正論かはさておき、今の発言は明確に味方の士気を下げてしまう。


「あ、も、申し訳ありません」


 彼女もそれに気付き、バツが悪そうに軍帽を少し深くする。

 が、それはそれとして。イルミにとって今の議論は避けて通れない。

 相手の耳元に顔を寄せ、なおも意見を述べる。


「しかし、事実として。バーナード元帥を討つのは非生産的どころか皇国の損失です。これを避けずして、なんとするのですか!」

「それは僕らが勝った場合さ」

「なっ」


 しかし、前方を見据えるバーンズワースの横顔は静か。

 冷静に、物理的な『前』ではなく『先』を見据えている。


「別に『僕らも負けるかも』とか言いたいんじゃなくてね。君が今言ったろう。『負けた側の死体だけが残る』。それは向こうが勝っても一緒なんだ」

「あ……」


 そう。イルミはシルビアの心配ばかりしているが。

 もしシルビア一派が勝ったとして。全てが丸く収まるとは限らないのだ。

 むしろ、人類史に受け継がれるお家騒動の常で言えば、


 敗者の首魁、皇帝たるノーマンが

 妻たるクロエが

 彼女に仕える、バーンズワースの守りたい妹が


 大きく運命を変えられてしまうのだ。


「勝敗が着くというのは、そういうことだ。戦争が行き着くところまで行くと、誰かの首がゴールポストに飾られる。血の祝杯が飲み干されて、ようやく全てがお開きになる」


 見知った人の切り取られた首から滴る血で、見知った人が喉を鳴らすのを想像して。


「うっ」


 彼女は半歩後ずさった。

 しかし元帥は淡々と続ける。


「だからこの戦いは、行き着かせてはならない。勝敗が着いてはならない。繰り返しになるけど、現状この戦いは僕らの負けだ。他ならぬ僕の失策によって」


 歯噛みする様子はないが。

 先ほどから軽い口調の時すらヘラヘラした様子がないのは、彼なりの悔恨なのだろう。


「だから、僕たちは勝たなければ、イーブンに持ち込まなければならない。決着しない不毛な状態にして、痛み分けにして。両陣営が和解を念頭に置くよう拮抗させなければならない」


 その苦しみを緩和するように、鼻から大きく息が吸われる。



「この戦いを終わらせるために。ここで戦いを終わらせてはいけない」




 ここでバーンズワースは彼女の方を振り返った。


「そして、それはこの僕自身が。取り返す責任と義務がある」


 糸目であろうとも、その目には強い信念と思いが乗っている。



「だからミッチェル少将。どうかそれに付き合ってほしい」



 それがまた、



「どこまでも」



 イルミの胸を貫くのだ。


 と、そこに、



「元帥閣下!」



 他の艦隊も受けたように。


「お出ましか」


 運命の報告が彼らにももたらされる。

 そもそもすでに偵察機が姿を捉えているから、こんな夜中に艦橋へ詰めているのだ。


 バーンズワースは艦長席から立ち上がり、デスクに備え付けられたマイクを取る。

 艦内、そして艦隊全体へ放送するためのものである。



「艦隊傾注! 元帥ジュリアス・バーンズワースである」



 瞬間、艦橋の、艦内の、艦隊の、全クルーの背筋が伸びる。



「言うまでもないと思うが、我が艦隊はついに敵を捕捉した!」



 普段の姿からは想像もつかないような、声を張り味方を鼓舞する勇姿。

 その背中を、イルミは強く見つめる。



「しかし諸君らは幸運だ! 何故なら皇国の内乱にあたって、皇国最強の男と戦わずに済むのだから!」



 そう、我らの大将は常勝無敗のバーンズワース。

 誰もが静かに聴き入りつつも、心で歓声を上げる熱が伝わってくる。

 が、



「だが諸君らは不運だ! 何故なら!」



 同時に、心臓を潰されるような緊張も張り詰める。




「皇国最強の女と戦わねばならないのだから!」




 その宣言に、思わずイルミも震える。

 モニターに映る艦隊。旗艦は見えないが。


 その奥。

 幻影のように魔性が『半笑い』するのを、彼女はたしかに見たのだから。











「待ちわびたぜ、ジュリ公」

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