第206話 『皇国史上指折りに大きい戦い』

 シルビア軍ロービーグス方面担当、シルヴァヌス艦隊。

 旗艦『私を昂らせてレミーマーチン』艦橋内。


 艦長席で腕を組み、デスクに足を乗せるカーチャの形相はともかく。

 隣で鉄製のキャンディボウルを持っているシロナは、


「ま、待ちわびたって! 正気ですか!?」


 相変わらずの様子である。

 対する元帥閣下も、


「正気なわけあるかい!」

「ひゃあ!」


 突き指するんじゃないかというような勢いでボウルへ手を突っ込む。いくらビロードが敷かれているとはいえ。

 そのまましたキャンディを、三つほど包装をいで口へ。

 オレンジ、青リンゴ、バター。味の取り合わせなど考えてはいない。

 どころかバリリと。

 薄いバターキャンディだろうか、どれかが奥歯で砕け散る音がする。



「だけど大見え切っちゃったかんね! カッコ悪く怯えてんのは、見せられないなぁ!!」



 相変わらずの性格なのである。

 彼女の脳裏に、数日まえの会議室が浮かぶ。






「さて、一番の問題は、誰がジュリさまに当たるかよね」


 ある日の、ティータイムを兼ねた作戦会議。

 シルビアはハーブティーを口元に寄せ、切り出した。

 この頃になると、すっかり精神医おすすめのブレンドは不要となり、


 バーンズワースがロービーグス方面を進軍中という報せも届いていた。


「まず、ガルシア提督には外れていただくしかないわね。さすがにカメーネ・モネータ混成艦隊でエポナ相手は」

「まぁ、わりぃがそうなるな」


 亡命者だけあって、彼から『危険なところ当たれないです』とは言いづらい。

 なのでシルビアの方から話を向ける。

 するとそこにリータも乗る。


「何より、これは皇国の内乱です。やはり同盟の方を総司令官へ当てるわけにはいきません」

「つまりカーディナル艦隊もなし、と」

「そもそも向こうの進軍ルートからロービーグスまで来てたらな。不自然どころじゃないしねぇ」


 カークランドやカーチャも同じ考えである。


「となると」


 対象は限られてくる。

 シルビアは右、それから正面の席へ目を向ける。

 そこにいるのは、リータとカーチャ。


「私たち三」



「私だな」



 遮るようにカップをソーサーへ置いたのは、カーチャだった。


「閣下」


 背もたれへ沈むように座っていた彼女は居住まいを正す。


「あのエポナと当たるんだ。まず連戦で消耗してるバーナードちゃんとこは論外。ロカンタンちゃんとこも、連中の相手になるほどかっていうとね」

「む」

「相手は宇宙最強の艦隊と言ってもいい。当たるのも精鋭中の精鋭でなければならない」


 リータの小さい呻きは、気に障ったのではなく反論がないからだろう。

 シルビアに至っては、何も言わずに目線を少し下に外す。

 人に任せる申し訳なさと、強敵と当たらずに済む安堵があるのだろう。


 しかし、それすらも包み込んでやるように。

 カーチャは胸骨に左の親指を立てる。



「『赤鬼』が当たれないなら。残るはこちらのシルヴァヌス、私しかいない」



 彼女の強気な宣言に、


「男からすりゃ、正直こんな爆弾を女性に回すのは……。てか、ここの指揮官女ばっかじゃねぇか。子ども混ざってっし」


 ガルシアは素直な心中を軽口に混ぜ、


「期待してます。ファンですから」


 リータは重すぎないエールを贈り、


「……」

「ま、そういうわけだから。おねえさんにドーンと任せろよ」



「ご武運を」



 シルビアはカーチャを、真っ直ぐ見つめた。






 その視線が、今も彼女の心に焼き付いている。

 多くの人の、期待と、意志と、未来がこの身に掛かっている。


 そう考えると、カーチャも強がらずにはいられない。

 一度を目を閉じると、


「来たかい、ついに」


 ふーっと長いため息をついた。


「さっきからすでに来てるじゃないですか!」


 シロナは目の前の敵のことを言っているようだが。

 彼女に訪れているのは別。


 カーチャは静かに、皇国の運命が変わるのを感じた。






 一方、『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』の方でも。

 巡航速度から一時停止した艦隊。

 特別強力な慣性が掛かるわけではないし、体感はないが。

 切り替わったという事実がクルーたちの内臓に圧を掛ける。


「セナ閣下には、動く気配がありませんね」


 イルミの声にも絞り出すような響きがある。


「つまり、動く以上の策があるってことだ」


 バーンズワース艦隊の突撃は、受けに回って凌げるほど甘いものではない。

 堀があれば味方の死体で埋め、城壁があれば自爆特攻で穴を穿うがつような。

 自身が死の波を被ってでも、それこそ死の波となって相手を飲み込む戦術である。

 ゆえに、待っていても飲まれるだけ。


 だからこそ唯一勝ち筋があるとすれば。

 波同士がぶつかることで対消滅を起こすように。

 彼らが払ってくれる出血にかこつけて、自分たち以上に肉を抉る。

 いつかのゴーギャンやシルビアが言った剣道家の理論にも似た、


 シンプルで野蛮で原始的な、『戦争』すら忘れた殺し合いに持ち込むしかない。


 それを、カーチャともあろう人物が知らないはずはないのだ。

 受けは成立しないことも、

 かといってシルヴァヌス艦隊で正面衝突したとて勝ちが薄いことも。


 なのに動かない。

 そのうえ相手はあの『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』。

 かの『デキマ小惑星帯会戦』に代表されるような、カウンターの名手。

『サルガッソー攻防戦』でも指揮下の被害を最も抑制した、守りの名将。


 ゆえに、この『動かない』という動き、必ず何かある。


 思わず唾を飲むイルミだが。

 その隣、バーンズワースだけが淡々としている。


 恐怖やプレッシャーを感じていないのではない。

 ただ、それを腹の底に隠せるだけなのだ。

 彼女の想像だが、おそらく向こうの艦橋、カーチャと同じように。


 そして、同じなのは階級や肝の太さだけではない。


「ミッチェル少将」

「はっ」

「それでも僕らのやることは変わらない」

「御意」



「勝つぞ」

「仰せのままに」



 その目はモニターを見据えているように見えて、


「ここでどちらが勝つか。それで皇国の運命が変わる。真逆の二つの方向のどちらかへ。決して後戻りできない道へ」


 皇国の運命が変わるのを、焼き付けているのだろう。


「どちらにしろ、せめて皇后陛下くらいには顔向けできるようにしないとな」



 彼もまた、多くの期待と、意志と、未来を背負っている。






 2324年9月16日、23時32分。


 ユースティティア星域、ロービーグス小惑星帯


 エポナ艦隊:535隻 対 シルヴァヌス艦隊:542隻


 第二次皇位継承戦争のハイライト


 二人の歴史に名だたる元帥の激突。



 規模とは別の意味で『皇国史上指折りに大きい』と言われる戦いの、


 火蓋が切って落とされようとしている。

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