第207話 怪しき半笑い
『軍人、歴史家、軍学者たちが議論し、誰かと誰かの意見が食い違ったとする』
『どちらも一歩も譲らぬ場合は、これを一周でも多く読み返していた方が正しいとされる』
そんなジョークが生まれるほどの名著『大戦史:完全版』。
こちらによると、バーンズワース艦隊は得意の
しかもセオリーと違い『
いつもどおりの高火力をもって一撃のもと、敵艦隊を粉砕する構え。
対するカーチャはというと、
「観測手、敵艦隊の陣形をモニターへ」
「はっ!」
『
バーンズワースとイルミの目に映ったのは、
「向かって左、右翼が厚めの鶴翼、でしょうか?」
「V字よりは三日月っぽい感じだな」
いわゆる、
「彼女の半笑いみたいな形してるな」
デキマで見せたような、十八番のドクトリン。
つまりは、現状で最も悪手であるはずの布陣。
「どう思う?」
元帥の諮問に、副官はあごに手を当て
「……『相手が最も得意な戦法で来るなら、こちらも最も得意な戦法で迎え討つ』と?」
得意の教科書どおり、というか、相手が相手どおりな意見を出してみる。
「ふむ」
安直と言えば安直だが、バーンズワースは否定しない。
「事実として、我々の陣形は左右からの攻撃には弱い。よって、相手の陣を素早く貫く戦術ですが」
「受け止め食い止めて、抜けなくなった
「下手にジタバタするよりは」
口ではそう言いつつも。実はイルミ自身、あまりそう思っていない。
そんな単純な思考で、軍人の頂点たる元帥に昇り詰められるわけがない。
もう一人の元帥もそう思うのだろう。
腕を組んで背もたれに深く座る姿は、納得がいっていない。
「まさか、放物線で叩き合う時代ではありません。T字有利などということはありますまいが」
「うん」
首を捻りはしないが、逆にピクリともしないバーンズワース。
相手が動かないのをいいことに、数分じっくり考えたが、
「こうやって悩ませるのが目的かもしれない」
「なるほど?」
割り合あっさりと、投げやりにも思える結論を放り出す。
彼はやおら艦長席から腰を上げると、
「まぁどのみち、僕らがすることは同じなんだ。相手が何をどうしていようとね」
独り言みたいな呟きを漏らす。
かと思えば一転、
「艦隊に通達! これより我々は、突撃攻勢に出る!! 目標、前方シルヴァヌス艦隊!!」
ヘラヘラしつつも物静かな彼の常とは真逆。
通信手へ向かって声を張り上げる。
「はっ!」
答える青年の顔には、緊張こそあれ恐怖や絶望はない。
何かあるのは分かっている、だがそのうえで突撃するしかない、という状況なのに。
こう書くと、最精鋭のくせにできることが少ない、ピーキーな集団に思える。
事実として、それはそうだろう。
だが。
『ピーキーだろうが関係ない』
『相手が何をしてこようと、いつもどおりやれば必ず勝てる』
『常に相手へこちらの注文を押し付ける、王者の戦い』
これを許される者が。
それで勝ち抜いてきた者が他にいようか。
答えはすでに積み上げられているのだ。
だが、逆に。
だからこそ、突撃に対する勢い、腹の括りは重要である。
かつて『サルガッソー攻防戦』でも記述したように、命知らずの常識知らずが彼らの力。
ここに迷いが生じては、威力を大きく損ない、かえって危険なのだ。
ゆえに実は『悩ませるのが目的』も、大変大真面目な考察であり。
下手な罠より切実な問題であり。
指揮官として、
『迷っていない。いつもどおり踏み潰してくれる』
と、勇気を与えなければならないのである。
そのためには、ある程度安直に見える振る舞いも重要なスパイス。
「最大戦速!!」
あとはそれを全て、敵へ叩き付けるだけなのである。
一方、待ち受ける『
「敵艦隊、動きます! 最大戦速です!」
「時間稼ぎにはならなかったけど、思ったよりすぐには飛び付いてこなかったな」
カーチャが艦長席で腕組み。口の中で二つのキャンディをコロコロ回す。
「ひいいいい! カーチャチャチャさささ!」
「うるさいなぁ」
口封じに小袋入りのゼリービーンズ5個を口に押し込まれるシロナだが。
正直言って、誰も口には出さないだけで、これが普通の反応である。
いくら歴戦のクルーたちでも、今回ばかりは話が別。
あんなバケモノ、戦ったことがないのだから。
シロナは相手がミツバチでも同じリアクションだとは思うが。
とにかく、彼女さえ黙れば報告を聞きやすく指示を通しやすい。
カーチャはシロナが助長した恐怖を鎮めるよう、ことさら落ち着いた声を出す。
「まだまだ、もうちょっと引き付けるよ。仕掛けるのはそこからだ」
「敵艦隊、間もなく射程内に入ります!」
『
戦闘開始とは別。
『殺し合い』が始まる合図に、クルーたちへ緊張が走る。
「さて。総員、覚悟を決めようか」
バーンズワースも艦長席の上で座り直す。
どちらかが生き残るため、この国の未来を決めるため。
いざ!
というタイミングで、
「敵艦隊、動きます!!」
「っ」
イルミの肩に力が入る。
彼女ら指揮官がひたすら気にしていた敵の手の内。
それが不明なまま、動き始めたということなのだから。
「閣下」
イルミがバーンズワースの方を振り返ると。
彼はデスクへ乗り出すようにして、モニターを見つめている。
「前進、じゃないな」
ポツリと出た呟きに彼女も映像を確認すると、
「たしかに、右翼側から横へ展開していますか」
観測手は『敵艦隊動く』と報告したが、正面衝突をしてくる気配はない。
「鶴翼による包囲狙いでしょうか。しかしそれなら、左翼も動かなければ」
「いや」
イルミが思考を巡らせていると、バーンズワースの声が割り込む。
「鶴翼の横移動じゃない」
「は?」
「どおりで右翼が厚いわけだ。お得意の『ウィークポイント作って誘い込み』じゃないな」
彼は勢いよく立ち上がり、マイクに吠える。
「艦隊、進路変更! 敵右翼の端にこちらもぶつけろ!」
「閣下!?」
イルミの求められる思考、『教科書どおり』で言えば。
最も反撃が激しいと予想され、しかも敵の中枢でもない部分への突撃など。
ハイリスク・ローリターンでなんの意味もない。
が、
「ミチ姉。鶴翼の横展開とか包囲殲滅とか。ましてや右翼左翼も正しくないんだ」
「なっ」
バーンズワースの読みは、前提が違うようだ。
「僕らと一緒。ありゃただの、横向きの鋒矢陣だ」
そこからは返事も待たず。
元帥は指示を彼女への説明とする。
「闘牛士だ! このままこちらの突撃に対して回り込み、弱い横腹を食い破りに来るぞ!」
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