第208話 外し合い

 イルミの顔色も変わる。

 得意の突撃を逆手に取った、なんらかの対策があるとは踏んでいた。


 しかし、まさか受けに回ると思っていたのが、逆に向こうから突っ込んでくるとは。


「確実に頭同士をぶつけろ! 正面からなら突撃なれしてるこっちの土俵だ! 逆に慣れない横腹の食い合いになったら、変幻自在な向こうの独壇場だぞ!」


 バーンズワースの指示で、勝負に出ようとするエポナ艦隊だが、


「敵艦隊、射程外を保ったまま、斜め方向へ進出していきます!」


 相手も読んでいるのか、まだ衝突しないよう距離をとってくる。


 突撃が十八番のエポナ艦隊だが、それは慣れや恐怖心の払拭にすぎない。

 特別速度や火力、頑丈さに優れているわけではない。

悲しみなき世界ノンスピール』や『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』が特別なだけ。

 艦のスペックで言うとシルヴァヌス艦隊と差はない。せいぜい多少編成の内訳が違うくらい。


 なので、距離を取るのに終始されると、追い付くのも容易ではない。


「向こうの好きにタイミングを計られています!」


 唸るイルミだが。

 彼女より先に相手の目論見を見抜いていながら、いや、むしろか。


「逆に言えば、まだってことだ。そのうえ向こうは大回り。チャンスが来たら即噛み付く、ってのはできなくなった。ひとまずの脅威は去ったかもね!」


 元帥閣下は落ち着いている。


「何より、向こうは斜め移動、こちらは直進! 向こうがタイミングを先延ばしにしているうちに、僕らの方がさすがに追い付く!」

「御意!」


 どころか少し興奮している。

 モニターを注視するのとは違い、気が逸るように身を乗り出している。

 そんな姿に釣られて、イルミも勢いよく返事をしつつ、



 ジュリアス。

 おまえのその昂りは、おそらく敵の綻びを見付けたからじゃないな。


 おまえは今、単純に。

 強敵との闘争にゾクゾク来ているんだ。全身の血液が逆流しているみたいに。


 ジュリアス。

 おまえは人殺しが楽しい男じゃない。

 普段は穏やかで、牧歌的で、のほほんとした男だ。


 だが、それでも強敵が、闘争が楽しい。

 それらが自分を満たしてたまらない。


 あぁ、やっぱり。


 おまえはいくさの天才、いや、


 悪魔なんだろうな。



 と。

 そしてその悪魔に彼女も、釣られる以上に魅入られている。

 心底望んで。



「むしろ追い付いた時には向こうは横腹を晒している! 確実に追い詰めて叩くぞ! 逃すな!」






 エポナ艦隊が冷静な対応をする一方。

 それにまた対応しなければならないのはシルヴァヌス艦隊。

 その旗艦、『私を昂らせてレミーマーチン』艦橋内。


「カカカッチャさま! カーチャさま!」

「うるさいなぁ。棒付きキャンディで口生花いけばなみたいにしてやろうか」


 相変わらず心乱れるシロナに、余裕で悪態を返すカーチャだが。

 状況はそうしていられるほどよくはない。


「このままじゃ追い付かれちゃいますよ!?」

「そりゃ戦闘は大抵追い掛ける側が有利だかんな」


 まともにモニターを見る勇気もないシロナですら分かるほどの大ピンチなのだ。

 彼女らが知っているかは別にして、二度にわたりバーンズワースたちの思考を掻き乱したが。

 それで終わって結局負けては、なんの意味もない。

 作戦目標はびっくり箱になることではなく、シルビアを勝利へ導くこと。

 今まさに、それがになるカウントダウンが始まっているのだが。


「なぁに、まだまだ!」


 カーチャの不敵な半笑いが、ニヤリと白い奥歯を覗かせる。

 さすがに彼女も元帥閣下。

 この程度の考えれば分かる物理的事象で手詰まるほど甘くはない。

 視線の先には、この戦争で『皇国』の未来を紡ぎ出す舞台が映っている。


 まだまだ本番はここから。

 最大のカーチャ・マジックが幕を開けようとしている。

 さすがに、額に一筋の汗を流しながら。






 一方エポナ艦隊、『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内では。


「間もなく敵艦隊を射程内に捕捉します!」


 鬼ごっこ開始から30分ほど経過。

 追われる側とは別の緊張が走っていた。

 そもそもシルヴァヌス艦隊が動き出すまえに『間もなく』まで接近していたのだ。

 すぐこうなることは、全員が分かっていたことではある。


 それでもイルミは手袋の中に不快感を覚える。

 別に多汗症でも、特別手汗をかくタイプでもないのに。

 エポナ艦隊のやり口は、常に彼女の神経を狂わせる。

 毎度戦闘が終わるたびに、やや重くなった気がする手袋を脱ぎ捨てては


 あぁ、いつか平和になったら転職しよう。

 手袋なんか無縁で、爪も伸ばせてオシャレなマニキュアを楽しめる職業になろう。

 できれば、薬指も見せびらかせるような……


 などと思うイルミだが。

 今回に関しては、いや、本当はいつもだが今回だけは取り分け。

 戦闘終了後そんなな思考をできる保証が、

 戦闘終了『後』の保証がない。


「まだだ。まだだぞ。こっちのわずかな先頭だけが、相手の薄皮にだけ届く射程じゃ意味がない。『あと一歩踏み込めば』って時に、二歩三歩乗り込むのが真の強者だ」


 これだけこちらが有利な状況で、頼もしい悪魔の指揮で戦っているというのに。


 そんな弱気が引き寄せたわけではあるまいが。



「いや、違う!」



 ここまで冷静に動じなかったバーンズワースが、勢いよく立ち上がる。


「閣下!?」

「射程内に捉えている艦隊は、今すぐ砲撃を開始せよ!」


 説明がないため理解が遅れているイルミだが。


「閣下! 左前方に!」


 観測手がモニターに映すマップを見て、彼女も同じ判断に至る。



 が、それを元帥と確認し合うまえに。


 エポナ艦隊より砲撃が放たれる。


 どうにもいつもの『殺意の塊』とは言えないな櫛の歯。

 それがまた輪を掛けて少ない一摘みの敵艦に突き刺さり、いくらか緑の閃光を撒くが。


 人の命はさておき、艦隊戦としては戦果とも言えない程度の被害のみ。


「撃ち方やめー」


 それでもバーンズワースは追撃を加えない。


「遅かったか。エネルギーがもったいなかったな」


 彼はやや乱暴に席へ腰を下ろすと、ほうっと呟いた。


「なるほど、だからここで待ち受けてたわけだ」


 視線の先、モニターに映るのは、



 小惑星帯の陰に入るシルヴァヌス艦隊。



 脆弱な横腹を、壁の向こうへ隠してしまった。


「閣下」


 イルミのわずかな呼び掛けに、彼は小さく頷く。


「まさかあの岩礁を突っ切って追い掛けるわけにもいかない」

「御意」



「あんまり経験はないけど、真面目に女性の尻を追い回してみるか」



 バーンズワースは背もたれに沈み込み、天井を仰ぐ。


「カーチャめ、振り出しに戻しやがった」

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