第126話 皇族の資質
「ショーン兄さまが!?」
ケイの口ぶりは、衝撃ではなく『何かの間違いだろう?』というニュアンス。
それもそのはずである。
自身を暗殺しようとしたことを知っているシルビア以外には、朴訥な青年でしかない。
この時までは。
近衛兵の彼も、それが頭にあるのかもしれない。
「残念ながら」と否定するようにも、過去の像を振り払うようにも首を左右へ。
「いえ、相違ありません!」
思わず気が遠くなりそうな彼女だったが、カタリナに割と強めで腰を叩かれる。
「わっ!」
「情報も大事ですが、それは安全な場所で聞くものです」
「そうだね。まず逃げるのが大事だ。君、官姓名は?」
「はっ! シーザー・トラウト伍長であります!」
「よろしい。トラウト伍長、今からあなたには私たちの警護を命じます。ついてきなさい!」
「はっ!」
本来こっそり逃げ出すなら、人数は増やさない方がいい。
が、彼が状況を把握しているなら話は別。
何より。
ケイが後ろを振り返ると、多くの使用人たちが逃げずに彼女を見つめている。
「みんな! こっち!」
慕われているのか、単にどうしていいか分からず寄るべにされているのか。
どっちでも構わないが、普段支えてもらっているのだ。こういう時には守り導くのが皇族の務め。
第一、性格的に見捨てていけない。
一行は建物を離れ、宮殿の外周、塀まで来ていた。
ここまで来ると、外から覗かれないよう背の高い木が多く植えられている。
逆にこれが、内側からも彼女たちを隠してくれるのだ。
最初はこのまま壁
「いえ、あの聡明なショーン殿下が、クーデターなんてものを決行したのです。出口は関所状態でしょう。そうでなければ、誰かが外に出て何かしら騒ぎになっているはずです」
早速近衛とはいえ兵隊を味方に加えた効果。
冷静な判断で危険を避けることができた。
と同時に、立ち往生しているのも事実だが。
が、
「ケイちゃん……」
クロエがこちらを見つめている。
震えるノーマンをおねえさんとして優しく抱き締めてやっているが。
彼女自身も、心細さの極まった瞳。
「おやぁ? ウルウルお目めしてるかと思ったら泣いてない! さすがクロ公はメンタルが強いね!」
行き詰まりを表に出すとクロエやノーマン、使用人たちが動揺してしまう。
「あぁ、私、もう、疲れたわ」
母が座り込んだのをいいことに、
「小休止、小休止しよう。走り続けるのはしんどいから」
動けないのではなく『余裕を持って動かない』に偽装しておく。
間合いを確保したところで、彼女自身は頭を働かせるべくトラウトに話し掛ける。
周囲は腰を落ち着けているが、二人はなんとなくしゃがむ緊張感。
「外……誰か電話で警察とか、呼んでないのかな」
「通じませんでした。おそらくあらかじめ電話線が切られていたものと」
「そっかぁ」
また一つ、手段が消える。
もっとも、
まだ散発的に響く銃声。聞こえてくる悲鳴。「ひっ」と声を上げる侍女。
応援を呼んで解決するまで、耐え凌げるとも思えない。
どうしよう、と声に出しかけたのを、ケイはゴクリと音を立て飲み込む。
言葉にしたら何も思い付かなくなってしまうような気がした。
しかし沈黙も気まずい。
「ケイちゃん。大丈夫?」
クロエが四つん這いでこちらへやってくる。
昔の引っ込み思案な頃から、それゆえに目配り気配りの娘。
周囲を鼓舞するケイの声がしないことに、何かを感じたのだろう。
「大丈夫大丈夫。私に任せて」
根拠はなくとも、ここで押し黙ってはギリギリの空気が完全に決壊する。
口から出まかせの励ましだったが、
「うん、分かった。でも、私も考えてみる。カティ!」
うまく騙されてくれたのか、それとも全て察したうえで気丈に受け止めたのか。
彼女はそれ以上追求せず、カタリナの方へまた四つん這いで戻っていった。
とにかく、会話内容が聞こえていなくとも、黙っているのはよくない。
ケイは途切れたままだった話題を再利用する。
「そういえば。本当にショーン兄さまが犯人なの? それに、お父さまとダニエレ兄さまが……?」
深掘りしたい話題ではないが、放置もしていられない。
トラウトはまた、申し訳なさそうに首を振る。
「残念ながら、そう見てよいかと。陛下がお部屋でアフタヌーンティーをなされておりまして。そこにダニエレ殿下も同席なさっていました。そこにショーン殿下がいらしたのは、10分20分遅れてのことです」
「……うん」
「それから5分としないうちに、あの武装した連中が現れました。我々近衛も対抗しましたが、どうしても装備が違う」
彼は忌々しそうに腰を触る。
事実彼のベルトには、
『常に皇族のそばに仕えるにあたって、物々しいのはいかがなものか』
という、本末転倒な考えの結果である。
相手が中世のアサシンならともかく。マシンガンで乗り込んできたら時間稼ぎにもならない。
「自分は真っ先に、ご覧のとおり肩を撃たれまして。他の重傷を負った仲間を、廊下の角の先へ避難させる側に」
彼はジョークめかして傷口を抑える右手を揺する。
傷の深刻さは分からないが、走ったせいもあって血が止まる様子がない。
「よくがんばった。ちょっとそれ貸して」
「殿下?」
ケイは勝手にトラウトのサーベルを抜き取ると、ドレスの裾を切り落とす。
「殿下!?」
それを二つに分け、片方は畳んで彼の傷口に押し当て止血し、もう片方で上から結ぶ。
「殿下っ! いけません! こんな、もったいない!」
「いいのいいの、この方が走りやすいし。おみ足は5分以上見たら、そこからは別料金ね」
彼女は平伏しようとするトラウトを手で止める。
「ナカ覗こうとするな!」
「ええっ!? あっ、いえ! 決してそのような!!」
「分かってるって、ジョークだって。それより続きをお願い」
「はっ、はい」
明らかに手当てまえより血行が回り、息も乱れた健全な男子。
が、深呼吸すると表情は深刻に戻る。
「しかし味方はあっという間に全滅してしまい、私は廊下の角で身を潜めているしか。申し訳ありません」
「仕方ないよ」
「すると連中は一気に陛下の室内へ。少し言い争うような声はしていましたが……」
「……撃たれた」
「はい。その後は特に怒号もなく」
トラウトは耐えきれないように目を逸らした。
「談笑する声ののち、連中は部屋を出てきました。そのなかに悠々と混ざっていらしたのが、ショーン殿下です」
「そっか」
「はい」
彼が窺うように視線を戻そうとすると、ケイはその顔を手で押し戻した。
「ぐえっ」
「こっち、見ないでね。少し、泣くから」
「殿下」
先ほどまでは片膝を突くようにしゃがんでいたが。
気付けば膝を抱え込むように姿勢が変わっている。
深刻な空気は出すまいとしていた彼女の精神が崩れるその時、
「ケイちゃん!」
少し息の上がったクロエの声が、少し遠くから届いた。
「ん?」
涙声を悟られないよう、最低限の相槌で振り返ると、
「脱出方法、考えたの!」
彼女は何かを引きずっている。
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