第127話 道は切り拓く(物理)

「えっと、クロっち、それ、何?」

「これですか? ふふ、見て驚け!」

「いや、もう見えてるけど」


 クロエは引きずっていたそれを、顔の横に掲げる。



「じゃじゃ〜ん! チェーンソー!」



「えぇ……」

「お、も、い……」

「危ないから下ろしなさい」


 急に物騒なものを持ち出してきたお嬢さん。

 まさかそれでクーデター連中とやり合うつもりではあるまいが。


「近くに庭師さんの納屋があったから、もしかしたらと思って! バッチリあったよ!」

「あの、試しに聞くけど、それで何をするつもりなんでしょうか?」


 ケイはドン引き丸出しなのに、クロエは「よくぞ聞いてくれました!」と胸を張る。


「ここに大きな木があるでしょ?」


 彼女はプラタナスの幹を撫でる。


「え、まさか?」

「そう!」


 チェーンソーの刃が、まだ稼働はせずに大樹へ。



「これを塀に向かって倒せば橋が架かる! そしたら門を通らなくても外に出られるよ!」



「え、え、えぇ〜?」

「どう!? いけそうでしょ!?」

「音でバレない?」

「銃声もしていますし、向こうはまだ掃討に夢中です。多少の物音は気にされないかと」


 代わりに答えたのはカタリナ。さすがにクロエが言うよりは説得力を感じる。

 それでも懐疑的なケイの隣で、意外にトラウトも頷いている。


「たしかに。宮殿中で銃声がしているということは、結構な人数がなだれ込んでいます。そのうえ門まで固めたなら……。塀の向こうには誰もいないでしょう。安全に脱出できる!」

「え? え? は?」

「あとは誰がチェーンソーを扱うかでございますが」

「申し訳ないが、私は腕を負傷しています。初見でうまく扱えるかどうか」

「悪いけどオバサンには無理だわ」

「まさか、第二夫人さまにこのようなことはさせませんよ」

「じゃあ私がやります! ずっとやってみたかったの! えい!」

「お嬢さま! 逆です! そちらから刃を入れるとお屋敷の方へ倒れます!」

「そもそも電源を入れないことには、枝も切れませんぞ」

「えー? じゃあどうしたらスイッチ入るのかしら?」

「そのようなレベルの知識で刃物を扱ってはいけません」

「待って待って待って。そもそもさっき重たがってたじゃん。クロエには無理でしょ、じゃなくて」

「じゃあ誰が」

「え、っと。じゃあ僕が」

「ノーマン殿下!?」

「無理です殿下! 私にすら指相撲で負けたのに!」

「クロエに負けたら相当だな! じゃなくて!」

「でも僕は男子だから!」

「ガチの男『子』じゃ無理だって! じゃなくて!!」

「じゃあ何!?」


 明らかに異様なテンションの周囲が、ようやくケイを気に留める。

 さすがに目がバキバキにキマっているとかはないが、興奮状態ではある。

 だからこそ自身は、努めて冷静でいなければならないのだ。

 さっき泣きそうになっていたけれど。


「何って、正気!? マジでやる気!? 林業の労災死傷者が一番多いって知ってる!?」

「知ってるけど、もうこれしか」

「覚悟決まってるね! うらやましいくらい!」

「覚悟は、決まってないよ?」

「えっ」


 クロエが、真っ直ぐ彼女を見つめ返す。

 言葉とは裏腹に、意志が一本通った瞳。


「正気? って聞かれたら、正気でもない」


 カタリナやトラウトもこちらを向く。

 二人とも、口元を強張らせながら引き結んだり、眉を険しくしているが。

 瞳も不安げに揺れてはいるが。

 光を失ってはいない。


「でも、向こうがマトモじゃないから」


 クロエがチェーンソーを下ろし、こちらへ近付いてくる。

 言葉と裏腹、常に揺るがない優しさが溢れる手付きで、ケイの手を握る。


「私たちも、おかしくならないと、ね?」






「おっしゃーっ! 任せろーっ!!」


 数分後。ケイはチェーンソーを構え、モーターをドゥルドゥル唸らせていた。

 ここまで来たら、彼女もおかしくなってしまった方が話は早い。

 早くて速い方が、きっと全部うまくいく。


「ケイちゃん、大丈夫!?」

「何を言いますやら! こちとら天下のお転婆ムスメ! 皇族がやっちゃダメなことは、私が一番うまくやれるんだ!!」


 他に男性の使用人だってついてきていたが、もう眼中にない。

 姉は遠い戦場で、指揮官率先によって手柄を立てたと聞く。

 ならば、



「道は、運命は、みんなの未来は! 私が切り拓く!! カッコ物理カッコ閉じる!!」



「口で言ってる!」


 許せプラタナス!!


 決意の一撃が立派な幹に食い込む。

 気まぐれにノコギリでDIYした時とは比べものにならない負荷が両腕を襲うが、


「ふんぬぅ〜〜〜ぐぐぐぐ!!」


 気持ちで負けない。

 負けるはずがない。


「ケイちゃん!! がんばって!!」

「姉さま!!」

「ケイ!!」

「殿下!!」

「ケイ殿下!!」


 何人分の気持ちが乗っていると思っているのだ。

 簡単な足し算からして、足りないわけがない。



「うりゃあああああ!!」



「木が倒れるぞー!!」



 皇女の意志へ敬意を示すように。

 ミシミシと称賛の声をあげる大木はこうべを垂れ、


 高い塀と侵入者撃退用の尖った鉄柵を平伏させる。


 舞い散る木屑は、紙吹雪には少し粉っぽいか。


「やったあああ!!」

「姉さまっ! さすが姉さまですっ!!」

「自慢の娘よっ!!」

「ケイ殿下!! ケイ殿下!!」

「ケイ殿下!! ケイ殿下!!」

「ケイ殿下!! ケイ殿下!!」


 しかしリーダーは湧き上がる歓声と、抱き付こうとする未来の弟夫婦を手で制する。


「おっと皆の衆! 私をチヤホヤするのはあとだ! 早く逃げるよ! 音もしたし、みんなすごく騒いでくれちゃったから!」


 聞こえてくる銃声や悲鳴は、以前よりになっている。

 だから安全だという保証はないし、なんならお鉢が回ってくる可能性もある。


「クロエ! みんなをリードしてあげて!」

「えっ、でもここまでケイちゃんが」

「皇族たるもの、慌てない騒がない。ここまでケツ持ちだったかんね。殿しんがりも引き続き任せよ」

「じゃあ私も!」

「ノーマンとお母さまを頼むよ! カタリナの言うこと聞いとけばヘーキだから!」


 ここまで言われると、クロエも黙って頷いた。

 頓着している時間がもったいないし、さっさと進んだ方がケイも早く逃げられる。

 何よりお互いを信用している。


「ついてきて!」


 真っ先に丸太の橋へ登った彼女を見送るケイ。

 その真隣にトラウトが立つ。


「殿下、殿のに加えてください」

「おぉー、頼りになるぞよ近衛くん」


 その言葉に彼は少し俯いたが、すぐに顔を上げ、向き直る。


「殿下。私が今ここまでのがれて命があるのは、殿下のおかげです」

「ちょっと早いな。外出てから言おうか」


 対するケイは、人が来ないか遠くを見張っている。

 それでも、自身へ目が向いていなくとも、トラウトは深々と頭を下げる。


「陛下や皇太子殿下をお守りできなかった私が! 救っていただくなど」


 瞬間、皇女殿下は素早く彼の傷口を叩いた。


「あった!!」

「今日から私がおまえのあるじだ。これから、父兄や今日の大恩の分まで守れよ」

「で、殿下」

「返事は」

「はっ! ははっ!!」

「ちょっとぉ。お守りナイトですよネ? 泣かないでよ頼りないなぁ。そんな痛かった?」

「いえ、いえ……!」






 この後、一行は無事宮殿を脱出し、宇宙港まで逃げ延びることに成功。

 シャトルでカピトリヌスを離れ、ルーキーナを目指しやってきたのである。

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