第125話 彼女が見聞きした真実

「えぇ!? そんな!?」


 クロエの反応は、ある種シルビアにとって予想どおりである。

 友人として彼女らを信じているとか、ショーンは嘘吐きで畜生とかもあるが。

 何よりメリットがないのを知っている。

 単純に体制を揺るがしても得しないし、


 何より主人公クロエ



 実は元のゲームでも、ルートによっては『皇帝暗殺事件』は存在し、

 それは彼女にイベントとなっているのだから。



 だが本人たちはそんなこと知るよしもない。


「私たちじゃありません!」


 必死の訴えである。


「でもさっき、ショーンお兄さまがそう演説してたわよ」

「知ってるよ! 皇帝に即位したんだってね! それが目的だよ!」


 ケイも興奮気味に前へ出てくる。

 リータが椅子を用意したのに、誰も座らない。

 シルビアだけデスクの椅子に座っている。


「お父さまも、ダニエレ兄さまも、殺したのはあいつだ!」


 そうでしょうね、と思うシルビアだが、ここはしばらく聞きに回った方がよさそうである。











 それは突然だったという。

 クロエ・マリア・エリーザベト・シーガーの侍女、カタリナ・バーンズワース。

 彼女の手記には、『4月1日 昼下がり』とだけ記されている。

 他の人物が残した資料でも、『昼食を終えてしばらく』とか『冬でもまだ西日にならないくらい』とか。

 それどころか『ティータイムの準備中』もあれば『ティータイムを終えて皿洗いを』まで。

 確かな時間が分からないどころか、情報が錯綜しているくらいである。

 それだけ唐突なことであり、皆が皆、混乱していたということだろう。


 もちろん当時の人々の行動も、文献によって前後したり食い違ったり。

 なのでここは、ケイ・アレッサンドラ・バーナードの回顧録を基準とする。

 この時シルビアが彼女から聞いたものとも、一番相違がないだろう。











 4月1日。『黄金牡羊座宮殿』、ケイとその供回りの居住フロア。

 いつもより早めのティータイムを終えたくらいのこと。


 というのも、その日はクロエが彼女を訪ねてきていた。

 なのでお客さまにお茶をお出しするかたちで、少し繰り上げとなっていたのだ。


 その時ケイは公務として、皇帝美術大学入学式へ贈る祝辞を製作中。

 クロエので来ていた才女カタリナに添削してもらっていた。


 一方クロエはノーマンとバックギャモン。彼女が優勢だったという。

 ノーマンはケイと母親が違うため、生活フロアは別だったが。割り合い遊びに来ることは多かった。

 気弱な彼は歳の離れた気の強い男兄弟より、『優しい』『姉』の方が大好きだった。

 加えてその日は、自分との婚約交渉が進んでいるクロエもいる。

 顔を出す理由しかない、という状況だった。


 そんな時だった。


「あら?」

「どうしたの?」


 窓の外へ目を向けるカタリナの視線の先は、別の建物の窓。

 ケイは側室の子であるため、冷遇でもないが離れを住まいと決められていた。

 ゆえに、宮殿の中心的な棟は外から見るかたちになる。


「今、何やら異様な方が」

「えー?」


 彼女も同じ窓を見ると、


 そこには特殊部隊みたいな黒づくめで、ヘルメットに目出し帽の男たちが。


 振り返ってハンドサインをするとどこかへ。

 しかし等間隔に複数人現れては、どこかへと向かっていく。


「なんでしょうか、あれは」

「……少なくともあんな制服の使用人はいないし、避難訓練の話も聞いてない」


 ケイはチラリとバックギャモンに興じる二人へ視線を向ける。


「ふふふ、ここまで来ると逆転は不可能そうですね?」

「うぐ、ま、まだまだ! こんなの全部運ですから、なんとでもなる!」

「バックギャモンの戦略性を理解しないかぎり、この戦いにはついてこれませんよ!」


 実に楽しそうである。

 これから夫婦になろうという二人がいい雰囲気になっているのだ。邪魔してはいけない。

 彼女がカタリナに耳を貸すようジェスチャーし、


「警備総長に連絡を」


 囁いたその時、



 別棟にいても響き渡るほどの、凶悪な破裂音が連続した。



「きゃあっ!?」

「なっ、なんだ!?」



 声を上げるクロエとノーマンに対して、ケイとカタリナは青ざめる。

 いっそ1回2回なら、プロ野球中継のホームランハイライトかとも思ったろう。

 しかし、ここまで連続したら、

 先ほどの特殊部隊、いや、


 テロリストのような集団を見ていたら。


 二人にはもっと違うことが頭をよぎった。


「早く連絡を!」

「はいっ!」


 だが時すでに遅しか。

 銃声は鳴り止まず、阿鼻叫喚が渡り廊下からり上がってくる。


 これ以上はマズい。見てはいけないものを見る。

 ケイが窓から目を逸らすと、茫然自失の二人と目が合う。

 その様子に彼女は、気弱な弟を守ってきた姉として。引っ込み思案を引っ張ってきた親友として。


 私が二人をなんとかしなきゃ!


 少し冷静さを取り戻す。


「二人とも! 逃げるよ!!」

「逃げるって」

「姉さま、いったい何が」

「分かんない! 分かんないけど分かった時には遅いかもしんない! でも損しないから、早く!」

「こちらへ!」


 ケイは二人の手を引き、カタリナの先導で部屋を飛び出した。

 バックギャモンの駒が飛び散ったような、そうでもないような気がしたという。






 ここは三階。とにかく脱出のためにいち早く一階を目指しつつ、すれ違う使用人たちに指示を飛ばす。


「危ない連中が来てる!」


「お仕事はいい! 早く逃げて!」


「宮殿の外まで行って! 中はもう危ない!」


「荷物とかそんなのいいから!」


「命を一番にして!」


「どこで誰が何してるか分からない! 音が届いてない人もいるかも! みんな大声で『逃げて!』って言いながら逃げて!」



 わざと花瓶を割ったり音を立て、異常をアナウンスしながら。


「お母さま!」

「ケイ!? これはなんなの!? またあなたのイタズラ!?」

「お叱りしたいなら、まずはついてきて!」


 途中母親も回収しつつ一階へ到着すると。


「あ、ああ! ケイ殿下ですか!? それにノーマン殿下も!!」


 渡り廊下の向こうから、右肩を抑えた青年が走ってくる。

 通常の軍人とは違う、青と白基調の軍服で帽子キャップにはガチョウの羽。

 近衛兵である。


「きゃっ!」


 血にクロエのか細い声が上がると、カタリナが反射的に庇うよう手を拡げる。


「何があったの!」


 その後ろから精いっぱい首を伸ばして尋ねると、彼は律儀に片膝を突く。



「ショーン殿下のクーデターです! おそらく陛下とダニエレ殿下が襲撃されたものと! 両殿下も早くお逃げください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る