第124話 渡りに艦

 思わず「どういうこと!?」とリータに飛び付きかけて踏みとどまるシルビア。

 そんなの彼女だって分からないだろうし、何より目立ってはいけない。

 そのあいだにも演説は続く。


『なお皇国宇宙軍ペナーテース方面派遣艦隊へ出向中の第三皇子! オットー・ユージン・バーナードにも共謀の疑いがある! 現地軍は今すぐ拘束せよ!!』


 何が起きているのか、まったく理解が追い付かないでいると。


「艦長!」

「今度は何!」


 副官の焦る声。

 リータの返事は、イラついてはいまいが混乱で少し余裕がなさげ。

 が、彼の方にも合わせる余裕がない。



「レーダーに感あり! 正面より、正体不明の船舶がこちらに近付いてきます!」



 瞬間、シルビアの肩は跳ねたし、リータのマントは猫の毛が逆立つように揺れた。

 もしや早くもシルビアの所在がバレて、暗殺者の魔の手が迫ってきたのか。


「規模は!?」

「えー、数は一隻、民間の小型シャトルです! シグナルは皇国籍の模様!」

「ふむ」


 とりあえず艦隊で宇宙の藻屑としにきたわけではなさそうである。

 しかし油断するのはまだ早い。

 本当にただの民間人である可能性もあるが。彼女たちの方へ向かってくるということは、行き先はルーキーナ。

 カンデリフェラ、St.ルーシェみたいな観光地でもなければ。

 そう最前線に普通の人間は来ない。


 つまりは普通ではない、たとえば少人数の精鋭暗殺部隊かもしれない。いつかジャンカルラが言っていた、ダーティ・ボムの可能性もある。


「警戒態勢! 当該船に航路アナウンス!」


 が、いきなり「おまえヤバいやつか? ああん!?」とは言えない。

 まずは宇宙航法に則り、


『いい天気ですね。ごきげんうるわしゅう。ところで相談なのですけれど、進路が被ってございますの。身軽な小型船あなたの方が道を譲っていただけまして?』


 とお伺いしてみる。


 もうショーンの演説はそっちのけ。

 遠くの悪人より目の前の不審者。

 通信手が定型文を読み上げる。


「前方の民間シャトルに告ぐ。こちらは皇国宇宙軍フォルトゥーナ方面派遣艦隊所属『港町の眺めボルチモアビュー』。貴船は当艦の進路とバッティングしている。宇宙航法に則り、速やかに進路を」


 が、こちらが言い終わらないうちに、


『「港町の眺めボルチモアビュー」!? シルヴァヌス艦隊に所属していた、戦艦「港町の眺めボルチモアビュー」ですか!?』


 向こうから男性の興奮した、叫びにも近い声がする。


「いかにもそうだが、それより貴船は」

『そのうえでフォルトゥーナ所属ということは! 艦長はこのたびフォルトゥーナ方面派遣艦隊司令官に昇進なされた! リータ・ロカンタン中……将、であらせられますか!?』


 こちらの話をまったく聞いていない、相手側の通信手。

 その気がないような、余裕がないような。

 通信手が困惑した表情でリータへ振り返ると、彼女は頷き艦長席の無線を指で叩く。

 連絡が切り替えられると、彼女は無線を手に取り自ら応答する。


「えぇ。おっしゃるとおり、私は当艦艦長、リータ・ロカンタンです。わざわざ私のことを気にしておられますが、何かご用でしょうか」

『あぁ! よかった!』


 ホッと胸を撫で下ろすような声のあと。

 続いたのは男性の声ではなかった。


 若い女性で、非常に聞き覚えのある声。



『よかった……。こちらは、私はケイです。ケイ・アレッサンドラ・バーナード』






 シャトルを受け入れ、ドックへ迎えにいったリータが艦長室へ連れてきたのは。


「あれ? お姉、ちゃん?」

「ケイ!」


 本当に、ケイ・アレッサンドラ・バーナードその人だった。

 ドレスではなく、年末の街でのお忍びスタイルからサングラスを引いた格好。

 それだけではなく、



「シルビアさんですって!?」



「クロエ!」


 元のゲームの主人公、などということはどうでもいい。

 皇国で和解と友情を結んだ、クロエ・マリア・エリーザベト・シーガーもいる。

 こちらはいつかのお忍びとは違うが、やはり簡素で庶民が着るような服。

 まさに着のみ着まま、いや、高貴な身分の彼女たちからすれば。

 慌てて逃げ出して、その先々でこんなのしか調達できなかった、というような。

 その時の勢いかのように、


「おっと」

「本当に!? 本当に!? よかったぁ!!」


 シルビアに駆け寄り、飛び付いた。


「ちょっとちょっと! どうしたの!?」

「どうしたのはこっちのセリフだよ! お姉ちゃん、同盟に、それで、戦死したって……!」


 答えたのはケイの震える声。


「あ、あー」


 そういえば閣下たち、本国には報告していなかったのである。

 他人事みたいなリアクションをしていると、彼女はゆっくりと抱き付く。


「あぁ、うん。よしよし」

「よかった! シルビアさんが生きていて! ここで会えて! これこそ天のたすけです! 本当に! よかっ、た……!」


 クロエが顔を擦り付けるように首を振る。

 なんにせよ、ここまで思ってくれるのはありがたいことである。

 二人の頭を撫でてやっていると、


「あ、あのー」


 次に入室したのは。

 そう、ショーンの演説どおりなら、いるはずの人物。

 一転。学校制服のようなデザインながら、見ただけで一流ブランドと分かる素材で身を包む、


「し、シルビア姉上がいらっしゃるのですか?」


 クリームイエローの手触りよさそうな癖っ毛。

 人を睨むという機能が備わっていなさそうな、優しい表情筋のライン。

 何より、リータが隣にいるので誤魔化されるが、年頃の男子には小柄な、



「ご無沙汰しております、姉上」



 うやうやしく、やや硬く頭を下げる少年。

 第六皇子ノーマン・ライアン・バーナードである。


「久しぶりね」


 真面目なあいさつに、彼女も二人を放して応える。


 本当は初めましてなんだけどね。


『梓』からすれば、直接会ったことはない。

 一応元のゲームで『攻略対象にいるのは知っている』程度。ショタ枠に興味がない(ロリコンのくせに)彼女、ルートに入ったことはない。


 だからなんの含みもなく。

『正月にしか会わない親族』くらいの距離感で返したが(正月も合わなかったが)。


「あっ、はい。こちらからお伺いすべきところを、申し訳ありませんでした!」


 逃げるように一歩退がる。


 あぁ、そういえばこの子。


 彼女もあまり細かいことは知らないが、共通ルートで多少見知ったかぎりでは。

 気弱。なおかつ『悪役令嬢』として名を馳せたシルビアを怖がっている。

 そんな要素があった気がする。

 だからといって、ケイの後ろに隠れようとするのはどうかと思うが。

 まぁ、母親が違うなりに姉なので、クロエに隠れるよりマシか。

 リータに隠れたら逆さ吊りである。


 中身別人になったのに結局、「そんなんだから怖がられる」な思考のシルビアだが、


「大丈夫大丈夫。お姉ちゃんは浄化されたし艦長さんは大親友。私たちの味方だよ。助けてくれる」

「ね、姉さま」


 ケイがフォロー。後ろ手にノーマンの背中をポンポン叩いてやる。


「浄化って何よ」

「ひっ」

「シルビアさん!」


 少しジョークめかして空気が柔らかくなったが。


 残念ながら、いつまでもそうしてもいられない。


「ところでケイ」

「何?」

「『助けてくれる』ってことだけど」


 このデリケートな情勢、重要なことを聞かねばならないのだ。



「あなたたちが『皇帝陛下を暗殺した』と聞いているわ。いったいどういうことなの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る