第70話 この戦争の全て

 広大なる宇宙、カンデリフェラ星域。



 戦艦『私を昂らせてレミーマーチン』艦橋内。


「陛下は休み明けにでも奇襲してほしそうだったけど。まぁどんなに急いでも今日ぐらいだわな」

「一生始まらなければよかったのに……」

「でも始まるぅ! からにはキャンディ係でも、容赦なく命を懸けてもらおう」






 2324年1月21日



 戦艦『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。


「あぁー、腹いっぱいだぁ。でもこれからガリガリやるって時に、ハンバーガー4つにポテトは、ちょっと重いよねぇ」

「おまえが自分で頼んだんだろうが」

「逆にミチ姉はサラダとスープって、体つの? 何? ダイエット?」

「おまえなぁ!」

「あぁ、正月太り」

「食ってやろうか!」






 午後13時20分。



 戦艦『港町の眺めボルチモアビュー』艦橋内。


「中佐も大変ですな。まだお若い、なんてものじゃないのに。艦長、それも戦艦のデビュー戦が、こんな空前絶後の大戦おおいくさとは」

「本当にね。副長も、クルーの皆さんも、頼りにしています」

「ご安心ください。我々もベテランですから。それと、決してあなたのことをあなどってもいない。素晴らしいご戦果は皆、聞き及んでおります。皇国で最も若き、期待すべき才英と呼ばれる方をお迎えでき……」

「でも」

「え?」

「それは二人でのことだから」

「は、はぁ……」


「シルビアさま、皆さん、どうかご無事で。また会いましょう」






 皇国軍

 左翼 第二艦隊:1003隻

 右翼 第三艦隊:987隻

 中央 第一艦隊:1022隻



 戦艦『稼ぎ頭キルオーナー』艦橋内。


「『古えの呪いOld curse』より通信! 『当方艦隊準備よし』!」

「コズロフ閣下! 全艦隊、準備完了いたしました!」

「よし!」






 総勢3012隻。



 戦艦『陽気な集まりBANANA CLUB』艦橋内。


「準備はいいわね!? 覚悟もいいわね!? イム中尉!」

「オールグリーン!」

「J! ノーズアートバナナコンビつらが大事なら、全発けなさいよ!?」

「ウーラー!」






 対



 戦艦『一級品Brand』艦橋内。


「いつでもだねぇ。なんならここで押し返せれば、それに越したことは……ナオミちゃん何食べてるの?」

「おはぎ」

「喉詰めないでね」






『地球圏同盟』軍艦隊

 左翼 ニーマイヤー/ドゥ・オルレアン混成艦隊:928隻

 右翼 アマデーオ/カーディナル混成艦隊:920隻

 中央 ゴーギャン/ガルシア混成艦隊:940隻



 戦艦『主の庭はHeaven満ちたりfill』艦橋内。


「提督! 正面艦隊、識別コード『私を昂らせてレミーマーチン』の反応あり! 『半笑い』です!」

「ジャンカルラが、悔しがることでしょう」

「は?」

「こちらの話です」

「閣下におかれましては、『魔女狩り』ですかな」

「……口から入るものが体をはぐくみ、出るものが精神を容作かたちづくります。よき人と思うなら、どうか言葉を大切に」

「失礼いたしました」


「主よ、これが御心みこころによって科される試練とおっしゃるのであれば。どうか同盟も皇国もなく、ただ立ち向かう子らに愛と祝福を」






 総勢2788隻。



 戦艦『戦禍の娘カイゼルメイデン』艦橋内。


『カーディナル提督。正面はどうやら、エポナ艦隊中心のようだな』

「そのようで。敵将はバーンズワース、高練度の麾下による、高火力の押し付け。シンプルゆえに、一定数カットできない損害が出るでしょう」

『君と同じ土俵の相手だな! オレはもうロートルだからな! 若者に期待しよう!』

「何をおっしゃいますやら、アマデーオ閣下。正月に年代モノのキャンティを飲んだところではありませんか」

『はっはっはっ! そうだな! ワインに馬鹿にされないよう、がんばらないとな!』

「ではまたのちほど。次は年代モノのスコッチを」


「提督。正面の連中、シルヴァヌスではないようですね」

「そのようだね」

「惜しかったですな」

「いやなに。アンヌ=マリーの言葉でも借りれば、『御心』とか『おぼし召し』とか」

「つまり?」

「僕もやつも、必要ならまたどこかで巡り合うってことさ!」






 ここに、後世の歴史家たちがバーナード朝時代をして、


『戦史なる学問として、より興味深く意義深いものは他にもあることだろう』

『しかし、時代が描いたある種の芸術として』



『これ以上に役者が揃ったスペースオペラは、やはり存在しないだろう』



 と言わしめる、






「艦隊傾注! 私は皇国軍連合宇宙艦隊総司令、イワン・ヴァシリ・コズロフである! 見てのとおり、敵艦隊は雲霞くもかすみのごとき大軍である! そのうえ、各指揮官は同盟の中でもりすぐられたエース・オブ・エース!」


稼ぎ頭キルオーナー』艦橋。

 コズロフは立ち上がり、拳を振って檄を飛ばす。


「が! それはこちらも同様! 元帥を始めとして、皇国が誇る銀河の英雄たちが結集した大艦隊である! その両者が、宇宙最強とも言えよう要塞を巡って争う!」


 バーンズワースが、カーチャが、リータが、各艦長が、

 シルビアが。

 あるいは席に座って、あるいは立ち上がって。

 しかし皆一様に、腕を組み、敵を睨みながら、言葉を耳に染み込ませる。



「つまり! ここにこの戦争の全てがある! この戦いの勝敗が、皇国と同盟の運命を占うのだ!」



 彼自身、人生でこれほど、自らの言葉に震えることがあっただろうか。



「勝利せよ! 繰り返す、勝利せよ!! それだけである! それ以外には何もない! それが全てだ!!」



 艦橋内に熱狂の声が溢れようとも、もう彼にも誰にも聞こえてはいない。

 振られていた拳が開かれ、大きく前方へ賽を投げる。



「艦隊! 攻撃を開始せよ!!」



「第二艦隊、突撃開始!! 各艦隊はエポナ方面派遣艦隊に続け!」



「さぁ、仕掛けるよ!! 全艦戦闘開始アタック!!」



「皆さん、お願いします!」



「総員! 死力を尽くして、生き残るわよ!!」






「おいでなすったよ。お手並み拝見といこうじゃないの!」



「おまえら! 気持ちで押されんじゃねぇぞ!!」



「艦隊、衝撃に備えろ! 反撃の準備も怠るな!」



「主と戦士たちと同盟の精神に、栄光Gloriaのあらんことを! Alléluiaアレルヤ!」



「みんなの力を、貸してもらうぞぉ!」



「来るぞ! 備えろ!! 大丈夫! そうとも! 僕らは勝つともさ!!」






 宇宙を染め上げる緑の閃光。


『カンデリフェラ星域・独立要塞ステラステラ攻防戦』

 通称



『サルガッソー攻防戦』の火蓋が、切って落とされた。

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