第69話 『地球圏同盟』軍の場合

 しくも同時刻。


「じゃあ、編成と大まかな動きを話しておこうかな」


『独立要塞ステラステラ』の会議室。

 円卓に上座は『ある』とも『ない』とも言われるが。

 明らかに皆が認めるだろう中心、ゴーギャンは世間話のように切り出す。

 態度も頬杖に緩い声。果たして戦争する気などあるのだろうか。


「敵の行軍の様子だけどね? 情報によると、艦隊が大体三つに分けられてる。おそらく横に展開するか三段構えかの、どっちかを採用してくると思う」

「わざわざ元帥を三人とも召集したのだ。おそらく横並びで贅沢に、同時に押し出してくるだろう」


 ニーマイヤーの見識に、彼もニヤリと笑う。


「僕もそう思う。というわけでここは、気をてらわずミラーで構えようかと」

「いんじゃないっスかね」


 相槌を打ったのはガルシアだが、他の提督たちも頷く。特に異論はないようだ。


「よし。じゃあオーダーだけどね。左翼、ニーマイヤー提督、アンヌ=マリーちゃん」

「了解した」

「主のご加護があらんことを」


 さすがに相手への敬意か、名前を呼ぶ時はそれなりに背筋を正す総司令官。

 シニモストヮルガは腕組み頷き、トリコロールはロザリオに口付け。


「僕も今から心入れ替えたら加護ってもらえる? 次。右翼、アマデーオ提督、カーディナル提督」

「頼りにしているぞ!」

「任せてください」


 ジャンカルラの言葉に大きさや派手な抑揚はない。

 が、実は高温の鉄鍋のように。

 内側にとんでもない熱量が秘められているのが分かる。


「おー、怖。中央は僕と一緒に、ガルシア提督に受け持ってもらおうかな」

「ウッス」


 今回の相棒ともしっかり目を合わせると。

 ゴーギャンは全体へ言い含めるように、軽く身を乗り出す。


「我々は防衛戦を張って待ち受ける側だけど、何も捨てがまりしてまで堪える必要はない。前線を維持できない場合には、素直に僕へ連絡すること。僕から撤退の号令が出たらみんな、可及的速やかに退くこと。いいね?」

「「「「「はっ!」」」」」

「野戦なんて前座に過ぎない。我々の本領はあくまで『庭』だからね」


 ダメ押し(になると本人は思っている)のウインクを飛ばすと、彼は席をたった。


「じゃあ今回はここまで。解散。なんか気になることあったら、デスクに電話して。出なかったら……喫煙所でも探してね」

「いやいやいや、捜索範囲広すぎっスよ」

「おまえなぁ、どれだけ巨大な要塞だと思ってるんだ」

「悪いが放送で呼び出させていただく」

「10分で来なさい」

「10って、どんだけ広い要塞だと思ってるの……」


 ボコボコのブーイングを浴びながらも、喫煙者代表堂々と退出す。

 執務室にヤニをつけないだけまだマシかもしれない。長い前任者たちの歴史のなかで手遅れとは思うが。


 とにかく議長退出ということで、各提督も解散。

 ブーイングラッシュに参加しなかったジャンカルラ。その分のエネルギーを持て余すよう、早歩きで会議室をあとにした。






「ジャンカルラ!」


 廊下で呼び止められた彼女が振り向くと、


「どうしたんだい、アンヌ=マリー」


 トリコロールのジャケットにマフラーの、目立つ女性が立っている。


「いえ、なんというか」


 呼び止めておきながら、彼女は少し眉をしかめて目を逸らした。


「はっきりしないやつは死ぬぞぉ?」

「あぁ、よかった」

「は?」


 死ぬと言われて『よかった』は、殉教者極めすぎじゃないか?


 今度はジャンカルラの眉根が寄る番だったが。

 そういう意図ではないらしい。聖女さまは薄く微笑んだ。

 表情筋が派手に変化しないのが、まさにそれっぽいと彼女は思う。


「いえ。普段のあなたはそういう軽口を好む、もっと陽気な方でしたから」

「あぁ。会議中黙ってたから、気になった?」

「少し」


 二人は並んで歩きはじめる。


 気遣いができるのも聖女、いや、もはや聖母サマだな。さすがクリスチャン。


 そう思う一方で。

 個性的に弄った髪型。

 細かい仕草もハイティーンの女子そのもの。

 表情筋と違って、感情自体は豊かな19才。


 なんで軍人なんかやってんだろうな。投稿サイトで『踊ってみた』でもしてる頃じゃないか。


 ジャンカルラには時々、世界というものが分からなくなる。


「それと」

「それと?」

「私の知っているあなたは……勇猛果敢ではありましたが、好戦的ではなかった」

「今日の会議じゃ、戦争を楽しんでそうだった、って?」

「そうではありません。ただ」


 一つ分かるのは。目の前の少女がどうしたって少女で、心優しい人ということだけ。


「非常に前向きな闘志を感じました」

「前向き、か」

「どういった心境の変化なのですか? いえ、意識的なものではないのかもしれませんが」

「そうさなぁ」


 ジャンカルラの脳裏をよぎるのは、あの日の光景。


「戦いたい……戦うべき相手がいるんだ」

かたきですか?」

「いや、違う」


 ついこのまえの、皇国軍シルヴァヌス艦隊との一大決戦。


「僕が勇猛果敢と言ってもらえるほど戦うのは。きっと一番は、部下に少しでも満足して死んでもらうためだ。好戦的ではなかったのは、戦えば部下を死なせてしまうからだ」


 アンヌ=マリーは相槌を打たない。ただグレーの瞳で、じっと見つめている。


「僕は『戦うことは死なせること』だと思ってた。だから、このまえの戦闘では率先して前に出て。ともに地獄へ命を賭けようとしていた。だけどね」


 ジャンカルラはそのグレーの向こうに。

 暗い宇宙を突っ切ってくる、巡洋艦の装甲の色を見た。

 どんどん迫ってくる艦橋。体当たりするんじゃないかというような勢い。


 あぁ、赤毛のあいつが見える。



「いたんだ。必死に戦うことで味方の命を救う。死に行く部下の命を背負うんじゃなくて、手を繋いで生かし合う。そんなやつがさ」



 彼女が相手の瞳に、あの日の光景を思い出しているように。


「それは、素晴らしいことですね」


 アンヌ=マリーも相手の瞳に、あの日の彼女の感動を共有していた。

 噛み締めるようにグレーが閉じられると、提督も今この時に帰投なされる。


「だから僕は、もう一度あいつと戦って。確かめたい。あの日の感覚を。そして、打ち勝つことでそれを越える」

「私もなんだか、体が熱くなってきました」


 聖女が受け取った熱をしまい込むよう胸へ手を添えると、


「じゃあそのマフラー外したら? 年中着けちゃってさ」

「毎回言ってますよね? 分かってて言ってますよね?」

「おかげで僕が、偽物と入れ替わってないって分かるだろ?」

「なんですか、その想定は。では私の返事も同じです。外しません。本物のアンヌ=マリー・ドゥ・オルレアンでしょう?」

d'Orléansドルレアンだろ?」

「それは『ジャンカルラかGiancarlaジアンカルラか』みたいな話です」


 ようやく空気は若き女性二人の会話となった。


「でもやっぱり、詰襟のシャツにするとか、ハイネックのインナー着るとか」

「だからぁ。喉元締まるのは嫌いなんですって」






 その頃、ジャンカルラの闘志の源は。


「ねぇリータ! 見て! これ、バナナーノっていうんだけど!」

「だっさ」


 のんきに数日ぶりのマイ・ラブ・ロリータと食堂でイチャイチャしていた。

 エポナの制服でシルヴァヌスの制服と。元帥たちの配慮台なしである。



 そんな闘志ある者にも、腑抜けた者にも。

 平等に決戦の時は迫る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る