第68話 皇国軍の場合

 2324年1月18日。皇国軍カンデリフェラ星域最前線、惑星ルーキーナ。

 そのドックにシルビアはいる。


 自身の乗艦となる『陽気な集まりBANANA CLUB』が昨晩現地に到着。

 諸々の作業が終わり(とリータが起こしてくれないので最近寝坊するため)、正午に検分となった。

 のだが。


「『陽気な集まりBANANA CLUB』は」

「あれ、よね……?」

「よくお分かりに、いや、嫌でも分かるよな」


 カークランドが案内するドック内、立ち並ぶ巨大戦艦たち。同型艦などは番号を知らないと、パッと見では分からないものだが。



 一隻だけ、側面に大きなバナナキャラのピンナップが描かれている。



「Jの力作よ」

「へ、へぇ」


 ちょうど現代日本にいた頃やっていた、キウイのCMのキャラにそっくり。

 この時代では大昔の俳優アラン・ドロンを知っていたりと、芸術方面に造詣が深いのは結構だが、


「いいの? あれ」

「元帥閣下は『いいんじゃない?』っつってたぜ? 許可出す時も、仕上がりにも」


 胸を張るロッホ。しかしシルビアには、バーンズワースが何も考えていないようにしか思えない。

 もしイルミの誕生日を知る機会があったら、プレゼントは薬にしよう。半分は優しさでできてるやつ。あれなら頭痛に効くし、胃にもよい。

 そんなことを思うシルビアであった。


「あいつらは右がバナナーノで左がバナナーナ。ナーノがオスで、ナーナがメスだ」


 しかしイルミの頭痛などどこ吹く風と、バナナトークは止まらない。

 確かに言われてみれば。向かって左のバナナには、小さいピンクのリボンが付いている。


 ていうか、男女じゃなくてオスメス扱いなのね。


 思ったより産みの親に愛されてないかもしれないバナナ族。

 なんかかわいそうに思えてきたので、シルビアも深掘りしてやることに。


「二人は夫婦や恋人なのかしら? それとも兄妹?」

「中学の時に付き合ってたんだが、別れちまってな。別々の高校に行ったんだが、大学のサークルでまたバッタリ」

「あ、そ、な……、複雑なのね……」


 なんだかロクでもない設定ばかり発掘されそう。聞いておいてなんだが、話を切り上げたくなったところに、


「まぁ、とにかく艦を案内しますよ、艦長」

「と言っても。食堂にグッズ販促コーナーがある以外は、普通の『戦いの旗Jolly Roger』級なんだけどね」

「えぇ……。売れるの?」

「囚人の刑務作業の一環で作られてるから、売れるとかは関係ありませんぞ」

「ま、今後売っていくためにも! 是非とも艦長にはキャラクターを理解してもらおうかねぇ!」


 むしろ教育されるようだ。






 シルビアが『バナナーノとバナナーナの換気扇掃除』なる絵本を読まされている頃。


 午後13時ちょうど。ルーキーナ基地司令本部、作戦会議室。

 議長席に腰を下ろしたコズロフは、静かだがよく通る声で切り出す。


「それではこれより、作戦内容を発表する」


 刑事ドラマの捜査会議と同じ配置。彼と向かい合う形で席に着く指揮官たちに緊張が走る。

 本来なら同格のバーンズワースとカーチャも、コズロフの左右ではなくこちら側。

 完全に指揮系統が一本化されることを表している。


「まず艦隊配置だが。第一艦隊を中核に、バーンズワース第二艦隊が左翼」

「はっ」

「セナ第三艦隊が右翼」

「承知しました」

「各艦隊がどの元帥麾下に入るかは、事前に送信したデータのとおりである。左翼、右翼内での配置は両元帥に一任する。続いて基本的な動きのプランだが」


 副官が端末を操作し、コズロフの背後のモニターに映像を映す。


 そこにはステラステラ要塞と、次々に入港する艦隊。


「おぉ」

「これは」

「当然、同盟方もこちらの動きは察知しているようだ。続々戦力を結集している。『酔いどれ』だけでも手強いのに、『赤鬼』や『城壁』も確認されている」


 強調するように戦艦が一隻、アップで映される。


「これだけの戦力、籠城するには過剰戦力だ。おそらく連中、初手は打って出てくるぞ」


 瞬間、彼は噴火するように立ち上がる。先ほどは一段だった声量も、数段飛ばし。



「敵の要塞が堅固である以上! 野戦で徹底的に叩く! さすれば敵の士気は萎え果て、過酷な籠城戦も継続できなくなるだろう! 我々の勝機はここである! 防衛側の利点など活かさせはしない!」



 腕を振り、ボルテージを上げる総司令官。

 対面の戦士たちも、口は挟まないが熱を帯びる。



「正面衝突だ! 小細工はろうさん! 一分いちぶの言い訳の隙もなく、ただ純粋に力の差で叩き伏せる! やつらの全てを粉砕するのだ!」



 思うままに叫び尽くしたコズロフは、ピタリと数秒動きを止める。

 余韻を噛み締めているようにも見えるが、そんな自己満足ではない。

 気持ちを切り替えているのだ。

 やがて彼は席に腰を下ろすと、おごそかで落ち着きある語り口に戻る。


「と、ぶち上げたところで。我々には一つ、懸念点がある」


 またも映像が切り替わる。ステラステラの遠景、といったところか。

 周囲には大量の小惑星が浮かんでいる。

 と思いきや。

 画像の一部が拡大されていくと、その正体は、


「『サルガッソー』……」


 誰ともなく呟く。


 小惑星と思われていたのは、大量の艦だった。


 どれもこれも、ある程度原型を留めてはいるがボロボロ。おそらく傷付き放棄されたものだろう。


「そう、『サルガッソー』。チナワット元帥(※戦死による特進)が、最後に残したメッセージ。おそらくはこれのことだろう」


 コズロフも振り返り、背後のモニターを見つめる。


「轟沈した敵味方の艦。その残骸を引力発生装置などで引き止め、擬似的な小惑星ベルトを形成したと見られる。では何故、小惑星そのものを使用しなかったのか」


 ここで総司令官は視線を前へ戻す。

 今から話すことが一番重要だ、と印象付けるように。


「おそらく、撤退戦となった場合に。このジャングルで敵艦隊を撹乱するためだろう。一瞬の判断が問われる戦場において、誤認や見間違いを誘発するのは有効だからな。これがまた、『追撃しにくくなる』程度の話であればまだいいが」


 一拍置いて、目を閉じ、鼻からスーッと深く空気を吸い込むコズロフ。

 散った英雄であり戦友である男に、思いを馳せているのだろう。


「カンデリフェラ艦隊が一網打尽となったことをかんがみるに。おそらくは、ただでさえ狭く身動きが取れない状況で。敵艦隊が反撃に転じ、ゲリラ戦を受けたのだろう。そのまま混乱もあって、逃げることも対処することもできずに」


 先ほどのように声を上げたりはしないが。

 続く言葉には、秘められた重い闘志がある。


「各司令官については。モニターの映像や電子レーダーではなく、熱源レーダーを注視すること。これならば一目で残骸か稼働している艦か判断できる。また、これを麾下艦隊の艦長各位にも徹底させること。よろしくお願いしたい」


 言い終えると彼は一つ深呼吸し、


「以上。解散」


 席を立った。

 総員敬礼して見送るなか、バーンズワースはボソッと呟いた。


「カーチャ。君はどう見る?」


 対する彼女は、いつもの半笑いを浮かべながら、


「『おそらく』が多いな」


 首を右に傾けた。

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