第67話 BANANA CLUBへようこそ!

「それじゃあリータ」

「はい」

「また、会う、日ま……!」

「泣いちゃ嫌ですよ? だって、すぐにまた会えるようになるって、決めてるんですから」


 2324年1月10日。ついに皇国軍連合艦隊は、カンデリフェラ星域を目指して進発することとなった。

 その出撃前夜、午前2時。人気ひとけの少ないドックにシルビアたちはいる。


「申し訳ないけど、あんまり別れの姿を晒してると意味なくなっちゃうよ。おいで」


 バーンズワースに急かされ、彼女も文字どおり泣く泣くリータへ背を向ける。

 おのが半身、二人で一人と。常に共にいて、苦境を乗り越え、気持ちを、昼夜ひるよるなく時間を共有した。

 出会って半年も経っていなかろうと、そこには身を千切られるような、否。


 シルビアがこの世界で過ごしたほぼ全てに、リータという愛と支えがあった。

 千切られるどころか、全てを奪い取られる苦しみが降り掛かる。


「シルビアさまっ!」


 別れが決まってからの日々で初めて。

 初めて少女が声を上げた。


「ぅぐっ!」


 思わず振り返りそうになるのを、背中を丸めて必死に堪える。


「ほら、もう行かなきゃ」


 シロナの涙声とともに遠ざかる気配を背中で感じながら、


「ほら、あまり人に泣き顔を見られるものじゃないぞ」


 シルビアはイルミにマントでくるまれて、『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』へ乗り込んだ。


 言葉の代わりに、抱き合う代わりに。

 二人の零した涙の粒だけが、無重力の中で混ざり合った。



 両者を見送り、場に残ったのは元帥二人。

 カーチャは睨み付けるほどの眼光で、バーンズワースを見据える。


「閣下。バーナードちゃんを、頼みますよ」

「元は僕が君に『頼むよ』って託した立場だったけど」


 彼は背筋を伸ばし、敬礼をする。


「彼女を愛してくれてありがとう。応えられるように、僕もがんばる所存です」


 カーチャも当礼し、二人はしばし無言で視線を交わすと。

 やがてマントを翻し、お互い自身の責務へ向かって別れていった。






 翌日。午前9時ちょうど。


「皇国宇宙軍連合艦隊、旗艦『稼ぎ頭Kill owner』、発進!」



「コズロフ閣下が出たか。予定どおりだね」


 今次決戦の総司令を任されたるコズロフ元帥。

 味方の指揮を上げるためか、異例の指揮官先発をとる。


 それを見送るカピトリヌス軌道エレベータドック内。

 第二艦隊旗艦、『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内。


「ミッチェル少将、僕らの出発は?」

「はっ。第一艦隊出発が完了次第、となっておりますが。主力は現地集合。現状は少数なので、10分もかからないでしょう」

「いいだろう。じゃあ少し、この場を任せるよ。すぐ戻る」

「はっ!」


 イルミに敬礼で見送られ、バーンズワースはタブレット片手に艦橋をあとに。

 しばらくはコツコツと軍靴を鳴らしていたが、エレベータで下のフロアへ降りると。

 一歩出た瞬間、体がふわりと浮く。

 同じ廊下でも、フロアによって重力の有無がある。特にフロア同士を繋ぐ区間などは、細かい作業もしないので節約されがち。

 また、なるだけ移動は素早い方がいいのが軍隊の常。無重力ならこのとおり。

 高速移動用の、ベルトコンベアーのように動く手すり。シャーッとすっ飛ばす彼が着いたのは。



 士官の居住フロア。

 艦橋に近くて便利。その代わり、風呂や食堂などの生活フロアからは微妙に遠くて不便。

 その一室をバーンズワースはノックする。


「僕だ。バーンズワース。ちょっと渡すものがあってね」

『はい』


 艦長にして元帥閣下。そんな彼が直々に荷物を届ける。

 そうまでして隠されている部屋の主とは。


「渡すもの、とは」


 ドアを開けたのは言うまでもなく、絶賛雲隠れ中のシルビアである。


「花束とかロマンティックなものではないんだけどね。ちょっと待ってね」

「はい」


 バーンズワースは何やらタブレットを操作すると、


「君が向こうで指揮するふねの情報だ。確認しといてね」

「了解しました」


 タブレットを渡してくる。


「じゃ、僕は忙しいから。もう行くね」


 そのまま彼は、シルビアが内容を確認するのも見届けず立ち去る。

 それを敬礼で見送りつつ、


 別に私も、ずっとこの艦で匿われるわけじゃないのね。

 まぁ、艦長経験のないリータが駆り出されるくらいだし。私だけ引っ込んでるわけにもいかないか。


 と、ぼんやり考えていると、



『バーナード少尉!』



「えっ?」


 不意に、タブレットから声が。

 しかもなんだか、聞き覚えがあるような、ないような。

 思わず画面へ目を向けると、


『いや、今は大尉だったか?』

「あなたは!」


 見覚えのある、爽やか好青年。

 だが少し、軍務で深みのある顔立ちになったか。



「カークランド少尉!」



『おいおい、オレも今や少佐なんだぜ?』


 シルビアの大きな第一歩となった、イベリアでの新任士官訓練航海。

 あの修羅場をともに潜り抜けた男、ジーノ・カークランドが映っている。

 どうやら通話が繋がっているらしい。


「生きていたのね!」

『出だしがヤバかったからって、そんな死んでるのが既定路線みたいな』


『それより、大尉じゃなくて大佐。このまえ昇進したって聞いたでしょ』

『なんでオメェより階級下のが艦長に来るんだよ』


 唐突に割り込む声がする。同時に画面に現れたのは、


「イム! J! ……少佐?」

『残念ながら中尉よ。二人とも』

『数ヶ月で昇進しただけでもエリートなんだぜ?』


 切れ長目元のアジアンビューティー。

 かがまないとたくましい胸筋までしか映らないアフリカン。

 どちらもあの修羅場を生き残った仲間。

 イム・エレとドノヴァン・J・ロッホである。


 付き合いなんて一瞬だったが、あまりの懐かしい顔ぶれ。

 意識が過去と戯れそうになったシルビアへ、


『事情は聞いてる』

「えっ?」


 意外な言葉が、カークランドから飛んでくる。


『おまえ、いや、大佐殿がどのような状況にあられるのか、元帥閣下より聞き及んでおります』

『大佐は私たちの命を救ってくださったお方です。ロカンタン先任副官ほどお力になれるかは分かりませんが、精いっぱいお守りいたします』

「あなたたち……!」


 笑顔で敬礼する旧知の仲間たち。

 正直命の危険に巻き込んだのは自分でもあるので、後ろめたさはあるが。

 それでも今は素直に、


「ありがとう……!」


 リータと離れ離れになった心細さに、優しさが差し伸べられる。


『ま、オレたちの艦『陽気な集まりBANANA CLUB』にようこそ、ってこった』

『ちょっとあんた、上官に口の利き方!』

「あのねぇ」


 思わず涙が零れそうになったシルビアだが、


「もうちょっとネーミングセンス、なんとかならなかったの?」


 ロッホのおかげで、笑顔に変えられた。

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