第66話 戦争には敵がいる
博物館のように広い、しかしまったく飾り気のない廊下。
コツコツと軍靴の音が響く。二人分か。
「ここはどこも照明が眩しすぎるんだよねぇ。ダメだよぉ、節電しなきゃさぁ」
低くワイルドな中年の色気、といった声。
が、背後に控える若い女性は応えない。存外雑な扱いである。
と、
「ここだね」
彼が足を止めたのは『大会議室』。
「ナオミちゃん、こっちでいいんだよね? ホールじゃなくて」
「演説でもするつもりですか?」
「したくないから聞いてるんだよ」
彼が両開きの扉を開くと。
そこには円卓が用意され、複数人の男女が座に着いている。
室内へ踏み込んだ彼は、両腕を広げて客を迎える。
「やぁ諸提督方。ステラステラ要塞へようこそ!」
そう。ここは同盟領カンデリフェラ星域最前線。
『独立要塞ステラステラ』の会議室。
先に詰めていた提督たちが一斉に立ち上がり敬礼。
それをドイツ国旗のような配色の軍服で一身に受ける、不惑を過ぎた彼こそ。
当要塞の守将にして当方面軍提督
『酔いどれおじさん』シャーロック・ゴーギャンである。
「みんな当番したことはあるから知ってると思うけど。相変わらずお客さん呼べるような感じじゃなくてゴメンね?」
軽い当礼に軽口を乗せると、
「いや、誰も気にしねっスよ、そんなこと」
「はははは! むしろゴーギャンのことだ。勝手にリフォームして軍法会議になってはいないかと!」
プエルトリカンの青年、イーロイ・ガルシア。
ゴーギャンと同世代の中年、ジョシュ・アマデーオ。
両名が気さくに返してくれた。
「え〜? オシャレは大事だよぉ? ナチス・ドイツの頃からやってたことさ」
笑いながら席に着くと、他の提督たちも腰を下ろす。
本来提督に階級としての上下はない。あるとすれば長幼の序くらいのものだが。
彼に向けられているのは、それ以上の敬意。いや、厳密には『自分たちとは役者が違う』という、ともすれば逆差別の領域。
それに優越感を感じるゴーギャンではないが、いちいち止めるほどマメでもない。
「さて。諸提督方に『正月休みのバカンスはコチラ』と指定したのは他でもない」
もちろん誰もバカンス気分などではない。
赤と黒、黄と白、シニモストヮルガ、トリコロール、トリコローレ。
各人バラバラで、色味が派手なものもあるが、皆きっちりと軍装を整えている。
なんなら彼だけが、シャツをパイナップルのアロハにしている。ジャケットも羽織る程度。
が、これはバカンス気分とかではなく、
彼のファッションセンスは置いておいて。
何より、円卓の中央で混ざり合う緊張感と闘志。
目には見えないそれを。ゴーギャンはもみあげと繋がる、あごの無精髭を撫でつつ
うーん、いいね。純粋な当たり負けは、しないんじゃないの?
心の内で称賛するのだった。
「ナオミちゃん、あとはよろしく」
「はぁ?」
「そこは『はっ!』じゃない?」
グレーのポニーテールが、それこそ不機嫌な馬じみた首振りで揺れる。
副官として、彼への敬意以外全てを備えた女、ナオミ・ビゼー大佐。
後ろに控えていた彼女は、そのまま壁際まで退がる。
そこには大きなモニターがあり、彼女の操作で映像が映し出される。
「おぉ」
「こいつぁ」
「皇国軍のドックか」
「艦隊の出撃準備、でしょうか」
提督たちが口々に呟くなか、ナオミは手元の資料をめくる。
この落ち着き。シロナとそう歳が変わらないと知ったら、カーチャは涙を流すだろう。
「工作員がキャッチした情報によると、映像のとおり。皇国軍は休戦期間明けとともに、昨年のリヴェンジに来るものと思われます」
「その目標がステラステラである、と」
トリコロールのジャケット。室内なのにマフラー。
若い女性提督、アンヌ=マリー・ドゥ・オルレアン。
『若い』の度合いも、まだ大学でゼミ選びでもしていそうなほど。マフラーもクリーム地に赤と緑のタータンチェックと愛らしい。
「はい、閣下」
「けどよ」
彼女が問い、ナオミが答え、ガルシアが話を繋ぐ。
こちらは浅黒い肌に朱色のアップバング。赤と黒のジャケットがよく似合う。
「こう言っちゃなんだが、ゴーギャン閣下だぜ? 騒ぐことか?」
「お褒めに
「こちらをご覧ください」
彼が視線をスクリーンへ戻すと、映像が切り替わる。
被写体が物資を積み込む軍艦から、作業を指揮する個人へ。
「コズロフだな。手強いぞ」
いかにも中堅の年齢だが、働き盛りというには目が死んでいる。
画面がまた切り替わり、別の人物に。
「堅物イルミじゃないか。奥に見えるのは『
「肝心のバーンズワースはいないようだが」
「どうせサボりでしょう。実際はいると見て間違いありません」
アマデーオがスクリーンを覗き込むように動くと、白髪が揺れる。
総白髪になる歳ではないが、何故か染めるのとは逆転の発想をしてしまった。
まぁ、黒髪のままでは黄と白のジャケットにうるさいので英断だろう。
それに比して、やや手厳しいコメントのアンヌ=マリー。
こちらは白髪どころか亜麻色のtête blonde。髪型も横髪を細い三つ編みにしたり、後ろ髪は耳の後ろでシニヨンにしたり。
「ちゅうかよ、これってまさかよ」
ガルシアの呟きに、ナオミも頷く。
おそらく満座の提督全員が同じことを思ったことだろう。
「そのまさかです」
映像が切り替えられる。
そこに映っているのは、無重力をシューッと飛んでいく、
「『
「まさか、こいつら全員来るってんじゃ……」
「そのまさかなんだよねぇ」
うさんくさい目付き。黒髪オールバックは、左右に毛束を垂らしてはいるが乱れなし。口笛でも吹くような口元。
ゴーギャンも態度は余裕そうだが、
「敵さん、質は皇国軍の最大値、量は一大連合艦隊。ね? 君たちの助けが必要でしょ?」
話す内容は深刻である。
彼が表に出さない分、他の提督に緊張が満ちる。
と、その時。
スクリーンではカーチャの映像がそのまま続き、彼女は誰かと会話を始めた。
瞬間、
ガタッと席を鳴らした者がいる。
今まで一言も発していなかった、トリコローレの提督である。
その人物の目が釘付けになっているのは、スクリーンに映る
赤毛で長いポニーテールの女性士官。
「シルビア・バーナード……!」
「どうしたのですか?」
隣に座っているアンヌ=マリーは困惑気味。
何せ、満座の提督たちが冷や汗をかかざるを得ない状況で、
ただ一人、興奮気味に笑みを浮かべ、腕を組んで仁王立ちなのだから。
そう。重い空気を焼き尽くすように、万丈の気炎たる闘志を撒き散らすのは、
「皇国軍のリヴェンジ? 違うな」
『地球圏同盟』シルヴァヌス方面軍提督
「これは、僕のための舞台だなぁ?」
ジャンカルラ・カーディナルである。
彼女の髪は、煮えたぎる血液のように赤い。
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