サルガッソー攻防戦

第65話 無謀なるか

「それはB格納庫に運んで!」

「シルビアさま」


 ここは軌道エレベーターのその先、宇宙用軍港。要はシルビアたちがカピトリヌスへ来た時に、『私を昂らせてレミーマーチン』を乗り付けた場所。

 その屋内だが無重力になっているドック。

 先日の皇帝陛下直々の作戦発令により、にわかに忙しくなっている。


 戦艦『港町の眺めBaltimore view』の近くを浮遊し、荷物の搬入を指揮するシルビア。

 そこへ搬入口からタブレット片手に、リータがふわりと飛んでくる。まるでティンカーベル。


「どうしたの?」

「物資の積み込み、予定より大幅に遅れてます」

「みんな正月ボケね」

「クルーもボケッとしてるのが多くて。戦闘の時にはシャッキリしてくれればいいんですが」

「そこはあなたの腕の見せどころよ、


 そう、リータが艦長。

 この艦はシルビアが乗るものではない。


 二人はもうすぐ離れ離れになるのだ。

 彼女が指揮をとっているのも、どこで見ているとも限らない連中へのアピール。

 少女とこれからも一緒にいると。この艦で出撃し、今後もシルヴァヌス派遣艦隊に所属すると思わせるため。

 出撃の際はこっそり違う艦に乗り、エポナ派遣艦隊の戦列に加わる。


 あぁ、この作業が永遠に終わらなければいいのに。


「シルビアさま?」

「なんでもないわ」


 積荷が運び込まれるのを見まいとするように瞼を閉じていると、



「よぉー、やってる?」



「セナ閣下」


 こちらもお別れ迫る、カーチャとシロナが飛んでくる。

 ほんの数ヶ月の付き合いだったが。元々はバーンズワースのそばにいたいとショックがっていたシルビアだったが。


「ん? どした? まつ毛になんか付いてる?」

「いえ……」


 会話する距離まで来た閣下。

半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』と呼ばれる彼女だが。

 シルビアにはもっと、穏やかで優しい微笑みに見える。

 それだけカーチャは彼女にとって、尊敬できる上官だった。


 そんな彼女ともあと少し。

 なんなら向こうは元帥閣下、忙しい身。直接会えるのは今が最後かもしれない。

 誰ぞが見てるかも、と言った直後だが、シルビアは伝えておくことにした。


「閣下。今までありがとうございました。あなたのもとで戦えたことは、本当に光栄でした」


 対するカーチャは


「えぇ〜? 問題解決したら、また戻ってくるかもしんないんだしさぁ。そんな『もう二度と関わることはないでしょう。さらば!』みたいな」


 ヘラヘラしていたが、すぐに半笑いの口角が許す限りの真顔。

 ドックをくるりと見回す。


「うん、まぁ、だから。シルヴァヌス艦隊で、見送ってあげたかったけどね」

「はい」


 ちゃんとした。

 彼女の言葉どおり、現状ここにいるのはほぼシルヴァヌス艦隊ではない。


 これも先日の、皇帝陛下のお言葉に遡る。






「陛下、お言葉ながら。元帥揃い踏みとはおっしゃいますが」


 コズロフの向かい、バーンズワースが静かに切り出す。


「なんだ」


 陛下の声に不快そうな色があるではないが、やはり緊張が走る。誰ぞのワインに波紋が広がる。飲んでもいないのに喉が動く者もいる。

 が、言い出した当人は平気そうというか、糸目は表情が読めない。


「ここにいるのはその元帥と、わずかばかりの供回りしかいません。ここに艦隊があるわけではありませんが」

「それは近隣の方面軍からかき集めれば良かろう。禁軍を動員してもよいぞ? そうだ、ロールアウトを控えた新造艦も持っていけ」


 思わずバーンズワースが右隣のカーチャへ振り返ると。

 彼女は唇を尖らせ、首を小さく左右へ。


 無駄だぞ。


 言外にそう告げている。


 元帥の強さは本人の知勇だけでなく。

 育て上げた強壮な部下。

 自身の戦略を理解し、手足のように動く部下。

 信頼関係で結ばれた、互いに命を預けられる部下。


 そういったものに支えられていることを、軍人でない王は理解しない、と。


 彼女の動きが目についたのだろう。皇帝陛下はそちらへ話を振る。


「セナ元帥のシルヴァヌス方面派遣艦隊などは、最近大戦おおいくさがあったと聞く。ならば疲弊具合を考えればむしろ、こちらの方が助かるのではないか?」

「……御意」






 そういった事情で、人員はほぼ他所の艦隊である。

 元帥たちは自前の艦を自前の人員で動かし、カピトリヌスまで来たからいいが。

 シルビアのような相乗りで来た付き人クラスには、そんなものはない。

 そのうえ艦隊の頭数あたまかずの関係上、新造艦の艦長をやらされる。「戦闘の時も相乗りで」は許されない。


 ちなみにこの『港町の眺めボルチモアビュー』は、件のシルビアが拝領する新型艦ではない。

 あれはもっと別の星の工廠にあるので、今回は届かない。

 つまりは、この艦は違う艦隊へ送られるはずだったもので。それを横取りされ、割りを食っている誰かがいるわけで。

 迷惑な話である。


「快速ジェットで出撃までに、できるだけ人員を呼んでる人もいるけど。まぁ多くは間に合わんでしょう」


 カーチャは腕組み、鼻からため息をこぼす。

 背もたれへ身を投げ出すような動きで、ゆっくり後ろへ回転する。


「しかし、前線で合流する近隣の艦隊はいいとして。禁軍は戦場から離れて久しいナマクラでしょう? 役に立ちますか?」

「そもそも連中には連中の船があるんだぞ? そっちに乗るでしょ。新造艦に来るお手伝いさんは『久しい』どころかヴァージンだと思え」


 回転する閣下は体勢を整えない。無重力で気にならないからか、投げやりなのか。


「それで『サルガッソー』とは、死にに行けと?」

「こんな命令出されるお方が、『無理ゲーだから負けていい』とおっしゃるかね?」

「クソだわ」

「アハハ!」


 数回転ののち、シルビアとは天地が逆になったカーチャ。

 くるりと振り返って微笑んだ。


「まぁ、エポナは前線基地で艦隊が間に合うらしいしさ? 大丈夫だよ。がんばって」


 バーンズワースにも聞かされていたが、そういうことらしい。

 なのでシルビアは、艦もクルーも現地にて、ベストな状態で支給される。

 このなかで彼女だけが。


 少し力が入った肩に、そっと手が添えられる。


「私のことはご心配なく。私も閣下も、心配するには強すぎるでしょう?」

「リータ……」


 自分一人になることも。

 大切な人が、自分の守れないところで危機を迎えるのも。


 シルビアにとっては初めての脅威。

 多難な行く末を予感せずにはいられなかった。

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