第115話 やってしまいましたなぁ
『やぁ、ごきげんいか……どうした? その顔』
翌日の14時。ホテルのシルビアの部屋。
彼女はタブレットを台に置き、テレビ電話中。
画面に映るのはSt.ルーシェの総督府。その司令官室執務室。
デスクのジャンカルラの要件は、シルビアがまた暇に任せて脱走していないかの確認
だったのだが。
彼女は相手を見るなり、さっそくペースが崩れた。
それもそのはず。
彼女の左頬は真っ赤になっているのだから。
そのダメージがいまだ残っているように、シルビアはしなしなの姿。まるで乾燥ワカメ。
「ヤバいわ……私フランス系に弱いのかもしれない……」
『意味が分からないけど、とりあえず元気出せよ。詳しく聞かせてくれ』
「話すけど、内容も、私が話したことも絶対に秘密よ?」
『約束する』
「でないと私、命がないわ」
『おおぅ』
今朝、といっても昼前。ベッドの中、全裸で目覚めたシルビア。
「こ、これは」
慌てて上体をシーツで隠しつつ起こすと、テーブルが視界に入る。
ボルドーワインのボトルやらはない。
もしかしてここは、私の部屋?
実はアンヌ=マリーのタトゥーの話を聞き終えたあたりから、あまり記憶がない。
失うほど飲んだ、というよりは、何かこう、勢い任せというか。
頭を使って行動しなかった分、脳にログが残っていない感じ。
なんやかんやあったけど、なんとか部屋には戻ってこれったっぽい?
いや、だったらなんで全裸!?
意味不明!
酔って脱いだ!?
私、そんな酒癖あったの!?
と、とりあえず脱いだ服を
と周囲を見まわした彼女の目に。
少し開いているクローゼット。
その中に吊られている、フランス国旗の配色のジャケットが飛び込んでくる。
「Oh, GOD……」
瞬間シルビアは、部屋の
そうするとじわじわ、記憶も蘇ってくるような。
「おはようございます。ようやくお目覚めですか」
「はいぃ!!」
不意にリビングルームの方から主その人、アンヌ=マリーが顔を出す。
フリーズしかかっていたシルビアの脳が強制解凍。
「いつまでも寝ていたいのは分かりますが。それでは軍隊生活に戻った時苦労しますよ」
「そそそ、そうね、うへへへへへ……」
「なんですか、気持ち悪い」
コーヒーでも入っていそうなマグカップを持っている彼女は。
ブラウスにガウチョパンツと簡素な格好。
全裸ではない。
もしかしたら、もしかしたらワンチャン!
私が一人勝手に脱いでただけ!?
人としてアウトだけどギリセーフ!?
もうそう思うしかない。
とにかく沈黙しているとよくない気がしたので、話題を探したシルビアは。
彼女の首にマフラーが巻かれているのに気付く。
「あら、マフラー。替えがあったのね」
「それはもちろん。洗濯もしますし、スペアは必須です」
「柄も一緒なのね」
「ファッションではありませんから。無駄に選ぶのに迷うのも嫌なので」
「ふーん」
愛用している割りに、そっけない扱い。
となると、シルビアも昨日の今日。思うところはある。
「暑くないの?」
「暑いですよ?」
「じゃあもういらなくない? あまり見られたくないのかもしれないけど、もう私には隠すことないでしょう」
一度は全てを明け透けにしてくれるほど、信頼と友情を勝ち得たのだ。
付き合いたてのカップルが、意味もなく連絡を取り合いたがるように。
彼女も、何はなくともそれをアピールしたい。
が、
「いえ、それは」
「なんでよ」
「少し虫刺されが酷いので」
「んがっ……!」
藪蛇。
逆に事実をほぼ確定させてしまった。
マフラーで少し顔が隠れているアンヌ=マリー。
表情は読めないが、少なくとも頬が赤い様子はない。
それが純な少女に対するアレコレな罪悪感を持たせないでくれるが、
「なんですか」
冷たい。超怖い。
元より表情差分に乏しい聖女サマ。
表情以外も読めない、凍てつくプレッシャーがある。
「何か言ったらどうですか」
口元が覆われているので、動くのはマグカップの湯気ばかり。
心臓まで
緊張の極致から、とにかくライトな方向へ打破しようと考えた彼女の出した言葉は。
「じゃ、じゃあ、もっと増やしちゃおうかしら?」
瞬間、首がもげるような衝撃が襲来した。
「ていうことがあって」
『よくビンタで済んだな』
「空手黒帯がビンタで済ませてなかったら、私この場どころかこの世にもいないわ」
回想を終えたシルビアは、なんだか痛みが増してきた気がする。
『うん。うらやまけしからん、次は僕も混ぜろ、とかはいいとして』
ジャンカルラのナンパジョークも、ドン引きのあまり口調にキレがない。
『ま、出掛けられない分ストレスは溜まるだろうけど。おいたはほどほどにしとくんだぞ。テロリストより怖い』
「分かってるわよ」
『じゃ、引き続きおとなしくしといてくれ。そのうち直接視察に行くからな』
「その時は何かおもしろいお土産ちょうだいね」
どころか話を終えてしまうらしい。
さすが提督、賢明な判断である。
彼女が手が画面へ伸びてくると、逃げるように通話は切られた。
一人残されたシルビアは、
「あ、どうしたらアンヌ=マリーのご機嫌取れるか、聞くの忘れてた」
ちょうどシルビアがジャンカルラに見放された頃。
一隻のシャトルがカンデリフェラの宇宙港へ着陸した。
ここはSt.ルーシェに最も近いということもあって、星内で一番の規模である。
その入国審査場。
メガネの中年男性職員のところに、二人組の女性が現れた。
片方は少女の年齢。
片方は若い大人。
親子というには歳が近いが、姉妹というにはやや離れている印象。
詮索したいわけではないが、相手の様子を見定めるのは職業病。
誘拐、ではなさそうだが。
彼が静かに吟味していると。サングラスを掛けた年上の方がパスポートを差し出してくる。
ここで列を詰まらせてもいけない。
マズいやつなら空港警察がキャッチするだろう。
彼はさっさと職務に取り掛かることにした。
パスポートを確認しつつ、通り一遍の質疑。
「
「No」
女性はサングラスを外した。
「
まつ毛の長い、垂れ目が覗く。
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