第116話 プレゼントフォーユー

 あれからまた一週間以上、二週間しないくらいの時が流れた。

 シルビアが同盟側に来て一ヶ月半も過ぎたろうか。

 まぁ彼女本人としては相次ぐ騒動に、「まだそれだけ!?」と思わなくもないが。


 皇国で正規の軍務をしていた頃。それでいて、艦長職に専念していればよかった頃は。

 一度元帥閣下に従って大戦おおいくさをこなせば、艦隊の疲弊もあって休みが長い。

 こうもハイペースな戦いの連続は、彼女の時間感覚にはバグだったのだろう。



 人間は環境の生き物ということで、すぐに新しい場にも馴染むらしいが。


 ちょっと内容が濃すぎて、思い出多すぎるわね。


 リータが日記をつけていたが、もしシルビアもつけていたら。

 すでにページ数は迫ってくるのではないかというレベル。

 実際に過ごした時間の、2倍3倍くらいは同盟の仲間たちと過ごした気がする。


「あんまりよくないわねぇ」


 ホテルの自室、昼下がり。ベッドの上に寝転がって。

 夏バテのような顔で冷房に吹かれる彼女は、あえて声に出した。自分自身へはっきり意識付けるように。


「これでも私、いつか皇国に戻ろうかってのに。気を付けないと、ミチ姉あたりから顔思い出せなくなっちゃうわ」


 実はもう、本名イルミ・ミッチェルがパッと出てこないフシはあるのだが。


 ま、リータとジュリさまさえ覚えてれば、あとはなんだっていいのよ。


 カーチャやクロエや『陽気な集まりBANANA CLUB』クルーが聞いたら怒りそうなことを思いつつ。

 意味もなく寝返りを繰り返していると、


 ピコン、と枕元の端末がフラッシュを焚く。


 画面を見ると、


『Giancarla:I'm almostもうすぐ着く


 の通知。

 シルビアはもそもそと起き上がり、


「思ったより早いわね。やっぱりみんな遊びたいのよ」


 んーっ! と一つ伸びを入れると、


「私もよ」


 さっきまでの悩みはどこへやら、な様子で呟いた。






 意外にも、例の一件に関して。

 アンヌ=マリーがいつまでもキレ散らかすということはなかった。

 ホテルで会えば普通に話すし、警戒せずに互いの部屋を出入りする。

 もちろんシルビアの方から迂闊に話題にしないという前提はあるが。

 それにまだ、首に虫刺されを作りまくるだけで止まった可能性もある。


 そのうえで、おそらく虫刺されも引いただろう頃になっても。

 彼女は相変わらずマフラーを巻き続けている。

 シルビア以外の人には見られたくないということもあるだろうが。

 それ以上にこれはもう『そういうもの』なのだろう、と。

 そう理解した彼女は、一連の決着ではないがプレゼントをすることにした。


 親皇国派から救出してくれたことへの感謝と、

 いつもよくしてくれている友情の証として。


 が、ご存知のとおり彼女は外に出掛けられない。

 なのでこのたび、ジャンカルラにを頼んだのである。


「僕に日頃の感謝はないのかよ」


 と言われたが、「平和になったら焼き肉」で手を打ってくれた。



 ちなみにシルビアのケガの功名か。

 例の救出作戦で同盟軍は多くの親皇国派幹部たちを拘束することに成功した。

 皮算用で『お披露目会』に集めておいてくれたアニタである。


 そのおかげで現在、過激派組織の検挙が進んでおり。

 うまくすれば、皇国軍再攻勢までに本当のバカンスを設けられるかも、との目処めどもある。

 そんなわけで少し余裕のできたジャンカルラが、今ブツを持ってきているのだ。



 シルビアが部屋着から人前に出られる程度の格好に着替えると、


『僕だ。ジャンカルラだ』


 ノックとともにお待ちかねの声がした。

 ドアを開けると、上等なラッピングの箱を抱えてその人が立っている。軍服のカラーリングのせいでサンタに見えなくもない。

 が、自分たちは薄着でゴロゴロして、彼女は今日も軍人としてお勤め。

 多少申し訳ない気持ちにもなる。


「どうした。ジロジロ見て」

「いえ。焼肉の時はうんと上カルビを頼むといいわ」

「は?」

「さ、アンヌ=マリーのところに行きましょ」

「僕はハラミの方が好きかな」






 が、アンヌ=マリーは自室にいなかった。トレーニングルームにも。

 電話を掛けると、どうやら庭を散歩中らしい。

 一階に降りてロビーを通ると、受付では団体客がチェックイン中。

 それを見かけたジャンカルラは、無線を取り出す。


「ラングレーくん」

『はっ』


 どうやら相手は副官のよう。

 彼女は小声で



「至急、武装した二個小隊ほどをホテルに回してくれ」

『はっ!』



「えっ!? どうしたの!?」


 思わずシルビアが声を上げると、


「しっ」


 人差し指を立てて制される。


「念のためだよ」

「念のため」

「そう」


 ジャンカルラは彼女の手を引き、足早にロビーを離れる。


「いまだテロの脅威渦巻くSt.ルーシェに、団体客が来るもんかね」

「たしかに」

「だから監視と、いざという時には捜査にご協力いただくこともあるか」

「離れていいの?」

「いいさ。総帥府がすぐそこだ。救急車より早く応援が来る」


 彼女は「今はこっち」というように箱を揺らす。


「ま、取り越し苦労であることを祈るよ」






 連絡したためか、アンヌ=マリーは分かりやすい噴水広場のベンチに座っていた。

 ブラウスに巻きスカート。


「あ、いた」

「お待たせーっ」

「私に何か用でしょうか」

「まぁちょっとね」


 シルビアの口ぶりを聞いてか。

 長柄のシャベルで花壇を整備していたおじいさんが、休憩のフリでそれとなく離れる。

 できる男である。

 まぁいてもらっても困らないのだが。


 それより今は、本題である。


「あなたに渡したいものがあるの」

「私に? なんでしょう」

「ほら、開けてごらん」


 ジャンカルラに箱を渡され、まず重さを確認するアンヌ=マリー。


「そんな変なもの入ってやしないよ」

「そうは思っていませんが」


 ややあって、丁寧に包装を剥がす白い指。

 欧米では即座にビリビリ破くのが喜びを表すマナーとも言うが。

 やはり彼女には穏やかな所作が似合う。

 やがてになったのは、


「箱ですか?」

「中身あるに決まってるだろ」

「開けて」

「では、失礼して」


 中に入っているのは、


「あら、かわいい」

「タータンチェックがシルビアからで、アーガイルチェックが僕だ」

「あなたも買ってたのね」

「感謝があるのは君だけじゃない」


 2本のマフラー。

 赤基調に緑と白がシルビア。赤白黒がジャンカルラ。


「カシミヤですね。高かったでしょう」

「選ぶのに悩まないよう、デザイン揃えてるっていうのは聞いたけど」

「『親皇国派の事件で一本失くさせちゃったし』ってシルビアがね」

「埋め合わせと、日頃の感謝に。どうかしら、アンヌ=マリー」


 彼女は肌触りを確かめるように、頬をマフラーへ寄せると、



「ありがとう。うれしいAlléluia……」



 触れた部分が、桜色に染まった。


「よかった」

「さっそく、巻いても?」

「どうぞ。私も見てみたいわ」

「では」

「どっちを先に手に取るかで、お気に召した方が分かるな」

「あら、負けないわよ?」

「意地悪をおっしゃらないでください」

「悪かったって」

「さ、気にしなくていいから」


 膨れっ面のアンヌ=マリー。

 促されてようやくマフラーを取ろうとしたところで、



 体が吹っ飛ぶような爆音が響いた。

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