第217話 最終ラウンド

 被せるように、聞き馴染んだ声がスピーカーから艦橋全体へ響く。


 そう、彼女が一心に尽くそうとした、

 この声のためには真実死ねた存在。



「ジュリアス!」



『どうやら間に合ったみたいだね』


 最後に別れた時は苦い顔をしていたろうが。

 今は爽やかに笑っている、そう確信できるような軽い笑い。


「遅かったし、今はちょっと早いぞ!」


 イルミが怒鳴り返しても、その雰囲気が途切れることはない。


『そう怒らないで。それより、よくがんばってくれたね、ミチ姉』

「う、うむ」


 スピーカーから『ミチ姉』など普段なら怒るところだが、今回はでもない。


『動きを見るに突撃しようとしてるみたいだけど。それは中止だ。君たちは一度態勢を立て直せ』

「なっ」


 それくらい、今の彼の声は


「敵はこちらの動きを読んで構えている! それだと突撃がうまくいくか……!」

『さっきは僕が甘えたんだ。今度はミチ姉が甘えておくれよ』

「なっ、あっ、バ、バカ!」


 包み込むように優しい。

 年下の男の子とは思えないほどに。


 これ以上張り合って取り乱すと、クルーたちに醜態を晒してしまう。

 彼女はおとなしく引き下がることにする。


「それで、勝てる、のか?」

『僕を誰だと思ってる』


 引き下がらせてくれるほどに、頼り甲斐のある声。


『突撃一番のエポナ艦隊であり、何よりミチ姉たちががんばってくれた。「有利に進める」計画どおりにはいかなかったが、負ける道理はない』

「そ、そうか」

『それに、もあるしね』


 おそらくバーンズワースは視線をモニターの敵側へ向けたのだろう。

 声が少し遠くなる。

 が、うんと爽やかで、


 乙女を心底惚れさせるような声で、彼は締め括る。



『それじゃあ、またあとで会おう! 大丈夫、レディを二度も待たせたりはしないよ!』



「通信、終了しました」


 通信手のアナウンスが入り、クルーたちは英雄の言葉に喝采をあげるなか、


「くそっ」


 イルミは一人、小さく悪態をついた。

 隣で声を拾った艦長は『待て』をくらったことによると思ったが、実際は、



 せっかく今回をみそぎに、悪魔から解き放たれると思ったのに。


 これじゃまた改めて、心を奪われてしまったじゃないか……!



 恋する女性は祈りと想いを捧げるように、モニターを見つめる。

 そこでは稀代の英雄同士が、今まさに衝突せんと鎌首をもたげたところ。


 時刻はすでに13時2分。戦闘開始から14時間に及ぼうとしている。



 長時間に及んだ宇宙史に残る戦いの、最終ラウンドが今始まる。






「『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』の反応あり!」

「だろうな」

「敵艦隊、最大戦速! 突撃してきます!」

「かかか、カーチャさま!」


 一方その頃。

私を昂らせてレミーマーチン』艦長席のカーチャにシロナがすがり付く。

 カーチャは彼女からキャンディボウルを取り上げ、デスクに置くと


「副官」


 艦橋全体に届けるよう怒鳴るのではなく、一段下へ声を掛ける。

 まるで少女を怯えさせないように。


「はっ」

「当艦隊もこれより突撃する」

「エポナ艦隊、相手に、正面衝突です、か」


 返ってきた言葉は歯切れが悪い。振り返った顔は硬く、逆に手足は少し間抜けに動く。

 正直こちらからぶつかりたくはないのだろう。

 だが彼自身、『じゃあ受けにまわれば平気なのか』と言ったら違うとも分かる。

 だから否定も肯定もできず、歯に鶏肉の繊維でも挟まったように話すのだ。


 であれば、シロナ以外の不安もカバーしてやるのが元帥である。


「『受けにまわってくれる』っていうのは、正直突撃側には安心材料だ。何せ勢いそのまま突っ込むだけでいい。あらかじめ考えていたことだけすればいい。シンプルだ。そのシンプルさが恐怖心の余地をなくし、勢いを生み出す」


 彼女は少し声を大きくした。

 副官にだけ伝わればいい指示ではなく、クルー全体に届ける言葉だからだろう。

 デスクに両肘をつき、軽く乗り出す。


「連中は別働隊を割き、それを我々は半分近く減らした。つまり突撃してくる敵本隊よりも、こちらの方が数のうえで優勢である」


 くっ付いていたシロナも離れ、少し離れたところで傾聴の構え。


「では、相手は何をもって。何をこちらに勝る武器として掛かってくるか」


 それだけ、今のカーチャの声は優しく頼り甲斐のあるものだった。

 普段の態度からは想像もつかないような。

 その雰囲気を崩さないよう、彼女は厳かに声のボルテージを上げる。


「それは勢いだ。エポナ艦隊が常に持つ、最大の刃。それだけは常に誰にも劣らぬと自認し、必殺の突撃を産む原動力」


 おそらくそれは、続く言葉に合わせてのことだろう。



「だからこそ、こちらも突撃を敢行する。その勢いすら、こちらが上であると示すために。この刃さえ折れば敵は崩れ、折らねばこちらの喉に達する」



 声自体は叫んだりしないが。

 その『勢い』を表すように、カーチャは艦長席から立ち上がる。


「諸君、『ビッグ・シップ・プレス』を思いだせ。あの時と同じだ。あの時も我々は『赤鬼』の勢いに押され、ある勇者がそれを凌駕したことで勝った」


 すらっとした立ち姿。ふわっと翻るマント。

 凛々しさが彼らに安心を与える。

 それを勢いへ還元するように、


 ここぞとばかり、満を持して大声が張られる。



「さぁ、分かったろう、突撃だ! 勝利は待つな! つかみに行くぞ!」



 オオオオッ!! と地鳴りのようなクルーたちの雄叫びが響くなか。


「副官」


 彼女は冷静に指揮を重ねる。


「はっ」


 振り向き、高揚した顔で敬礼する彼に、カーチャは静かに告げる。


「『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』は補足しているな」

「シグナルを捉えていますから」

「よし」


 カーチャは艦長席へ腰を下ろす。

 なんらか、自身を安心させるスイッチかのように。


「『私を昂らせてレミーマーチン』はそちらに狙いをつけろ」

「なっ」


 思い切った発言に驚く副官とは対照的に、彼女は落ち着き左腕で頬杖をつく。


「すでに今回、敵艦隊には甚大な被害が出ている。しかしこのあとの衝突で、お互いさらに犠牲を出すだろう」

「御意」


 隣で黙っていつつも、シロナは意図を察した。


 そもそもカーチャは、少しでも『皇国軍の被害』を出さない立ち回りをしていたのだ。


 彼女の予想を裏付けるようにカーチャは呟く。



「なら、バーナードちゃんの真似をするのがベストだろう。『ビッグ・シップ・プレス』も勝たせた子だ。あやかろうじゃないか」



 これから起こることにシロナが身構えた瞬間、


「敵艦隊、間もなく射程内に入ります!」


 決定的なゴングが響く。

 カーチャは再度立ち上がり、左手を大きく突き出した。



「さぁ、仕掛けるよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る