第216話 作戦失敗

 衝撃と爆音。

 艦橋内に悲鳴がこだまする。

 イルミ自身も今までと比にならないくらいには声を上げたが、かき消される。

 自分の声が自分で聞こえないなど、そうあることではない。

 舌を噛みそうな揺れが収まったのち、


「被害状況知らせー!」


 副官が下のフロアで走り回る。

 一方艦長は椅子に尻餅をついた体勢のまま声を上げる。


「ではせめて、あなただけでも脱出してください!」

「無駄だ! 小型でこっそり行こうが見つかるものは見つかる! それより反撃だ!」


 彼女の号令とともに味方も砲撃を放つが。

 運命の暗示だろう。

 数もで力尽きた、なんとも哀れな櫛の歯が飛ぶばかり。


「くっ!」

「閣下。私のような老人はさておき、あなたはまだ若い。今死んでなんの得がありましょう。それより内乱後の皇国は弱りに弱る。閣下のような人材が」

「お目付けのみたいに諭してくれるな」


 イルミは艦長を左手で制しつつ、


「それに、もう遅いさ」


 右手で軍帽のつばを下げる。


 その直後、お返しと言わんばかりに敵艦隊の熱源反応が膨れ上がり、



 ジュリアス、私は手を尽くしたぞ──



 静かに乙女の一分いちぶを果たし、終わっていこうとしたところで



「ん?」



 彼女は少し抜けたような声を溢した。

 同時に、隣の艦長も確実に呟いた。

 二人は一瞬顔を見合わせ、視線をモニターに戻す。

 それからもう一度顔を見合わせた。


 両者は同時に叫ぶ。


「「艦隊、被害状況知らせぇ!!」」


「えっ、はっ、はっ!」


 今まで勝手に叫んでいたとはいえ、本来『不要』と言われていたのだ。

 通信手や観測手が軽く跳ねてから慌ただしく動き出す。


 数分後に返ってきた結果は、


「先ほどの砲撃で、現在損耗率48パーセント! 救助等を含めると、完全に継戦能力はありません!」

「ですが!」


 もちろん絶望的な内容。

 しかし彼らは口々に報告しつつも、なんとかかち合わないようリレーしている。

 つまり、



「損耗率がそのまえの砲撃より大幅に減少しています!」



 それだけの余裕が生まれる、希望を持てたことに他ならない。


「やはりか!」


 その予感はイルミたちにもあった。

 何せモニターに映る光の圧が、目に見えて違ったのだ。

 計測も要らず、目視で分かるほど。


「よく分かりませんが、助かりましたな!」


 気を抜いているわけではないだろうが、一安心の表情をする艦長。

 彼女も思わず頷きかけたが、


「いや、待てよ」


 ギリギリ踏みとどまる。

 そもそも彼女たちの任務はなんであったのか。

 そう、


 相手を釘付けにすることである。


 なのに敵の砲火が、集中が向いていないということは、


「たしかに私たちは命拾いしたかもしれない。が」






「間もなく陣形変更が完了いたします!」

「よし」

「右翼は本当にこの程度でよろしいので?」

「敵の半数以下の艦隊を、さらに半分削ってやったんだ。牽制できればさ」


私を昂らせてレミーマーチン』艦長席。

 腕を組み、足を肩幅に開いて座るカーチャは、モニターを睨み付ける。

 その形相は、相変わらず触れれば火花が飛び散りそうではあるが。

 今までの怒りとは別。試合前の国代表選手のように静かな炎を揺らめかせている。


 その近くに立って平気でいられるのは、やはりシロナのみ。


「あのー、本当にこれでいいんですか?」

「何が」

「目の前の艦隊に集中しなくて。こんな誰もいない方を向いちゃって」

「いいよ」


 対する元帥閣下は、首を縦にも横にも振らない。

 少しあごを引いた姿勢で固まったように、ひたすら宇宙が広がるモニターを睨む。


「時期に来る」


「本当に?」

「本当さ」


 普段なら人差し指を振って解説してくれるはずの彼女だが。

 今回ばかりは組まれた腕も動かない。


「現状、連中が持って帰れる唯一の成果は『この場での勝利』それのみだ」

「それって」

「言い換えれば、我々の惨敗、『私を昂らせてレミーマーチン』の轟沈、私の首」


 ひゅっ、と少女の喉が鳴る。

 イメージしたのだろう。

 自分たちに殺意の塊が向くことを。

 何より、


「つかめる勝利がまだあるかぎりは、それを狙ってこないわけはない」

「うっ」

「もし仮に逆。『全部諦めて今日は帰ります』だったとしてもね。やつら奥行ったんだ。戻るにはどのみちUターンして、私らを突き破らなきゃならない」

「それって」



「死ぬ気で来るぞ。死ぬことを超越した脳みそのジャンキーどもが」



 何より。

 エポナ艦隊の、

 ジュリアス・バーンズワースの殺意が自身に降りかかるのを。


 そんな話をしているあいだに、


「来たぞ」

「えっ」


 黒い宇宙の幕に散りばめられた星々。

 その瞬きの一つが、急に強く、大きく。

 カーチャは歯を剥き出しにして、唸るように呟いた。



「遅かったじゃないか、ジュリ公。待ち侘びたか?」






「味方本隊が到着しました!」


 一方『圧倒的スウィープ』艦橋内では歓喜の声に満ち溢れていた。


「耐え切ったぞぉぉ!!」

「やったぁぁ!!」

「勝った!!」


 ただ一人、



「くそっ!」



「閣下!?」


 イルミを除いて。

 周囲は彼女の悪態に理解が及ばないリアクションをしている。

 艦長も一瞬は不思議そうに彼女を見つめたが、すぐ冷静になった。


「艦隊、突撃せよ! いち早くシルヴァヌス艦隊の横っ腹を突き崩すんだ!」

「艦長!?」


 副官は目を丸くして声を上げる。


「現在我々別働艦隊は消耗が著しいです! あとはサボタージュとは言いませんが、この好機、立て直すことに専念した方が!」

「バカもん! 好機なものかっ! 我々の使命を忘れたかっ!」


 艦長が二の句を告げるまえに、イルミが大声を張った。


「いいか! 今回の目的は、本体による奇襲を成功させるための陽動だ! しかし土壇場で敵の攻勢が弱まったということは、それが露見したことに他ならない!」


 安堵するクルーたちに、『おまえたちが助かってはいけないのだ』と告げるのは酷だが。

 それでも言わなければならない。

 突撃しなければならない。


「敵は突撃に対する構えをとった! そこに、こちらへ再度引き付ける間もなく本隊が到着! これでは裏目だ!」


 まだ勝っていない。どころか、ますます危うい。

 その事実にクルーたちも顔色が変わる。


「だから、少しでも本隊を補助するために! 我々も攻勢に出なければならないんだ!」


 と、イルミが言い終わるかどうかのところへ、



『ミッチェル少将』

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