第218話 憎む者、作る者
たしかに本隊は
そのうえ球体の陣形と違い、突撃に適した鏃型である。
火力で言えば、思ったより差があるものだろう。
しかし、
緑の軌跡が交差したあと、カーチャにもたらされた報告は、
「ただいまの砲撃で、艦隊損耗率15パーセント突破!」
「まぁだまだぁ」
先ほどまでより被害のペースが上がってはいる。
が、ことここに至っては、大差ないと言えるだろう。
だが、『だから楽勝』とはいかない。
彼女はモニターを睨む。
「それより、効いてねぇなぁ」
映像には、明らかに派手さが足りない爆散のフラッシュ。
そのなかを続々突き抜けてくるエポナ艦隊のシルエット。
たとえ近付いてくる敵でも、真正面以外は斜めからの射線となる。
それだけで踏みとどまる敵よりグッと命中率が下がってしまう。
命知らずに足が
たしかにやられなければやられない。
だが倒さねば勝てない。
勝たねば終わらない。
被害のペースが同じでも、沈めるペースが下がっていれば。
手こずっていることに他ならない。
当然いい状況ではないのだが、
「やるねぇ」
カーチャに焦りはないどころか、代名詞の半笑いが崩れない。
「敵艦隊、凄まじいペースでこちらへ接近してきます! このままですと、20分後にはこちらと接触する勢いです!」
「こっちも最大戦速で突っ込んでるかんね。にしても」
彼女は両手を後頭部で組み、背もたれに大きく身を投げ出す。
「突っ込んでわちゃわちゃんなったら、包囲戦と一緒だ。数で劣る向こうが不利なのに、逃げずに向かってくるか」
天井へ向いていた視線をモニターへ戻すと、鼻からため息。
「ジャンキーどもめ」
とは言いつつ。
「カーチャさま」
「何かな?」
セルフ腕枕のまま、シロナの方へ少し顔を向けるカーチャ。
「そのわりには、ヨユー?」
「とはちょっと違う」
「まぁそんな感じですよね?」
「あー」
言葉や仕草に、今までのような苛立ちや険がない。
少女のふわっとした会話に応じてくれるのが何よりの証拠である。
彼女は視線を戻すと、少しだけ声を低くした。
「たしかにな。もちろんバーンズワースが衝突を選んで、死人を増やした事実にゃまだ腹が立ってる。でもね」
発言を補強するように、
「艦隊損耗率18パーセント! 『
新たな被害がもたらされる。
パーセントや艦名や個人名の裏に、もっとたくさんの悲劇が隠れている。
ギリギリ名簿に載るかどうか程度の。しかし一人の人生を閉ざし、残された人の多くを狂わせる悲劇が。
「でもね」
「はい」
「連中もさっきまでより沈められるペースが落ちた。そのうえ艦隊ごと
『
カーチャの声に興奮はない。
が、たしかに熱は帯びている。
「この走りはじめたカスみたいな地獄車の車輪の下で。まだ少しでも被害を減らせる準備が整いつつある。悪くない」
「カーチャさま……」
しかし今度は、そんな言葉とは裏腹。先ほどまでの穏やかさはなく。
一方、『
旗艦『
「閣下! 艦隊損耗率5パーセ」
「そういうのはいい」
艦長席でバーンズワースがどっかり座っている。
「しっ、しかし!」
「どうせミッチェル少将の別働隊がもっと消耗してるんだ。合流したら計算しなおしだからいらない」
「はっ、はぁ」
「何より」
糸目で表情がないように見えて、口元はふざけて微笑んだり獰猛に歪んだりする彼だが、
「撤退するにも目の前のシルヴァヌス艦隊を抜かなきゃならないんだ。何パー削られようが、やることは変わらないよ」
「はい……」
今ばかりは、本当に感情の読めない表情をしている。
強敵と対峙する興奮も越えて、冷静に集中しているような。
それこそが、相手に対する敬意のような。
ここまでくれば、もはや一々斉射だなんだ、艦隊どうしろこうしろ言う段階は終わり。
各艦のアドリブに任せている。
ゆえに艦橋に彼の音頭は響かず、
「敵艦隊斉射、来ます!」
脅威を知らせる声や各種機器のアラーム音ばかり。
その直後には音もなく、見慣れた殺意の塊が飛んできて、前や右や左。
たくさんの艦が、人が、命が。
緑に染められ塗り潰され、消えていく。
そんな、消えていく者たちの冷たい静寂に浸る間もなく、
「わああああ!!」
「きゃああ!!」
聞き慣れたクルーたちの悲鳴と、僚艦の破片でも当たったのだろう鈍い音。
「当艦損傷非常に軽微! 航行に支障ありません!」
「艦隊っ! 艦隊損耗率っ!」
「『
「真横の艦じゃないか!」
「嘘でしょ!?」
「脱出艇確認できず! フランシスコ大佐以下、全員
「嫌ああ! あの
それすらかき消す、次々飛び交う悲痛な声。
それになんら返事をしないバーンズワース。
彼は真顔のまま、
「地獄だな」
ボソッと呟くのみ。
「は?」
よく聞こえなかったのだろう。
イルミ不在で臨時副官を務めるアラフォー手前の男性将校が振り返る。
「いやなに、別に大事なことは言ってないよ。これが僕らの仕事だから」
「はぁ」
守りたいもののために、それ以外の命を千切って潰して焼いて煮て。
そんな地獄という釜を作るのが僕らの仕事か。
めずらしく詩人になりかけた彼に、気を取り直した副官代理が声を掛ける。
「閣下」
「なんだい」
「僚艦が喰われたように、我々も危険な位置です。そろそろ例のものを」
彼の目には『絶対にそうするべき』という強い訴えがある。
が、バーンズワースは、
「いやいや、まだまだ」
首を横に振る。
「なっ!? 何故です!? このままでは閣下が危険です!」
「でもね。目の前ばかり対応するより、敵を打ち破って根治する方が確実さ。そのためには、今はカードを切るタイミングではない」
「しかし! それまでに沈んでは元も子も!」
「それより、敵を削るペースはどうなってる?」
なおも食い下がる副官代理を、バーンズワースは話題転換で黙らせる。
「はっ、数からすれば上出来ですが」
「絶対値として押し負けるか」
「御意」
「ふむ」
彼は口元に手をやり、少し考える。
「『
「少々お待ちください」
副官代理は観測手の隣へ駆けていき、
「めずらしく前線の方へ出張ってきております!」
その場で大声を張り答えた。
「なるほど」
ここにきてバーンズワースは、久しぶりに少し微笑んだ。
「カーチャも僕も、考えることは同じらしい。そこまでして人を死なせたくないか、お人好しめ」
まるで、『それが身を滅ぼすぞ』と
「だったら付き合ってあげよう。気が合う同士、ランデブーしようじゃないか」
13時43分。
『
「閣下!」
「何かな」
「敵艦隊旗艦『
「やっとか、ジュリ公」
全ての歴史家たちが感極まる瞬間が、
「おまえが始めた地獄だ。おまえの真っ赤なマントで幕引きさせてもらう」
ついに訪れた。
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