第219話 交差する将星

「艦隊傾注! 力を貸せっ!!」


 カーチャはデスクに備えられたマイクを、台から引き千切るように取り上げた。

 もしコードに伸縮性や長さの余裕がなければ、ブチッとオシャカだっただろう。


 だとしても、通信機がイカれても全艦隊に届くのではないか。

 そう錯覚するような大声で彼女は吠える。



「我々はついに『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』を捕捉した! やつを沈め、少しでも早くこの戦闘を終わらせるぞ!」



 マイクを握っていない方の拳も堅く握られ、少し震えている。

 興奮か。

 それとも衝突に対する恐怖か。

 はたまた、



「そのためにも! 艦隊は次の斉射を揃えるぞ! やつを狙い、少なくとも道を切り拓け! 仕留め損なったなら『私を昂らせてレミーマーチン』がトドメを刺す! バーナード元帥の得意技だ! リーベルタースで見ただろう!」



 リーベルタースか。

 バーンズワースくん。あの時ゃ君も一緒だったのになぁ。


 それがさぁ、それがさぁ。


 どうしてこうも二つに割れて。

 お互い『あいつを殺せば済む』なんて、指差しあってんだろうね私ら。



 あるいは、別の感情が拳を震わせているのかもしれない。


 そんな感傷に浸っているあいだに、


「閣下! 艦隊準備完了しました!」


 無情な、しかし必要で避けられない現実がカーチャを呼び戻す。

 と同時に、


「敵艦隊に動きあり! 艦首が続々こちらを向いています!」

「なるほど、考えることは一緒ってね。私たち、仲よかったんじゃないか。寂しいね」


 猶予すら削り取る報せが舞い込む。

 彼女は一瞬だけ息をつくと、左手を大きく振るう。



「よし! 艦隊斉射!! ーっ!!」



 誰もがこの戦いの終結を願っているのだろう。

 待っていましたとばかりに煌めく緑の閃光は、一瞬にして視界を塗り潰す。

 いくらか隙間があったとしても、敵からの砲撃で埋められることだろう。

 束の間カーチャは、隣でシロナが「ひあぁ」と呟く以外の感覚を喪失した。



 それを解凍するのは、


 強い衝撃。


「うおおおお!!」

「うあっ!」


 先ほどのシロナとは比べものにならない人数と圧の悲鳴。

 舌を噛まぬよう、きっかり揺れが収まってから告げられたのは、



「第一砲塔付近に被弾!!」



「被害は!」

「損傷は20パーセント前後になるかと! 人的、及び第一砲塔の被害は現在不明! ですが航行及び戦闘に支障はありません!」

「そうか! 運がよかったな! 悪くすると今ので天国にお呼ばれもするからな!」


 旗艦として『私を昂らせてレミーマーチン』が前方に出ることはほぼない。

『サルガッソー』以来、ほぼ二度目の被弾と思われる。

 新人クルーなら慣れていないし、ベテランでもブランクがある。

 強者ゆえの脆さもあるだろう。

 だから彼女も、周囲を盛り上げるポジティブな発言をとったが、


「『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』はどうだ?」

「レーダーは未だマークアップを捕捉しています!」

野郎ナローめ……」


 未だ閃光でうまく見えない、シルエットのみが映るエポナ艦隊。

 そのなかにやつはまだ残っているようだ。

 カーチャはデスクを叩いて立ち上がる。



「ならば操舵手! 突貫せよ! 敵艦隊に打撃は与えたはずだ! この機にやつを、確実に仕留める!!」



「はっ!」


 ここまでくれば副官もシロナもクルーたちも、嫌だ怖いなどと言っていられない。

 半分脳死で指揮どおりに動く。


 そうしているうちにフラッシュも消え去り、モニターに映る御敵おんてき


「無傷、っぽいですね」

「悪運の強いヤローだぜ、まったく」


 平気な顔で


「『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』、こちらへ前進してきます!」


 闘志も損なわれていないようだ。

 それに気押されたように、シロナが声を上げる。


「カーチャさま、さっきの被弾を『運がよかった』って言いましたけど」

「んだよ」

「それでいうと、無傷な向こうの方が」


 周囲のためにポジティブな発言をするなら、この不安も払う必要がある。

 カーチャはあえて鼻で笑った。


「いや、これは案外、怪我の功名になるかもしれないぞ?」

「えっ?」


 シロナの困惑に答える暇もなく、


「第三戦速!」


 彼女は戦闘に集中する。

 もはや取り合わないほど瑣末なことだとでも言うように。






 一方『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』。


「よーしパワーオフ。カーチャ風に言うなら、『さぁ、仕掛けるよ』のターンだ」


 そう振る舞っているのか、芯からそうかは分からないが。

 艦長席に悠々座るバーンズワースは、カーチャと同じく動じていない。

 いくらこちらには損傷がないとはいえ、あれだけの砲撃の応酬がありながら。


 しかしこちらも『私を昂らせてレミーマーチン』と同様。

 クルーたちはそうもいかない。


「『私を昂らせてレミーマーチン』、突出してきます!」


 観測手の声はテンパっている。


「閣下。攻撃は」

「まだ砲撃で行こう」

「はっ!」


 副官代理の顔も青い。

 が、彼は『半笑い』ほど世話好きではない。

 わざわざそれらを解いてやるような言動はとらず放置している。

 ゆえに、


「閣下!」

「なんだい」



「『私を昂らせてレミーマーチン』速度減少! 第三戦速程度に!」



 たしかに戦局を左右する情報ではあるが。

 それにしても焦りすぎな声で報告がなされる。


「先ほどの被弾が響いているのでしょうか?」


 代理の声には若干の願望が窺える。

 が、バーンズワースは非情でフラットである。


「いや、おそらく落としてる。その速度に合わせて砲撃してきたところを、一気に加速して回避しようって腹だろう」


 代理の顔はわずかにか。

 しかし彼は軍人として必要な事実を述べる。

 嘘で励ましはしないが、無駄にショックを煽りもしない。


「だけど問題ない。砲塔が複数あるからね。半分は等速、もう半分は最大戦速を勘案していわゆる『見越し射撃』。これで対応可能だ」


 特にメンタルケア的な意図はなしに最適解を導き出す。

 それが


「御意!」


 味方に安心を引き寄せる。


 すると、誰も図っても待ってもいないだろうが。

 クルーたちの心理的準備が整ったところで、



「熱源反応あり! 砲撃、来ます!」



 先ほどの斉射とは違い、西部劇のような撃ち合いの合図が鳴る。



「よし、じゃあこちらもお見舞いしてやろうじゃないか!」






 それはもちろん『私を昂らせてレミーマーチン』の方でも、


「閣下! いつでも砲撃可能です!」

「よっし! だったらいっときますか!」






「砲撃開始! ーっ!!」






「さぁ、仕掛けるよ! ーっ!!」






 閃光が交差する。

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