第220話 一騎討ち

「熱源反応あり! 砲撃、来ます!」


 交差する初撃、『私を昂らせてレミーマーチン』の方では。


 観測手の声にシロナの喉は引き攣るが、カーチャはむしろボリュームが上がる。


「操舵手! 第五戦速!」

「ヨーソロー!」

「砲撃手! いけるか!」

「いつでも!」

「よし!」


 彼女は艦長席から腰を浮かせ、薙ぎ払うように左腕を振るう。



「さぁ、仕掛けるよ! ーっ!!」



 一対一、艦隊戦と比べて明らかに物量の違う砲撃が交差する。

 だからといって平気なのかと言われれば、そんなことはない。

 よく分からない壁と違い、明確に自分を地獄へ引き摺り込もうと伸ばされる手。

 その恐怖は重くのし掛からないが深く刺さる。


「ひいっ!」


 シロナが小さく悲鳴を漏らすあいだに。


 あえて遅く狙いやすい第三戦速で撃たせておいて、一気に加速し回避

 を相手が読んでくるを読んでの第五戦速。


 二手に分かれた砲撃の片方は目論見どおりに。

 片方は相手の『加速するなら最大戦速にするだろう』という思い込みが予想どおりに。


 ちょうど『私を昂らせてレミーマーチン』の前後を通り過ぎる。


「あっ、たっ、よかった」


 少女が安堵の声を漏らす一方。


 カーチャ側が放った砲撃も真っ直ぐ『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』へ。

 ここで勝負が決まれば僥倖だが、


 向こうも素早いロールでこれを回避する。


 カーチャが敵の砲撃を回避した喜びなど、微塵もない声で歯噛みする。


「速いな! 野郎ナロー、スペック弄ってきやがったか!」

「言われてみれば、若干改修、大型化しているでしょうか」


 副官の毒にも薬にもならない呟きはさておき。

 その程度で手詰まっていては元帥ではない。



「だとしても変わんないよ! 肉薄すれば多少の速度など関係ない! このまま予定どおり突貫する!」



 素早く下される判断は最善手だが。

 現実問題というものもある。


「でっ、でもカーチャさま!」

「なんだい」

「肉薄っていっても、まだ結構遠いですよ!?」

「へぇ、そのくらいは分かるんだ。感心感心」

「もう! バカにして!」


 金属製のボウルを振って怒る(危ない)シロナの扱いは別にして。


 事実、肉薄というのがニアミスレベルを指すなら距離は大きい。

 最大戦速で飛ばしても、たどり着くまでにもう一撃が間に合うだろう。

 それをどうにか凌がねばならないわけだが、


「それに関しては問題ない」


 カーチャはいかにも余裕そうである。

 彼女は戦闘が佳境にも関わらず、めずらしくシロナの方へ微笑んだ。


「さっきの私の発言、覚えてる?」

「どれ?」


 首を傾げる少女に、カーチャはウインクを追加した。


「『怪我の功名』ってね。ここが見せどころさ」


 半笑いゆえにいまいち信頼感の減じるアピールが終わると、


「通信手! 第一砲塔付近のクルーへ連絡! いつでもいけるように!」


 次の『騙しのテクニック』を仕込む。






 戦闘とは素早く展開するものである。

 あれこれ言っている間に両者の距離は詰まり、


「閣下! クールダウン明けました! いつでも撃てます!」


勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』艦橋内に、再度緊張が満ちる。

 決して途切れていたわけではないのだが。


「閣下」

「うん。ここは順当に撃とう」


 対して、緊張しないのか。

 緊張しても平静でいられるのか。

 緊張を忘れるほどの集中なのか。


 どれとも分からないリラックス具合で頬杖をつくバーンズワース。


「今度は速度を落とさず突っ込んできてるね」

「次は急停止で回避するつもりなのでしょうか」

「いや、エンジンで無理矢理加速するのとは違って慣性がある。どうするつもりかは知らないけど」


 気合いの入れなおし、でもないだろうが。

 彼は頬杖の座りをなおす。


「撃ち得だ。照準合わせー」






「閣下! 来ます!」


 対照的に。

 カーチャはガタッと立ち上がった。


「今だ! パージ! ロケットで派手に飛ばしてやりな!」


 いよいよ第二射が来よう、撃とうというタイミング。



 ここで一足先に、



 第一砲塔が発射される。






「なっ!」


 これにはバーンズワースも腰を浮かせた。






 しかしカーチャは理解する暇を与えない。

 卓越した元帥同士の読み合いなら、読ませぬに勝るものはない。



ーっ!!」



 残った砲塔から放たれる閃光は、素早く第一砲塔へ突き刺さり






「うっ!」


勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』のモニターは緑のフラッシュに埋め尽くされる。


「目潰し!?」

「この火力、カーチャめ、なんか詰めまくったな!?」


 バーンズワースが冷静に分析する横で、


 たとえば戦闘中、急に視界を奪われたとしよう。

 そうなると、多くの人はどうするか。


 反射的に防御か回避の姿勢をとるのではないだろうか。


 しかし、戦艦による戦闘は格闘技ではない。

 そういった動きは咄嗟にできない。

 するとどうなるか。



ーっ!」



 副官代理が叫ぶ。

 攻撃は最大の防御。

 敵が見えない今、ついさっきまでの残像を頼りに仕留めに掛かるのだ。






「閣下! 砲撃が!」

「とっておきの最大戦速!」


 しかしそんな闇雲な砲撃、この女には通用しない。


 回避のため、何よりここで一気にチェックメイトとするために。


「カーチャさま!」

「こっからは峠を攻める走り屋走法だ! しっかりつかまってな!」


 ここでイカれてもいいかのように唸りをあげるエンジン。

 カーチャが衝撃に備え艦長席に腰を下ろし、両の肘掛けを強く握ると、


私を昂らせてレミーマーチン』は砲撃を置き去りに、閃光の中を駆け抜ける。






「『私を昂らせてレミーマーチン』、未だ熱源反応あり!」


 その報せが来る頃には。

 バーンズワースもモニターにて、フラッシュを背に迫るシルエットを確認していた。


「次弾、間に合いません!」

「だろうな!」


 たとえ間に合おうが間に合うまいが、関係ないというように。

私を昂らせてレミーマーチン』は一本の矢となり突っ込んでくる。


 ここまできたら、気迫や意地の勝負である。

 彼もガラになく声を張り上げる。



「副官! システム、再度パワーアップ!!」



「はっ!!」


 減速は命じられなかった。

 向こうは最大戦速、こちらも最初から最大戦速。



 両艦はあっという間に、カーチャのいう肉薄の距離へ。






「ジュリ公おおおおおお!!」



 カーチャの雄叫びが艦橋を突き抜けるように。

私を昂らせてレミーマーチン』は黒い宇宙を引き裂き、一直線に走る、走る。

 モニターに映る『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』の姿はぐんぐん大きくなり、



 ついに、改装で多少速くなっていようが関係ない、必殺の間合いへ。



「砲撃準備、完了です!」

「よしっ!」



 取った!



 もはや艦橋を覗き込めば、バーンズワースと目が合うのではないか。

 そんな錯覚のなか、いや、



「悲しいけど!」



 脳裏に浮かぶ戦友の顔が、錯覚か現実か分からなくするなか。



「ここ戦場なのよね!!」



 彼女は巡る思いを全て吐き出すように叫ぶ。




ーっ!」




 号令一下放たれた閃光は、あやまたず敵艦へ向けて伸びていき、






 その手前で、霧散するよう弱まり細くなった。






「なっ」






 決して砲撃は消えたわけではない。

 しかし、一気に細まった光は、艦体に突き刺されど致命傷にならない。

 わずかな揺れは、『勇猛なるトルコ兵ワイルドターキッシュ』のクルーにも余裕を与える。


「小型モデルですが、持続時間以外はじゅうぶんな性能ですな!」


 副官の言葉を取り合わず、バーンズワースは静かに告げる。



「ミサイル発射。この時のために持ってきたんだ」






「これは……!」



 カーチャもカラクリに気付いた瞬間、



 無数のミサイルが『私を昂らせてレミーマーチン』に突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る