第111話 信念にこそ女神は応える
「そうね」
大きく深呼吸をすると、相手を真っ直ぐ見つめ返す。
「まず、『私を担ぎ出せば日和見な皇国派も協力するはず』っていうのは。それは厳しいと思うわよ」
「えっ?」
「私が本国に帰ったあと、協力しなかったことへの報復を恐れる、とか。そういうのなら、もしかしたら。まぁそれも薄い線に違いはないわね。カンデリフェラが同盟領なかぎり、そんな融通効かないもの」
あるいはシルビアが悪役令嬢であると知れ渡っていれば、効果はあるかもしれないが。
軍の中でも知っているものと知らないものがまちまちなのだ。
『外国』で名を馳せているとは思えない。
「そ、そんな」
「それに」
が、そんなのは
彼女の目に意志の強さが籠る。
「あなた方の話を聞くかぎり。最終的な手段として、武力蜂起を考えているんでしょう?」
「はい」
「正規の軍隊をナメすぎよ。この狭い島でどれだけの兵力を展開するつもりか知らないけど。一般人がガンショップ程度のとか。あとは市場規模や数が知れてる横流しの装備で勝てるほど甘くないわ」
「それは」
「しかも同盟軍は地上だけじゃない。すぐ近くの宇宙要塞には、その何倍もの数の兵がいる」
シルビアは居住まいを正した。
相手の精神を諭すように。
「私を旗印にすれば、もそうだけど。全体的に見通しが甘いのよ。同盟の配慮かしら。兵役から逃れられている
「なっ!」
「厳しい言い方でごめんなさいね」
少し
シルビアが本当に伝えたいのは、システマチックな成功失敗ではなく。
もっと深い精神的な、彼女の信念の話。
ここからなのだ。
「何より。あなたたちは同盟軍の広報サイトを見たんでしょう? あの施設慰問の写真を」
「は、はい。あの殿下を晒しものにした、不遜な」
「プロパガンダの側面があるのは否定しないけれど。決して私は、晒しものになどなっていないわ」
「そんなバカな!?」
「むしろあなたたちは、あの写真を見て何も感じなかったの? 何にも代えられない、生き生きとした子どもたちの姿を。あの子たちに与えるべき、希望に満ちた明るい未来を」
そう。
彼女はあの日、あの場所で。
友の隣で、シロツメクサの花冠に誓ったのだ。
「私は暴力的解決を望みません。今の私に、あなた方がそうするのを止めるだけの力はないけれど。それでも私を担ぎ出して血を流そうという計画は、断固拒否いたします」
「う……」
「私の姿を見かけ、『これだ!』と思ったことでしょう。その気持ちは分かるし、応えてあげられないのは申し訳ないわ。でも、あなたの、同盟の人々の、隣人たちの、命を大切にし」
「嘘だ!!」
「きゃっ!?」
唐突に声を荒げるアニタ。
思わず小さな悲鳴をあげたシルビアすら無視し、立ち上がって頭を掻きむしる。
「嘘だ! あり得ないあり得ないあり得ない!! 我らが皇女殿下が! こんな同盟に
「ちょ、ちょっと」
「殿下も皇国を裏切るのかっ!!」
急に半狂乱となった彼女は、
「貴様は皇女殿下ではないっ! 悪魔めっ!!」
腰のホルスターから拳銃を抜き出した。
それは迷うことなく、シルビアの方へ。
しまった。途中まで気を付けてたのに。
熱くなって刺激するようなこと言いすぎちゃったわ。
一周まわってぼんやりした後悔を、スローモーションになる光景に浮かべるなか。
唐突に。
さらにスローモーションになる出来事。
シルビアの後ろ、窓ガラスが音を立てて砕け散る。
「なっ!?」
「えっ?」
キラキラと破片が舞うなか、光を纏うように現れたのは
「
「アンヌ=マリー!!」
その手に握られた拳銃。
流れるように放たれた弾丸は、アニタの手首で乱暴に拳銃を叩き落とす。
「ぎあああ!!??」
悲鳴が上がると同時、
「神罰デリバリーだテロリストども!!」
ドアの方も勢いよく蹴破られ
拳銃を持った集団がなだれ込み、窓へ意識が向いていた親皇国派の面々を次々制圧する。
その先頭にいるのは。
いつもの軍服ではなく、野球のユニフォームみたいなシャツにジーンズだが、
「ジャンカルラ!!」
「同胞に拉致られたにしちゃ、情けない顔してるじゃないのさ」
おそらくシルビアが今一番会いたかった二人の、もう一人。
「さ、いつまでも座ってないで、さっさとずらかるぞ」
彼女の腕を引っ張って立たせる。
「今日は軍服じゃないのね」
「軍服で詰め掛けたらホテル側も怪しむだろ」
「ていうか、よくここが分かったわね」
「襲撃者を逃さないために、拳銃の弾頭に発信機が入っているんですよ。何人か、体に埋め込んだままノコノコとアジトへ帰ってくれましたから」
答えたのはアンヌ=マリー。体に付いたガラスの破片を落としている。
改めてその姿を目にし、シルビアは思わず駆け寄り
「アンヌ=マリー!」
「
ギュッと抱き締める。
「破片で怪我しますよ」
「ごめんなさい! あなたの言うとおり、おとなしくしておくべきだったわ! こんな迷惑を掛けてしまって!」
「あぁ、そういう」
対する聖女は受け止めるように、しかしガラス片が刺さらないように。
非常に軽く、彼女の背中へ手をまわす。
「それに関しては、私も目を離してしまい申し訳ありませんでした。二人の責任です。叱責は二人で受けましょう。でも、あとのことはあとで」
ポンポン、と背中を叩くと、ジャンカルラも急かすように首を振る。
「そうだぞ。途中、宴会場かな。大きなフロアにお仲間みたいなのが集まってた。他の同志への、君のお披露目会でも予定してたんだろうな。行きはなんとかスルーできたが」
彼女は軽く廊下の方を窺う。
「今の騒ぎですぐにもこっち来るぞ。機動隊が制圧に来るまで堪えるよりは、引き上げるのが懸命だね」
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