第110話 親皇国派の目論見

 シルビアはワゴン車の後ろ窓から、ぐんぐん小さくなるアンヌ=マリーを眺めつつ、


 ごめんなさい、ワガママ言わずにホテルでおとなしくしておくべきだったわ。


 少し

 が、連中が連中だけに、露骨に落ち込めない窮屈さ。


 ちなみに当の彼らは、一仕事やり遂げたとホクホクの雰囲気。

 銃弾を喰らって止血中のハードな面々もいるが、それでも皆満足げである。

 それがまた、シルビアにアウェー感を与える。


 まさか、同盟の提督に囲まれてるより、皇国派の人といる方が孤独なんてね。


 皮肉な思考にクスリとも笑えない。

 かといって。黙っていると雰囲気で気付かれそうなので、とにかく話題を振ることにする。

 逆に声色で藪蛇になるかもしれないが。


「それで、私たちは今どこに向かっているの?」


 前向きに、興味を持ってくれていると判断したのだろう。

 女性はにこやかに答える。



「我々St.ルーシェの親皇国派が根城にして集まる場所……アジトと言いましょうか」



「そう」


 どうやら結構な場所へ連行されるらしい。






 シルビアが連れてこられたのは、治安が悪そうな下町ということもなく。

 降ろされたのは廃ビルでもなく。

 座らされたのはコンクリ打ちっぱなしの地下監禁部屋でもなく。


「ドミニクは医者を呼んで。弾丸摘出の必要があることを伝えておくように。ペルドモとコバヤシは他の部屋から椅子を取ってきて」


 普通の、なんなら活気ある街の。

 小綺麗で大きいホテルの。

 眺めもよい高層階の一室だった。


「こんなところに集まるほど入り浸るって。活動資金すごいのね」

「いやいや、オーナーが同志ですから、貸してくれているだけですよ。ホテルなら個室が確保できますし、フロアを貸し切れば機密性はバッチリです。大人数が出入りしていても怪しくない」

「なるほどね」


 適当に流したシルビアだが。

 内心はバクバクである。


 こんな街中に、しかも思ったよりも大きく潜伏してるなんて。


 今日こそ私服でお出かけしているが(それでもバレたが)、軍服の時もあった。

 もしあの時入った店が親皇国派だったりしたら。

 自分はまだしも、ジャンカルラたちは毒を盛られてもおかしくなかったのだ。

 あまりの恐怖に顔が青ざめていないか、それだけが気がかりだった。


 こういう時は話題を変えるにかぎる。

 シルビアはあえて余裕そうに、

『そうとも。私は第四皇女、あなた方のあるじであるぞ』と振る舞うように。

 一人用のソファへ体を沈める。


「で。私を解放してくれるとのことだけど。船を持っているということかしら? いつ、どのように私は本国へ帰れるの?」

「それなのですが」

「アニタ。椅子だ」

「ありがとう」


 アニタと呼ばれた、先ほどから会話している女性は、椅子に腰を下ろし微笑む。

 が、それは相手を安心させるというより、少し含みがあるような。


「はっきり言って空港は、いえ。空港がある大陸側へ渡るための港ですら。監視が厳しくてキツいです。ですので」


 彼女は思いっきり首を伸ばし、シルビアへの距離をつめる。カラオケでそうしたように。



「港を、いえ。まずはSt.ルーシェを抑える必要があります」



「なんですって?」


 あまりにも突飛な話。

 さすがのシルビアも素の反応が出る。


 が、アニタは自分の計画に夢中のようだ。

 リアクションなど気にしない。


「St.ルーシェは自治権もあって、都市国家に非常に近いところにあります。ネイロー公国からの独立の機運もある。この二つが噛み合えば、我々はカンデリフェラに『親皇国派の国』を作り上げることができるのです!」


 こいつは……


 できるだけ表情に出ないよう、深く座るフリであごを引くシルビアだが。

 相手の考えが読めてくる。


「そうすれば港を堂々出られます! そのうえこちらが主権国家となれば、大陸の空港でも口出しされにくい!」


 そんなわけはない。外国が自国の空港を使うのにルーズな国があるだろうか。

 それも自国からわざわざ独立し、今のイデオロギーと敵対する思想の連中相手に。


「ですがそのためには、現状我々だけでは勢力が足りません。どころか」


 アニタは少し眉をひそめ、内緒話のように口へ手を添える。

 が、もうその動きすら、うさんくさい通販番組にしか見えない。


「『同盟の勢力下でもじゅうぶん暮らしていける』『今のままで構わない』と。足抜けする不忠な同胞も多いのです。『命をかけられない』と日和見な者も」


 申し訳ありません、と頭を下げられるが、そんなことはどうでもいい。

 普通は無言になると意識する冷房の音が、会話をしていてもシルビアの耳に響く。

 いや、耳鳴りか。



「そこで、シルビアさまには我々の旗印になっていただきたいのです! 皇女殿下がいらっしゃるともなれば、皆目覚めざることでしょう!!」



 やっぱりね。


 シルビアの予感どおり。

 連中の目的は、彼女を助けることなどではない。


「なんならSt.ルーシェの外からも、親皇国派が馳せ参じるはず! カンデリフェラ中の臣民が集まれば! いかに同盟軍が治安維持に兵力を注いでいる現状でも、チャンスがあります!」 


 自分たちのさらなる目標のために、立場を利用することだったのだ。


「どうでしょう! お力とお名前を、どうかお貸しいただけないでしょうか!」


 熱意に輝いている、というよりは『断られるはずがない』という自信に満ちた瞳。

 対するシルビアは。

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