第109話 敵だけど味方だけど敵

「え、えっと」


 シルビアの脳裏にジャンカルラの言葉が蘇る。


『同盟側の市民がピリついているから気を付けろ』


 と。


「人、違い、じゃないかしら?」


 となると、素直に『はいそうです。サインいる?』とか芸能人ぶってる場合ではない。

 誤魔化すにかぎる。


 が、


「やっぱりそうです! 見間違えるわけがありません!」


 女性はポケットを漁り、中から手帳を取り出す。

 あたりが付いているように手早くページを捲ると、挟まれていたのは


「ほら!」



 シルビアの、それもドレス姿。

 軍人よりまえ、悪役令嬢時代の写真。



 顔立ちも少しだけ若いか。若干古いもののようである。

 St.ルーシェの同盟派市民が、こんな写真を持っているなど。

 シルビアが違和感を感じていると、



「安心してください。我々は『親皇国派』です」



「なっ」


 彼女の言葉に合わせて、廊下の角から複数人の男性が出てくる。


 そうだわ。


 シルビアの脳裏には、またジャンカルラの言葉が。

 しかし今度は、意味が裏返る。


『同盟側イデオロギーの人間で、君の顔見て即座に『第四皇女だ!』ってのはね。そうはいないだろうけどさ』


 皇国側の人間なら、すぐに分かってもおかしくないのだ。

 そのうえ、今この情勢下での皇国派といえば。


「同盟軍の動向を監視する意味で広報サイトを見ていたのですが。そこの養護施設慰問の写真に、殿下が写ってらっしゃるじゃありませんか!」

「え、えぇと」

「殿下が入営なされたということは風の便たよりで聞いておりましたが。まさか、まさか同名の捕虜になっていらしたとは! しかも同盟軍め、誇示するように連れ回して写真まで! 許せない!」


 女性はさらに半歩踏み込み、シルビアの両手を取る。



「ですので、こうして殿下をお救いに! お迎えにあがりました!」



「え、えっと」

「さぁ! こちらへ! 早く! 監視がいるのも陰ながら見ておりました。やつがいないうちに!」


 グイグイと手を引っ張られ、正直シルビアは困惑している。

 晒し者かどうかはさておき、たしかに思いがけず同盟サイドへくることにはなったが。

 皇国に戻りたいと、リータを始めとする人々のところへ帰りたいとは思っているが。


 こんな、急に降って湧いても困るわ!


 じゃあならいいんだと言われたら、できる準備はない。

 同盟サイド、ゴーギャンの発言的に円満なサヨナラもないとは思う。


 が、今言われても困る。


「その、ちょっと」


 かといって相手が相手。

『いや、私は同盟と仲良くしてるんで、お構いなく』とは言えない。周囲を男性たちに囲まれて、普通に怖い。

 態度をさせられず、ずるずる引きずられていると。



「何をしているのですか」



 彼女が今一番聴きたかった声がする。

 廊下の先、一行の進行方向を塞ぐように立っているのは、


「アンヌ=マリー!」


 マフラーで口元は見えないが、目付きは鋭い。

 時間にすれば少しのあいだだが、それでも戻りが遅いのを心配したのだろう。機敏である。


「その人は私のツレです。妙なことをされては困ります」


 まずは穏便に、威嚇で済ませようとする彼女だが、


「アンヌ=マリー?」


 親皇国派は、別の部分に食い付いている。シルビアが発した、彼女の名前。


「ということは、ドゥ・オルレアンか?」

「間違いない。あの髪型とマフラー、見間違えやしない」

「広報サイトの写真にもいたわ!」

「じゃあユースティティアの!」

「『オルレアンの城壁』!」

「提督クラス!」



「殺せ!!」



 誰ともない叫びとともに、男たちが腰に手を伸ばす。

 しかしそれより一瞬早く。

 アンヌ=マリーは巻きスカートの内側。太もものホルスターからオートマチック拳銃を抜き撃ち。


「ぎゃっ!」

「ぐあっ!」


 正面二人の利き手の肩を撃ちつつ、すぐ隣の個室のドアを乱暴に開けて飛び込む。

 中にいるだろう客とアンヌ=マリーの


「やっ!?」

「きゃあ!」

「あなたたち!? 公共の場で何を!?」


 とかいう声が漏れ出た直後、


 さっきまで彼女がいたところに、鉛玉が殺到する。


 複数人による発砲。音も大きければ、跳弾で照明や飾ってある花瓶なども破壊される。

 このあたりはレーザー銃より始末が悪い。

 まさか街中でビールの売り子みたいにエネルギーサーバを背負うわけにもいかないが。


「きゃああ!」


 艦隊戦とはまた違う恐怖と危険。

 シルビアが軍人には不甲斐ない声を上げていると、


「あっ、あらっ!?」


 急に体がふわりと浮いた。

 どうやら親皇国派たちに担ぎ上げられたらしい。


「急げっ!」


 どうやら連中、横槍が入ったので急いで拉致する方向に決めたようだ。


「ちょっ、ちょっと! おろして!」

「少しのあいだです! 我慢してください殿下!」

「そういうことじゃなくて!」


 そのまま一気に撤収していく親皇国派。

 唯一の幸いは、彼らがアンヌ=マリー殺害に固執しなかったことか。

 しかし、その頼みの綱も、


「待ちなさい!」

「待つのはあんたよ! 急に乱入してきて!」

「もしかして、あなたもレズに興味あるの?」

「私はそういうのではありません! 放しなさい!」

「まぁまぁ、そう言わず」

「私は今忙しい……あっ! 待てっ!!」


 予想外のトラップに引っ掛かり、出遅れている。


「止まりなさい!」


 彼女が数発親皇国派に向けて発砲したことで、


「けっ、拳銃!?」

「きゃあ!!」


 ようやくカップルから解放されるが、

 その隙に彼らは店を飛び出し、停められていた大型ワゴンへシルビアごと乗り込む。


「くっ!」


 アンヌ=マリーも遅れて歩道へ出るが。


 車はすでに発進し、走っても追い付けない距離をぐんぐん作り上げる。


「チッ」


 彼女は舌打ち一つ。

 慌てて飛び出してきた店員へ、そちらを見もせずお札を数枚投げた。

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