第108話 暇を持て余した結果

 最初は広報サイトに載った写真なんか見てニヤニヤしていたが。

 だが実物の児童がそこにいるわけではない。

 もらったシロツメクサの花冠は未来の保存技術でガラスケースの中。おかげで枯れていないが、出すに出せない。


「暇ね」


 児童養護施設慰問から数日。シルビアはまた暇になっていた。

 あんなに面倒だった人形劇の練習も、退屈を紛らわすにはちょうどよかったようで。

 ホテルのジムでトレーニングなどもしているが、これは趣味ではなく義務。

 すぐにやる気をなくし、最低限だけこなすと今日もまたプールサイドに。

『プールで泳ぐのも運動よ!』とは言い張るが、水着がビーチで着た他所行きのやつ。

 まともに鍛える気などない。


「ちょっといいホテルすぎるのよねぇ」


 娯楽設備はシアターにカジノ。

 何本も座って映画観てると腰が痛いし、カジノはハマると怖いし別料金だし。

 日本のリッチすぎないお宿のように、マンガ喫茶でもあればよかったのだが。


「むーん」


 ビーチチェアの上でモゾモゾしていても始まらない。

 シルビアは起き上がると、プールをあとにした。






「ね、出かけましょうよ。ね?」

「はぁ? トレーニングしに来たかと思えば」


 スポーツブラにスパッツで、サンドバック相手に汗を流すアンヌ=マリー。

 この娘は本当にジト目が似合う。


「ここはテロの危険がある街、いや、星と理解していますか?」

「いいじゃない。核汚染でシェルター生活じゃあるまいし。街に人は出ているわよ?」

「彼らも、仕事も買い出しもしなくてよければ家にいますよ」

「いーえ、パチンカーならたまらず飛び出すわね」

「あなたパチスロやらないでしょう」


 聖女サマは素っ気ない。さっと背を向け、汗を拭いながら給水する。

 その腰へシルビアは抱き付いた。


「いいじゃないのヌマえも〜ん」

「誰がヌマえもんか、ちょっ! 頬擦りするんじゃありません! 汗くさいから!」

「じゃあシャワー浴びて着替えて街に出ましょうよ。『はい』というまで離れないわ」

「あなたにも汗が付きますよ」

「水着だから平気よ」

「なんで着替えてから来ないんですか」

「どうせこうなることを見越したからよ」


 汗がどうだろうと、とにかく離れないシルビア。

 この世界に来てからというもの、彼女は常にアウェー。わずかな心許した人が世界の全てであり、その好意によって生き残っている。

 つまりどういうことかいうと、依存体質。それが同盟に来て悪化。

 汗がどうとか、やってること変態だとかは気にならない。


 異世界から来たとは思わずとも、気持ち自体は分かるのだろう。

 アンヌ=マリーはため息混じりに首を左右へ振った。


「ほら、離れていただかないと着替えられませんから。あなたを引きずって街に出るのはさすがに無理ですよ」

「やったわ」






『テロの標的にならないような、あまり人の多くないところ』

『かといって人が少なすぎる場所も大体治安悪い』

 というアンヌ=マリーからの条件だったので。


「ショッピングしたりゲームコーナーで遊びましょ」

「ここのどこが『あまり人の多くない』なんですか」


 水着を買ったショッピングモールに二人は来ている。

 シルビアは薄くて細いストライプのブラウスに薄手のキャメルカラーのジャケット。同色のスラックス。

 アンヌ=マリーは左胸に小さく『Heart Beat』と書かれたTシャツ。ベルトで締めた薄黄色の膝丈巻きスカート。あとはやはりマフラー。


「いいじゃない。お昼にハンバーガーでも食べましょうよ」

「ハンバーガーなんて艦内食でいつも食べてるじゃないですか」

「でもおいしくないじゃない。だからこそ、正しいハンバーガー食べないと」

「はぁ」

「さ、楽しみましょ!」


 シルビアがチョイスした遊び場は、






「カラオケ、ですか」

「カラオケよ。バーッと歌ってストレス発散しましょう」

「お昼にハンバーガー食べるんだったのでは?」


 ショッピングモールの向かいにあった、カラオケである。

 前世でも大好きだった、日本が世界に誇る娯楽装置。

 まぁほとんどヒトカラだったのだが。


「私、カラオケは」

「まぁまぁまぁまぁ。ボックスだから。私しか聞かないから」


 アンヌ=マリーの背中を押していくシルビア。

 ちなみに海外ではほとんどがパブなどの備え付け。

 こういった『カラオケの店』『カラオケボックス』はめずらしい。

 こんなところで巡り会うのは、日本のゲームならではだろう。






 ノリノリでアンヌ=マリーをボックスへ押し込めたシルビアだが。


「こっ、これはっ……!」


 大きな誤算があった。

 それは、


「どうしました?」

「あっ、いや!」


 言葉を濁して機械を弄るシルビア。

 しかしいつまで経っても曲は始まらない。

 そう。


 知ってる曲がほぼないわ!!


 時代も国も、というか星すら違うのだ。

 アニソンとかJ-POP、懐メロを楽しもうとしていた彼女には、完全な誤算である。

 この世界に来てから聞いた曲もあるにはあるが、基本軍生活。

 人前で歌えるほど聴き込んでなどいない。

 さっき人に『ボックスだから。お互いしか聴く相手いないから』と言ったのは自身だが。


「そ、そうだわ。あなた先に歌ったら?」


 このまま始まらないのも気まずい。アンヌ=マリーへお鉢を回そうとするが、


「いえ、私は歌いませんので。どうぞ」


 彼女はタンバリンを握り締めつつ、フードメニューを見ている。

 完全に『横で楽しむ』モード。


「え〜!? 歌わないの? どうして?」

「止められてまして」

「喉の具合悪いの?」

「ま、遠慮せずお歌いなさいな」

「え、えーと」


 勝手にカラオケで話を進めた手前、「私も歌えないの」は許されない。

 困り果てたシルビアは、


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわ!」


 そそくさと席をあとにした。






 シルビアとて策士、かは置いておいて。

 自身の機転で生き残ってきた実績がある(なお実行可能たらしめたのは大体周囲の力)。

 無策で逃げ出したわけではない。


 彼女はスマホ(みたいだけどこの時代でスマホというかは知らない)を取り出す。

 流れるように、耳にイヤホン。



 これで、いくつか知ってる歌を予習して歌う!



 割りと室内で相手を前に堂々する人もいるが、彼女にそれはできない。

 マナーとかじゃなくてカッコつけ的に。


 シルビアが人気女性歌手の新曲を再生しようとすると、



 急にポン、と肩を叩かれた。



「あっはい!」


 廊下で立ち止まっているのが邪魔だったのかもしれない。

 店員に注意されるかと、謝罪モードで振り返ると。


 そこにいたのは店員でもなんでもない、一般の女性だった。


「あ、あら? なんでしょう?」

「あの!」


 相手はずいっと踏み込んでくる。



「シルビア・マチルダ・バーナード殿下ですよね?」

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