第107話 ドキドキ☆クッキング!
「『シカアアアアァァ!! 真実の愛を知り、真実の愛に生きたなら、その結末すら愛することができよう!!』」
「『鹿人間さーん!!』」
鹿人間(CV:ナオミ)の愛も一つの結末を迎えたところで。
「ねぇ、結局この話はなんなの?」
「静かに。エンディングだぞ、泣けよ」
「『こうしてアーサー・ネルソン あるいは若き情熱とお花畑ちゃんは、愛の意味を知り。今日も丘にある家でパンを作り続けるのでした。めでたしめでたし』」
人形劇は、とりあえず子どもには好評のうちに幕を閉じたのであった。
「で、なんの話だったの?」
「善良な木こりより鹿人間の方が腕力強い」
続いて、お昼ご飯の時間である。
天気がいいのでお外にテーブルを出して。調理も青空キッチンで。
作るのはもちろん、
「さぁて、ガキどもが腹空かせてんな。ちゃっちゃとやるか」
エプロン三角巾腕まくりガルシア。
提督たちの手料理である。
プロパガンダである。
子どもたちの視線が突き刺さるし、ナオミも写真を撮っている。
「やる気ね、ガルシア提督。料理好きなのかしら」
「別に好きってわけじゃねぇけどよ」
シルビアとしては隣のジャンカルラに聞いたのだが、答えたのは本人。
「実家が貧乏子だくさん、って家庭でな。オレが大鍋でガッと作って弟妹らと食う、ってのはよくあった」
「いいお兄さんだったのね」
「よせやい。それより手伝えよ。でねぇと味は保証しねぇぞ」
好きでもないなりに、やはりスキルはあるのだろう。ガルシアは手際よく寸銅鍋に水を張る。
料理に慣れていない者は、存外この単純な動きもモタつくものである。
シルビアなんかがそう。
「本日のメニューは、ひよこ豆とレンズ豆のスープですね」
材料を見ながらアンヌ=マリーが呟く。
あまり子どもたちの舌を肥えさせても怒られる。簡単で栄養価が高くてお腹に溜まるメニュー。
「なんだ、地上訓練で作る『野戦煮込み』みたいなもんか。じゃあ楽勝だな」
ジャケットを脱いでエプロンを着るジャンカルラ。
「あら、あなたもお料理とかなさるのね」
「時には部下に手料理振る舞うっていうのは、指揮官の義務みたいなもんだろ。
「もちろん食事がマズい艦長は、それだけで人望と士気を
「なんだ? 皇国のお偉いさんはそういうのしねぇのか?」
えっ? もしかして、このなかで料理の心得ないの、私だけ?
フランス人のアンヌ=マリーはともかく(フランス人への逆偏見)。
なんだか裏切られた気分のシルビアであった。
「待て待て待て。いきなり豆入れんな。先に牛骨と野菜煮込んで出汁出すんだよ」
「あ、順番があるのね」
「おい、あんまりナツメグ入れすぎるなよ」
「えっ? そんなに味強いの?」
「人体に強すぎます」
「死ぬぞ」
「えぇっ!?」
それからいろいろ言われつつ、シルビアもギリギリキレられない程度に手伝い、
「お昼ご飯ができましたよー!」
アンヌ=マリーの声と同時に、英会話教室のCMみたいな子どもたちの歓声が響く。
と、同時に、木製のボウルを持って殺到。
「テーブル持ってくから待っとけって! おいおい! 危ねぇって! 道開けろ!」
ガルシアの制止も効いているのかいないのか。
「シルビア・バーナード、交通整理してくれ。あのままじゃ事故るぞ。危険物積載トラックの横転だ」
「一人じゃ無理よ」
「僕はもう一個の鍋運ぶから、アンヌ=マリーに手伝ってもらえ」
「収拾という概念がありません。この際捕まえて椅子に戻しましょう」
「聖女なのに筋肉式解決」
「では食事のまえに、主にお祈りをしましょう」
「えー?」
「はやくー」
「BOOO!」
「お静かに」
結局最後まで、ワンパクたちを制御することはできず。
「シルビアおねえちゃん! お代わり入れてー!」
「はいはい」
「ほら、口の周りが汚れていますよ。拭いてあげますからじっとして」
「ボンボンさんありがとー!」
「ボン?」
「
「あなたは大人なんだから自分でやりなさい」
「というか、子どもにたくさん食べさせなさい」
「ねーねー。どのおねえさんがガルシアおにいちゃんのカノジョなのー?」
「あのな、にぃちゃんは命が惜しいんだ。あんまり怖いこと言わねぇでくれ」
「ボンボンさん。食べる時、マフラーは外した方がいいよ」
「ぐうの音も出ない」
「これ、シルビアおねえちゃんが味付けしたの?」
「そうよぉ? おいしい?」
「ちょっとしょっぱいね」
「……」
とにかく大事故だけは起こさないよう。
子どもたちに圧倒されつつ、なんとか乗り切った。
食後、
「おにいちゃーん! 私も肩車してー!」
「ちょっとにぃちゃんキャパオーバーだから。あっちのナオミおねぇちゃんがすいてるから」
「あの人顔怖ーい」
「『すると羊さんは、ウサギさんにニンジンを差し出し』、あ! ちょっと! マフラー引っ張らないでください!」
「きゃー!」
「一緒に
子どもたちと遊ぶチームと、
「ラングレーくん、鍋焦げ付いてる。お願い」
「はっ!」
「シルビア・バーナード、洗剤取ってくれ」
「ねぇ。長いしいい加減シルビアでよくない? 私もジャンカルラって呼びたいわ」
「洗剤、シルビア・バーナード取ってくれ」
後片付けチームに分かれて、各々やるべきことをやっている。
「のどかねぇ」
「のどかだな」
シルビアとジャンカルラは、並んでひたすら皿洗い。子どもたちの戯れを眺めている。
働かされているのではなく、子どもが苦手で志願しての労働。
「こうやって、遠巻きから声聞いてる分にはいいもんだな」
「『子どもの遊ぶ声が騒音だ』みたいなこと言う老人もいたけど。私は無縁でいられそうだわ」
木のボウルなので落として割ることもない。
二人さして集中もせずのんびりやっていると。
「シルビアおねえちゃん!」
「ジャンカルラおねえちゃん!」
「ん?」
女児二人組が彼女らの元へ。
子ども苦手二人、「おい、おまえが対応しろよ」みたいに目配せしていると、
「二人とも、頭出ーして!」
「早く!」
「あ、うん」
言われたとおり、シルビアは
すると、
「もういいよー!」
「なんだったんだ……シルビア・バーナード、君」
「カーディナル提督、あなた頭」
「じゃじゃ〜ん!」
被せられたのは、シロツメクサの花冠。
子どもたちはキャッキャと笑う。
「さっきそこで作ってきたの! あげる!」
「おねえちゃんたち、今日はありがとう!」
「また遊びに来てね!」
要が済むと、お礼も待たずに走り去る子どもたち。
それをポカーンと見送ったシルビアは、
「ねぇ、ジャンカルラ」
「なんだ、シルビア」
魂が戻ってきていないように、ポツポツ呟く。
「あなたが言ってた四つの時代」
「あぁ」
「いい時代を、あの子たちに渡さないといけないわね」
「そうだな」
「ねぇ。もし私が、皇国に戻ることがあったら」
「うん」
しばし、二人の皿を洗う手が止まる。
「必ず皇帝になって。この戦争を終わらせるわ。誓って」
「期待してる」
それはお互い静かな、軽い言葉で流れたが。
すぐ忘れたかのように皿洗いが再開されるが。
たしかに、シルビアのかねてからの決意に、新たな目標が刻まれた瞬間だった。
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