第106話 まぁ戦争が全てこれで済むなら、その方がいい

「いやぁ、マズいわぁ、マズいわぁ」


 シルビアはパラソルの下、プールサイドのビーチチェアでうめいた。

 水着にサングラス、サイドボードにトロピカルジュースと雑誌、ラジオ。

 彼女は仰向けになって、虚空を見つめている。


「ドリンクがですか? よく分からない青いの注文するからですよ」

「違うわよ」


 隣のパラソルにはアンヌ=マリー。シルビアに相変わらずのマフラーをプラスした格好。

 ラジオから流れるシャンソンを聴きつつ。メロンパフェをおともに、大きなタブレットとペンで何か作業をしている。


「こんなにホテル暮らしが続いたら。もう私、堕落しちゃうわ」


 かれこれ一週間以上、このホテルで至れり尽くせりしている。

 もちろんトレーニングには引っ張り出されるが、自由時間がリッチすぎる。

 しかも皇国が引かない分、同盟連合艦隊もここに残り続け。

 そのうえで次の戦闘は数ヶ月先(海賊出没を除く)と来たら。


「軍艦生活とか戻れなくなりそう」

「リッチの方に慣れてないとは。皇女さまの割りに感性庶民なんですね」

「あ、あー。ま、人間は環境の生き物だし? 軍隊生活の方に順応したってことで」

なまりそうならジャンカルラに頼んで、治安維持の最前線に行ったらどうです? この街では決して堕落していられないと再確認できますよ」

「意地悪言わないでちょうだいよー。ヌマちゃーん」

「手遅れでしたか」


 アンヌ=マリーがイヤホンを付けると、ラジオの音が消える。正確にはイヤホンからのみ流れるように切り替わる。

 彼女はパフェの生クリームを片付けると、またタブレットへ。

 相手してくれないモードに入ったので、シルビアも雑誌を手に取る

 こともせずダル絡み強行作戦に。


「ねぇヌマちゃ〜ん。何してるの〜?」

「……」

「ずっとペンでタブレットいじってるけど、お絵描き〜?」


 狭いビーチチェアに二人で収まろうとする彼女に、アンヌ=マリーも根負け。

 半分だけスペースを譲ってイヤホンを外す。


「なんですか。そのドリンクアルコール入ってたんですか?」

「どう思う?」

「酒くさい。有罪」

「で、何してるの?」


 教えてくれないなら覗き込む、という姿勢でいると、彼女の方から画面を向ける。

 そこには文字がたくさん。


「お絵描きじゃないわね?」

「えぇ」


 そこにアンヌ=マリーがペンを走らせる。綴られるのは、赤い線や文字。

 シルビアも見たことがある光景。

『梓』の頃に仕事であった、セレモニースピーチなどの


「原稿の、校正赤入れ?」

「はい。人形劇の脚本を」

「脚本!? すごいわ! 文才があるのね!」

「いえ、私は言葉遣いを修正しているだけです。作者がウェールズ英語ウェングリッシュなので、細かいことですが」

「へぇー」


 英語における方言とかのことはよく分からないし、修正している彼女はフランス人だが。

 まぁアメリカ英語などの国際社会で使用される基準に直しているのだろう。

 が、シルビアが気になるのは別のこと。


「副業ありなのね。しなきゃならないほど提督って儲からないの?」

「ん?」


 その発言に、アンヌ=マリーはわざわざサングラスをずらして彼女を見た。

「何言ってんだこいつ?」というような顔。


「副業は禁止ですよ。給料も一人で親子3代にいい暮らしをさせられる程度には」

「えっ? じゃあなんで校正のバイト?」

「バイトじゃありません」


 彼女はサングラスを戻す。


「今度児童養護施設で行う人形劇の脚本ですからね。軍務です」

「へ?」

「どうかしましたか?」

「人形劇?」

「えぇ」

「誰が?」

「私たちが」

「それが軍務?」

「そうですよ」

「なんで?」

「広報活動の一環だから」

「あー」


 要は暴力テロに対して、取り締まる以外の平和的手段も用いて戦いたいらしい。

『我々は子どもたちを大切にするクリーンな組織です』アピール。

 親皇国派を、とまではいかないが。

 親同盟でもない現地の中立層を抱き込みたいのだろう。

 ジャンカルラ駐留と同じプロパガンダである。


「大変ね、軍隊も」


 ギブミーチョコレートの延長みたいなことか、と適当に流したシルビアだが。


「脚本ができたらお渡しします。やりたい役を第3候補まで考えておいてくださいね」

「はぁ!?」


 すぐさま『他人事じゃない宣言』が飛んでくる。


「ど、どうして!?」

「小さい子どももいますからね。演者の声が野太いと怖がらせてしまいます。貴重な女性として、動員させてもらいますよ」

「そんなぁ」

「Alléluia Alléluia」


 元が日本のゲーム、会話上の英語は日本語に訳されるし日本語も通じるが。

 書類は背景の看板などと同じく英語そのまま。自力で読み書きしなければならない。

 ガリ勉でよかったと思わなくもない彼女であった。

 ちなみに英語以外は翻訳されない。






 早いもので、シルビアが同盟サイドに拾われてから一ヶ月が過ぎた。

 その節目にお祝い、があるわけでもなく。


「人形劇はいいよな。台本は持ったままでいいし、暗記の必要がない」

「何度自分に言い聞かせても、面倒なものは面倒よ。諦めなさい」

「だよなぁ」


 お昼まえ、児童養護施設。人形劇会場の講堂。

『善良な木こり』ジャンカルラと、『アーサー・ネルソン あるいは若き情熱』シルビア。

 二人は垂れ幕の影で、台本片手にブツブツぼやいている。


「文章読むだけなんていいじゃねぇか。オレ、人形なんか動かしたことねぇよ」


 さらにその隣に、ガルシア。手には『鹿人間』の腕に繋がる棒。


「あら、それでも練習はなさったんでしょう?」

「『やぁ! 吾輩は鹿人間!』」

「すごいな。殺虫剤かけられた害虫のごとき動きだ」

「『人間食べる!』」

「そんなセリフなかったわよ」

「知るかよ。練習期間は台本もらってからだぞ。艦載機の完熟訓練ほど時間寄越せたぁ言わねぇけどよ」

「お互い運がなかったな」

「つか女性の声がいるっつってあんたらが呼ばれんのは分かるけどよ。人形動かすのはオレじゃなくていいだろうがよ」


 忌々しそうに赤と黒の軍服を叩くガルシア。

 彼は彼で、



『人形劇のあと、子どもたちと食事をする時間を設けます。その時に多種多様な制服がある方がいいということで』

『なんでだよ!』

『なんか、一種類の制服しかないより複数が仲良くしている方が多様性ナンタラ。今St.ルーシェで対立している異なるイデオロギーの両方を受け入れカンタラ』

『ふわふわじゃねぇか!』

『ゴーギャン提督に聞いてください』

『オレはやだよぉ! 制服ほしけりゃ副官でもいいだろ!?』

『人種もウンタラ。あなたちょうどヒスパニック系』

『知るかよおおお!!』



 ということで。

 わざわざ人形劇のためにステラステラから召集されている。


「まったくよぉ」


 若い大人三人、悪態をついていると、


「ほらほら、あなたたち。もうすぐ子どもたちが来ますからね。聞こえないよう、言葉には気を付けること」


『ナレーション』アンヌ=マリーが丸めた台本で手を叩きながら現れる。

 ちなみに、


「こんなの提督がやることかよ」

「ゴーギャン提督に言ってください」


 台本修正に出演、子どもたちへの説法と、一人重労働な彼女が一番機嫌悪い。

 まえは『慰問の人形劇がどうこう』と自慢していたのに。


 それと。

 元凶のゴーギャンは『子どもに見せていい人間じゃない』とのことで欠席している。

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