第105話 必要な人
翌日。
「あー、やっぱり戦闘があったあとはこれに限るわぁ〜」
シルビアはSt.ルーシェのホテルで温泉に浸かっている。
ステラステラではなく。
何故こちらにいるのかというと。
結局要塞に入れてもらえなかったわけではない。
海賊討伐後、ステラステラに帰投したアンヌ=マリーは。
ゴーギャン、ガルシア、シルビアには「はじめまして」のニーマイヤー居並ぶなか。
「彼女は決して敵でもスパイでもありません! 同盟のために皇国と果敢に戦いました!」
「ただ乗っていたわけではありません! 自身の立場と
「それでもまだ、私たちの信用を勝ち取るためのブラフとおっしゃいますか!?」
「分かった分かった分かった」
「スパイかどうかより、あんたが
「そこまで必死になられると、別の心配が出てくるぞ」
彼女の潔白を熱弁してくれたのである。
そのおかげか、戦果だけでじゅうぶんだったかは知らないが。
「じゃあそういうことで。さすがに機密のフロアには入れられないけど、ステラステラに入ってもらおうか。君も同盟軍だ、もちろん独房じゃなくて士官室をね」
「ありがとうございます!」
「おめでとうございます! あなたに祝福を!」
信頼を勝ち取り、安全なステラステラへ入れることになった。
しかし、
「さっそくカーディナル提督にも報告しましょう! いらっしゃらないみたいですけど、どちらに?」
「彼女はSt.ルーシェに残ってるよ」
「あら」
「では、上がってこられるまで待ちましょうか」
「そうね」
「あー、いや」
ゴーギャンはポリリと頭を掻いた。
「しばらく上がってこないよ?」
「えっ?」
「親皇国派のテロ問題で揺らいでるのに、留守にしちゃうのも問題だってなってね。それで誰か提督が駐留することになったんだ。そしたら彼女が『残る』って立候補してね」
たしかに治安維持の観点でも、両イデオロギーの市民へのアピールとしても。
提督がいるのと逃げてしまうのでは天と地ほど違う。
ジャンカルラはシルビアをステラステラへ上げるプランを聞いていない。
おそらく彼女は「どうせ自分はここで待つから」と思って手を上げたのだろう。
だが、『自ら危険な場所へ、平和のために残る悲壮の若き乙女』という図。
プロパガンダにもいい字面ではある。
それが刺さったわけではないだろうが。
「でしたら……」
「でしたら?」
「せっかくですが! 私たちもSt.ルーシェに降ります!」
「えっ」
私の手回しは? という表情のアンヌ=マリー。
だが、今のシルビアは非常にアツい女になっている。
まさに、当のアンヌ=マリーのせいで。
「いいの? 危険だよ?」
「私は同盟に属する以上に、友情によって今この場にいます! 同盟の一員だからステラステラに入るのではなく! カーディナル提督との友情によって、同じところに行きます!」
啖呵を切ったシルビアが、隣の友人の手を握る。
ちなみに友人からのリアクションは、小声で
「私も?」
普通にステラステラでよさそうな感じ。
まぁジャンカルラに冷たいというよりは。シルビアほど心配しなくてもいい付き合いの深さなのだろうが。
結果、
「分かった。じゃあ二人ともSt.ルーシェに降りて、カーディナル提督を助けてあげて。僕らもちょくちょく行ったり、交代したりするからさ」
「はっ!」
「私も?」
自らその道を選んだのである。
そんなわけで今、温泉に浸かっているシルビアだが。
「……さすがにすいてるし、テロの標的に選ばれないわよね?」
ちょっとビビって後悔していたりする。
と、そこに
「楽しんでるかい」
「カーディナル提督」
件の友人が現れる。
風呂場だけあって軍服で着膨れしない分。より長身が、それ以上に印象的な長い手足が際立って見える。
ここまでくると、プロポーションがいいというよりスポーツ選手。
胸も迫力はあるようだけどね。
いつかの温泉でシロナにも闘争心を燃やしたシルビア。
でも今回は全体的な体躯のよさに隠れて、言うほどショックはない。
そんな吟味を露知らず。ジャンカルラは長い手足を畳んで、彼女の横に腰を下ろす。
「いい湯だ」
「えぇ、本当に」
「経費で泊まれるんだ。こんな快感、そうはないね」
そう、経費なのである。
いつもの下宿ではなくホテルにいるのは、何も自分へのご褒美ばかりではない。
親皇国、つまりは反同盟。
そんな勢力のテロが続く現状、さすがにいつもの下宿は危ない。
同盟軍人の保養所なのは周知なので、いつ爆弾満載トラックが突っ込んでくるか。
よって安全確保のために。治安維持にSt.ルーシェへ降りた彼女らは、宿を移すことになった。
なのでせっかくと危険手当て。ちょっといいホテルを宛てがってもらった次第である。
なのでここにはシルビアだけでなく、アンヌ=マリーもいたりする。
相変わらずのマフラー問題で、部屋の風呂にしか入らないが。
ちなみにジャンカルラは総督府に詰めているので、今日はご機嫌伺い。ここに泊まっているわけではない。
「部屋とか食事、温泉以外にも、いろいろ充実してるものね」
「おっと。経費で出るのは最低限の部屋代だけだからな。ゼータク分は自分で払えよ」
「私お金持ってないけど」
「もう同盟軍人として戦ったからな。給料出る。今はアンヌ=マリーにでも頼んで、あとで返せよ」
「最初は『亡命者保護』って水着も経費で落としてくれたのに」
ブツクサ言っていたシルビアだが。
「そういえば、本人に聞いたわ。『臆病風』がどこから吹くのか」
「そうか」
「あなたが怒るほど、不愉快な理由ではなかったわ。だからこそ真意が伝わらなくて馬鹿にされてることに、腹を立ててるんでしょうけど」
ジャンカルラも静かに笑う。
「まぁ、僕はガンガン戦って早く戦争終わらせようってタイプだから。本当に軍人として考えが合わないのはあるんだけどね」
「それはそうね。シルヴァヌスでの恐怖は忘れてないわ」
「だから彼女には、ぜひ生き残ってほしいね」
相槌とともに、彼女は少し遠くを見据える目をした。
「まえにも言ったかな。『戦争には四つの時代がある』って」
「えぇ。あれには私も同感よ」
ジャンカルラは湯船の中で目いっぱい腕を伸ばすと、天井を仰ぐ。
「『戦う時代』のあとに『終わらせる時代』『顧みる時代』がある」
天井を眺めているのか、のぼる湯気を見送っているのか、
「ただ必死に今を戦うだけの、僕や多くの軍人と違って。彼女は戦争を、勝ち負け以外で考えられる人間だ」
それとも、もっと違うものを見据えているのか。
「僕らが戦い尽くしたあと。『終わらせる時代』に必要なのは、ああいう人物だろう」
忙しい身なのかもしれない。
彼女は噛み締めるように呟くと、もう湯船から立ち上がる。
そのまま、優しい視線をシルビアに下ろした。
「願わくば君も、その
思いがけないことを託された彼女は、
「いや、『自分はどこかでリタイヤします』前提で言ってるけど。逃さないわよ? それともお医者さまに余命宣告でもされたかしら?」
「まさか! 僕はこれ以上出世したくもないし、戦争が終わっても政治なんかしないよ、ってことさ」
風呂場だろうと湿っぽいのは許さない。
多少腐して、笑い話にした。
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