第59話 ここに来て以来、ろくなパーティーがない
「『ちょうどよかった』とは、何事でしょうか」
これでも皇族を追放された(公式声明は知らないが)身である。あくまで軍人としての返事、軍人として求められている態度で返す。
堅い雰囲気を受けて、ショーンは
ややぎこちない。
「いやなに、変なことや面倒ごとを頼もうというのではないんだ。あぁ、まぁ、場合によっては面倒かもしれないが」
「はぁ」
向こうからすればよく知っている妹かもしれないが、『梓』からすれば知らない人。
どころか、ゲームであまり興味がなかった攻略対象。
そんなのが歯切れ悪く要件を持ちかけようなど、気のいい話ではない。
そっけない態度に、彼は困った様子で頭を掻く。
「そう警戒しないでくれ、私はただ。今夜パーティーを主催するのだが、おまえに参加してほしいだけなのだ」
「私が、ですか?」
「あぁ」
少し間抜けな感じのリアクションとなったが。ショーンとしては今までの堅さでないだけいいらしい。
「おまえも少しまえまでは、連日社交界に顔を出しているような女だった。それを偲ぶ声もあってな。せっかく帰ってきたんだ、ぜひ顔を出してくれ。みんな喜ぶ」
「そう、ですか」
むしろ『梓』としてプレイしていた頃の記憶ならば。
『パーティー荒らしの悪役令嬢』と嫌われていたような気がするのだが。
そのうえ今は追放された、いわゆるえんがちょ状態。
関わりたいお偉いさんなど、いないと思うのだが。
「あんなのでもいなくなれば、賑やかしにはちょうどよかったな」
などとでも思われているのだろうか。
「どうだ? 来てくれるか?」
「えぇ、まぁ」
気乗りするわけではないが、断る理由もない。
これでも彼女、この国の頂点を狙う女である。そう、こんなんでも。
一応政治的ルートとかコネクションだとか、考えるなら行かない手はない。
「ぜひお伺いしたいと思います」
「よかった。そうだ、クロエもいかがか?」
「いえ、私は」
声を掛けられた瞬間、彼女はシルビアの後ろへ隠れた。
ショーンの残念そうな顔は少し同情するが。
この世界線のクロエはバーンズワースにゾッコンなのだ。興味のない男からのアプローチなど、不愉快以外の何ものでもあるまい。
あなたは悪くないのよ。ただ、世の中と女はそういうふうにできているのよ。
「じゃあ、シルビア。17時から、東のボカージュ庭園サロンで。待っているぞ」
去っていく彼のトボトボした背中。映画好きのリータなら『更迭されるパットン』と評しただろう。
その哀愁に、参加してあげようと決めたシルビアだが。
時刻は18時を回ったところ。
シルビアは約束どおり、『黄金牡羊座宮殿』東のサロンにいた。
ピアノやカウンターバーがあり、開け放たれたガラス戸は庭へ直結。ボカージュ迷路も目と鼻の先。
吹き抜けで寒いことを除けば、品も良くて大変結構である。
が、
「……」
「いやぁ、はは」
「バークレー卿も災難でしたなぁ」
「マダム・アーリントン。お肌の保湿はどこの製品を使ってらして?」
「ホァン夫人が教えてくれたのだけどね?」
「はははは!」
「おほほほ!」
「……」
聞いていた話と全然違う。
誰も話しかけてこない。
どころか彼女に対して遠巻きに陣取り、時には腫れ物を見る目すら向けてくる。
「みんな会いたがっている」なんて大嘘である。
なのでシルビアも逆に、皆さまの空気を邪魔いたしませんよう。
会場の隅っこ。ボカージュの小枝に後ろ指刺されながら、静かにシャンパンを飲んでいる。
こんな時、リータでもいれば無限に餌やりで楽しめるのだが。
バーンズワースでもいれば永遠に『庭園とジュリさま』鑑賞できるのだが。
「はぁあ」
冬の庭の寒さで、心までさもしくなっていると、
「くくく……」
「うふふ……」
「おぬし、退屈しておるな?」
「しておるな?」
「ヌフフ……」
「にゅふふ……」
背後のボカージュから怪しい声が。
シルビアは振り返りもせずに答える
「あなたたちも暇そうね。クロエさんは昼会った時からそうだったけど」
「いやー? 私は案外これでも、忙しい身なのですヨ?」
かくれんぼしてるイタズラ娘みたいなのは、クロエとケイである。
ボカージュの高さ的に、身を隠そうと思ったら四つん這いか腰を下ろすか。
屋外で、おそらくドレス着用だろうに、謹みのないお姫さま方である。
「ただ、ショーン兄さまがお姉ちゃんパーティーに誘ったって聞いて? 大丈夫かなって」
「あー」
元々ヒロインクロエをいじめる悪役令嬢のシルビア。
基本的に、宮中の人間関係に詳しい攻略対象からは嫌われる運命にある。
それは血を分けた兄妹である(異母も多いが)ショーンも例外ではない。
なんなら、世界は主人公へ好意的にできている。
恋愛ゲームに関係ないキャラクターでも、敵は多い。
なので、普段はそれはそれとして接してくれるケイ。
その辺詳しくないバーンズワース他、軍部の人間。
こちらの方がめずらしいくらいなのだ。
そんな彼女が嫌われている相手に誘われたことを、どうやら心配してくれたらしい。
「そんなところでコソコソしてないで、こっちに出てきたら?」
「いや、一応お招きに
そんなこと言って、飛び入りで追い返される二人ではあるまいが。そもそもクロエは招待されていたし。
要はコソコソと隠密ごっこがしたいのだろう。
と、そこに、
「わっ! 誰か来た」
「逃げなきゃ! またあとで!」
ボカージュ迷路の方から、誰か抜けてきたようだ。気配も足音もなくて、さっぱり気付かなかった。
二人が逃げ去った声と反対方向へ目をやると。
確かに、どこかの執事のような青年が歩いてくるところだった。
急にシルビアが振り返り目があったものだから、驚いた顔をしている。
ボカージュなんかにいるなんて、道に迷ったのかしら?
よく見れば制服もきれいというか新品の、身に馴染んでいない感じ。
新入りで不案内なのかもしれない。
それは不安なことだろうし、何より美青年。
優しく微笑み掛けてやると、向こうも安心したように笑顔を浮かべた。
そのまま彼はこちらへ近寄ってくると、シルビアの顔へ、自分の顔を近付けてくる。
「ちょっ、ちょっと!?」
彼女が慌てると、青年は「しーっ」と人差し指を立てた。
続いて、小さな声で囁く。
「こちらへ、おいで願えますか?」
「えっ?」
思わずシルビアも小声になって返すと、彼はやはり静かに微笑む。
「裏の庭にて、ジョンソン卿がお待ちです」
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